小川フミオのモーターカー

世界の名車<第150回>高級車路線の第一歩「トヨタ・クラウン(2代目)」

  • 文 小川フミオ
  • 2017年2月13日

4灯式ヘッドランプに大型グリルが目を惹(ひ)く

  • 全長4610ミリと堂々たるサイズ

  • ホイールベースは2610ミリもあった

  • 当時は洒落(しゃれ)た意匠のダッシュボード(写真はトヨタ自動車の試験車のようだ)

  • 前3人がけシート採用(左手前には走行試験装置)

  • 張りのあるパネルは当時さぞかし誇らしかったこと思われる

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 いつかはクラウン、というのは1983年の同車の宣伝文句だ。そのとき多くのひとは「だよなあ」とうなずいたものだ。

 日本の高級車の代名詞として扱われてきたトヨタ・クラウン。初代は55年に発表され、続く62年の2代目から一般のあこがれのクルマとしての地位についた感がある。

 2代目は丸っこい初代からイメージを一新。シャープなスタイリングを採用したのが特徴的だった。

 トヨタ自動車系「ガズー」のホームページでは「アメリカン・コンパクトを想(おも)わせる」とスタイリングを定義している。

 2代目からクラウンの王冠マークがグリルに採用されたのも特筆すべき点かもしれない。「トヨタ」というより「クラウン」というブランドイメージの定着をはかった記念碑的なモデルの証明だからだ。

 エンジンは「デラックス」には1.9リッター直列4気筒。それにトヨグライドと名づけられた自動変速機が組み合わされた。

 高度成長期へと入りつつある日本社会の象徴ともいえるクラウン。トヨタ自動車では米国車をライバルにすえ、2.6リッターV8エンジン搭載の「エイト」も開発した。

 クラウン・エイトにはクルーズコントロールまで備わり、67年発表のセンチュリーDへとつながっていくのである。センチュリーは乗り味など独特の日本テイストを持った高級車へと進んでいくのだった。

 2代目クラウンが印象的なのは、センチュリー同様モデルチェンジを経るたびに独自の日本路線を採用するクラウンの歴史にあって異色だからだ。

 2代目クラウンは、日本もがんばればここまで出来るというトヨタ自動車の宣言みたいなものと思っている。外(外国)を向いて開発された日本の高級車。心意気のようなものが今も強く感じられるクルマなのだ。

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PROFILE

小川フミオ(おがわ・ふみお)

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クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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