女子アスリート応援団

考えて考えて……コートの外も競技につながる ラクロス・松本理沙さん

  • 2017年3月14日

ラクロス日本代表の松本理沙さん

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 「勉強しなさいって言われたことはないですが、スポーツをしないと怒られました」。ラクロス日本代表で、大学時代は2度の全国制覇を果たした松本理沙さん(23)は、子どものころを振り返ってほほ笑む。スポーツ好きな両親のもとに生まれ、バレーボールや陸上競技を経験し、進学のため長崎から上京。明治大学でラクロスと出合った。

松本理沙さんの写真特集

 ラクロスは、先端に網がついた棒”クロス”を使って硬質のゴム製ボールを相手陣地まで運び、ゴールを狙う競技だ。クロスやユニホームのデザインの可愛らしさからオシャレなイメージを持たれがちだが、球速は120キロも出るそうで、「当たるとものすごく痛いです」と直撃経験者の松本さんは言う。しかも、そのスピードに合わせてガンガン走るため、選手同士の接触によるケガも少なくない。

さまざまなスポーツ経験が生きる

 日本に上陸して約30年と歴史が浅いラクロスは、大学から始める人が圧倒的に多い。様々なスポーツの経験者が集まるところに、ラクロスのおもしろさの一端がある。「ソフトボールをやってた子は、バウンドしたボールを取るのがうまい。ソフトの捕球技術は、みんな取り入れてましたね」。他競技からヒントを得て工夫する余地があることが新鮮だった。「前の競技経験もそのまま生きるんですよ。私の場合、バレーで鍛えた肩の強さはシュートの速さに、長距離選手だったことは最後まで走り回れる体力につながったと思います」

 ラクロスの練習の基本は、ボールキープ。クロスの網は浅いため、常にくるくる回して遠心力をかけていないとボールが落ちてしまって運べない。松本さんも上達したい一心で、外でも、下宿先の祖父母宅でもクロスを回し続け、「壁や床にバンバンぶつけては祖母に怒られてました」。休日返上で友人と公園で練習するなど努力したかいもあり、大学3年時に日本代表へと声がかかった。

 評価されたのは「グラボ」の技術だった。「プレー中にクロスから落ちたボールは、拾ったチームのものになる。拾うことをグラボって言うんですけど、マイボールが増えるほど攻撃の機会も増す。『グラボを制する者がゲームを制す』は先輩に言われた言葉ですが、何かストロングポイントが欲しかったのでがんばって練習していた部分でした」。誰とでも気さくに話し、相手の気持ちを考えるのが好きだという性格も、12人が一つにならないと勝てないチームスポーツの特性に合っていた。周りには自然と人が集まり、大学でもU-22でも主将を務めた。

コートの中だけが成長の場ではない

 この4月から、社会人2年目。入社当時は商社での業務と週末のチーム練習の両立が難しく、ラクロスをやめようと思ったこともあったが、「ラクロスは技術以上に人間性が大事。それは会社でも学べることなんじゃないのか。仕事も競技につながると思ってやれ」というコーチの言葉に、胸のつかえがストンと下りた。

 学生時代ほど練習に時間がかけられないので、力をキープすることを心がける。深夜0時過ぎまで働いても、前日につきあいでお酒を飲んでも、出勤前にランニングするのが日課だ。目標は7月のW杯で5位以上になること。「この4年、それを目指してやってきましたから」

 海外選手とは体格差があるため、相手の動きを先読みできなければ一歩であっと言う間に置き去りにされる。前後半計50分、考えて考えて、体を動かし続ける。それは練習中も同じだ。松本さんは積極的に仲間に声をかけ、練習道具の片づけも率先して行う。コート内でも外でも、自分が何をすべきか常に考える。その姿勢が、一つひとつのプレーにつながると考えている。

(文・渡部麻衣子、写真・高嶋佳代、資料提供:日本ラクロス協会)

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松本理沙(まつもと・りさ) ラクロス日本代表。1993年4月生まれ。長崎県出身。「MISTRAL」所属。ラクロスは、2024年にアメリカでの五輪開催が決まれば、約100年ぶりに正式種目に返り咲くだろうと言われている。

「大学から始める人が多いから、日本代表になれるよ!」と勧誘されたとき、頭によぎったのは兄のこと。「兄は駅伝の長崎代表で、心から応援してたけど、本当はちょっと悔しかったんです。自分も何かの代表になりたかったから」。そんな2人に触発され、弟は今年サッカー選手になる夢を追いかけて大学を休学。単身ドイツに渡った。「子どものころから私たち兄弟はずっと、互いに尊敬し合う関係であり、負けたくない相手なんです」

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