時計のセカイ

時計業界次のトレンド、容易に交換できるストラップ

  • 広田雅将
  • 2017年2月16日

従来の時計のストラップ交換作業の一例。金属を傷つけやすい作業なので、簡単に交換できるストラップの登場は歓迎すべきもの

 毎年、スイスで開催される見本市に出かける。新製品を見るためと、トレンドを知るためだ。1月のSIHH(高級時計見本市)を見る限り、傾向は女性物一色だった。ただ子細に見ると、もっと大きなところで流れが変わってきた印象を受ける。そのひとつが、簡単に交換できるストラップの普及だ。

 ここ10年で時計産業が急成長を遂げた理由は、時計という高級消費財を、ファッションのマーケティング手法で売るようになったためである。一度買うと何十年も使える高級時計を、毎年買い替えさせる。これは大きな成功を収めたが、結果として、消費者に、消費疲れを起こさせることになった。この流れに加担している筆者に、詳細を語る資格はない。ただ事実として述べておく。

 消費疲れを起こした消費者は、時計の購入にあたってより慎重に振る舞うようなった。多くの人は1本の時計を長く使おうと考えるようになり、時計メーカーは、長く使えそうな過去の復刻モデルや、定番モデルを強く打ち出すようになった。消費者の保守化と述べた人もいるが、なんのことはない、元々の立ち位置への回帰である。そして一昨年、昨年あたりから、消費者の動向は次のフェーズに移った印象を受ける。つまりは1本を長く使うだけでなく、それをさまざまなシチュエーションでも使うという動きだ。

 いわゆる高級時計メーカーの多くは、ユーザーが自分でストラップを変えることを好まない。ユーザーが自分で傷を付けても、クレームになる可能性があるからだ。そのため高級時計メーカーは、ほぼ例外なく、ストラップの変更を、時計店で行うように推奨してきた。対して消費者の動向に敏感な価格帯(1~10万円)では、簡単に交換できるストラップが広まりつつある。ダニエル・ウェリントンやKNOT、Apple Watchや近年のフォッシルが好例だろう。これらの時計に共通するのは、控えめなデザインと、個性的なストラップの組み合わせである。大量生産された時計であっても自分のオリジナリティーを出したい人、そして気分で時計の印象を変えたい人にとって、簡単に交換できるストラップは歓迎すべきものだった。

 ユーザーにストラップを付け替えさせるというアイデアは、当初はエントリーの価格帯のみで見られるものだった。しかしその流行は、やがて高級時計メーカーの腰を上げさせることとなった。一例が、老舗のヴァシュロン・コンスタンタンだろう。同社は2016年のスポーツウォッチ「オーヴァーシーズ」に、200万円オーバーの時計としては初となる交換式のストラップとブレスレットを与えた。これは途方もなくコストのかかった仕組みを持つが、完成度は極めて高かった。

 老舗の野心的な試みは、多くの時計メーカーにショックを与えたようだ。同じリシュモン グループに属するいくつかの時計メーカーや、ライバルのLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン) グループは、ヴァシュロン・コンスタンタンの動きに追随しようとしている。少なくとも筆者の知る限り、いくつかのメーカーは、今年または来年、交換式のストラップを売りにした時計をリリースするだろう。

 短期的に見ると、女性用の時計、または女性に好まれるような機構(例えばムーンフェイズ)がトレンドになるはずだ。ただもう少し視野を広く持つと、同じ時計を長く使いたいという消費者の心理は、高級時計のあり方にいっそう強い影響をもたらすはずだ。現時点での解は、容易に交換できるストラップぐらいである。しかし今後、違った取り組みが見られるはずだ。

[PR]

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

広田雅将(ひろた・まさゆき)時計ジャーナリスト

写真

1974年大阪府生まれ。サラリーマンなどを経て現職。現・時計専門誌クロノス日本版(www.webchronos)編集長。国内外の時計賞で審査員を務める。趣味は旅行、温泉、食べること、時計。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)が、共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞刊)『アイコニックピースの肖像 名機30』がある

BOOK

「ジャパン・メイド トゥールビヨン-超高級機械式腕時計に挑んだ日本のモノづくり-」(B&Tブックス)

独立時計師の浅岡肇さんと由紀精密、工具メーカーであるOSGとの共同企画である「プロジェクトT」をまとめたものです。現役の独立時計師が時計作りについて書いた本は、これを含めても数冊しかないでしょう。その中で広田は日本の時計産業がいかにして興り、衰退したかを書かせていただいています。ベースになったのはクロノスの連載記事ですが、内容は大幅に変えてあります。今の時計作りに興味のある方はぜひぜひ。

「アイコニックピースの肖像 名機30」(東京カレンダーMOOKS)

各メーカーのいわゆる「アイコン」モデルを、第一作と最新作を中心に取りあげたものです。各モデルのファーストモデルをこれだけ撮り下ろした本は、おそらくこれのみでしょう。また、プロジェクトの当事者たちのインタビューや、ムーブメントの詳細解説なども記しています。価格の高い時計が中心になってしまいますが、各モデルの概要をコンパクトに知るには分かりやすい書籍ではないかと思います。

今、あなたにオススメ(PR)

Pickup!