十手十色

新しい本を生み出し、古い本を生き返らせる 岡野暢夫

  • 文・加藤千絵 写真・小林浩志
  • 2017年2月7日

これまで製本した本は約5000冊。そのほとんどが1点ものだ

  • 製本教室には当初、講師を招いていたが、もの作りが好きで自らも技術を身につけた

  • 「手機械」と呼ばれる道具に本を挟み、ハンマーで背をたたいて表紙に合うように形を整える「耳出し」という作業

  • 修理を待っている楽譜。表紙に刺繡(ししゅう)が施された豪華なもので、元の飾りを生かしつつ裂け目を補修する予定だ

  • 傷みが激しいこちらの本はすべて解体し、破れたところを補修してから手でとじ直す。本によって直し方はさまざまで、幅広い製本の知識がないと修理もできない

  • 依頼人の祖母が女学生だった時の文章を、当時着ていた襦袢(じゅばん)の布を表紙に使って本に仕立てた。さまざまな依頼に工夫を凝らして対応するのがこの仕事のおもしろいところ、と岡野さんは言う

  • 製本のための材料や道具、壊れた本などが雑然と積み上がる岡野さんの工房

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 「これは本に対する殺人だ」。そう言って一人のイタリア人が、岡野暢夫さんの元に一冊の本を持ってきた。世界に数冊しかないという1550年の貴重書にも関わらず、一度壊れてしまったその本は、製本師の手によって「最悪の状態」に作り替えられてしまっていた。本の背はばっさりと断裁され、そこに接着剤を塗っただけのページはめくるとパラパラと取れてしまう。表紙にはおよそその時代の書物にはそぐわない、黄緑色の近代的な表装材料が張られていた。それをいくらお金と時間をかけてもいいから本来の姿に直したい、というのが依頼人の希望だった。

 本は、国によって作り方が異なる。「これはイタリアで作られた本だから、イタリアの製本技術で、イタリアの職人さんにやってもらった方がいいですよ」。岡野さんはそうアドバイスしたが、聞けば再修理は困難で、すでに本国であらゆる製本師に断られたとのこと。結局、岡野さんが引き受けることになった。

10カ月かけて洋古書をよみがえらせる

 5センチはありそうな分厚い本の背にべったりと付いた古い接着剤を、まずは丁寧にこそげ落とす。それから水害か何かで汚れてしまったページの1枚1枚を水につけてシミを落とし、1枚1枚を吸い取り紙に挟んで重しをする。完全に乾いたら、今度はそれをページ順に和紙でつなぎ合わせ、丈夫な麻糸でとじていく。本を装飾する「花布(はなぎれ)」も現代の既製品を貼り付けるのではなくやはり麻糸で手編みして、表紙は総革装に。そうして10カ月後、その貴重書は息を吹き返した。

 岡野さんの工房を訪れると、こうした修理を待っている本がうずたかく積み上げられている。「一応1年待ちということで受けていますが、修理は時間がかかるので本当に1年後にできるかどうか……」と苦笑い。

 そもそも岡野さんは本を作る製本師で、修理を専門にやっているわけではない。いや、もっとさかのぼれば、しおりや花布など本を作るための材料を製本会社に卸す製本資材会社の営業マンだった。その会社が個人向けに趣味としての製本教室を開いた時、心得があった岡野さんが講師を務めることになったのがきっかけで本格的に製本を学び始めた。

大切な本の特別な存在感

 岡野さんが主宰する「製本工房リーブル」には、1980年のオープンから今も、さまざまな本好きが集まってくる。戦争体験の手記や自分の絵本、詩歌を自分の手で本にしたいという人。好きな本の装丁が気に入らなくて、自分好みにしたい人。そしてボロボロの愛読書を直してほしくて、岡野さんの元へ持ち込む人。

 「同じ聖書を2回直したことがあるんですが、それは約2000ページのすべてに書き込みがあるので、新しいものに買い替えるわけにはいかないですよね。その人にとって大事な本というのは必ずありますし、読んで終わり、というだけじゃなくて愛着を感じる〝もの〟としての本を考えた時に、その存在感はやはり特別なものがあると思います」

 電子書籍が登場して、いずれ紙の本はなくなるんじゃないか、という人がいる。でもここには、本の手触りやぬくもりから離れられない人たちが確かにいる。その事実がなぜだか少し、心をあたたかくした。

    ◇

おかの・のぶお 1945年生まれ。製本会社に製本資材を卸す会社の営業マンだったが、78年に東急ハンズ渋谷店ができたのを機に個人向けの製本教室を開く。80年から製本工房リーブルを主宰。ヨーロッパの美術工芸的な製本から和とじまで、さまざまな製本技術の教室を開くほか、1冊からの自費出版や本の修理の相談にも応じている。

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PROFILE

加藤千絵(かとう・ちえ)ライター

東京外国語大学スペイン語学科卒業。約9年間、朝日新聞の夕刊や別刷りに執筆し、2012年以降は&Mの「ブラボー★NIPPON」をはじめウェブや雑誌、書籍などで活動する。週末はもっぱらサッカー観戦。趣味の俳句は今年で句歴10年を迎える(が上達にはほど遠く)。岐阜県出身。

小林浩志(こばやし・ひろし)写真家

株式会社新建築社で編集部、写真部を経て独立。建築写真、デザイン、出版を主とした株式会社スパイラル(http://photo-spiral.co.jp/)を設立。以降、黒川紀章をはじめ、日本を代表する建築家の作品写真や書籍のデザイン、編集など精力的に活動している。

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