十手十色

ピアノ少女から重量挙げのメダリストへ 三宅宏実

  • 文・加藤千絵 写真・小林浩志
  • 2017年3月21日

15歳までピアノに明け暮れていた三宅さん。シドニー五輪を機に重量挙げの世界に飛び込んだ

  • 1月の高知合宿から練習を始めて、「ようやく最近マメらしいマメができてきました」という三宅さんの手

  • 11月まではほぼ月に一度、全国各地で合宿する日々が続く。今年は1年かけてじっくりと体のベースを作り、来年から大会に出られるよう準備にあてる予定だ

  • 両親に似て指が太いのが実はコンプレックス。「引退した後に筋肉が落ちて指も細くなるそうなので、それに期待してます」

  • マメが大きくなるとバーベルをつかむ妨げになることもあるので、時々カミソリでそぎ落とす

  • 「オリンピックでメダルを目指す」「途中で逃げ出さない」というのが競技を始めた時の父との約束だった

  • ネイルアートが好き。「きれいだな」と思った時に、ちょっとやさしい気持ちになれる

[PR]

 その時、頭をよぎったのは「終わったな」という言葉だった。昨年、リオデジャネイロオリンピックの重量挙げ女子48キロ級に出場した三宅宏実さん。81キロのバーベルを床から一気に持ち上げる「スナッチ」で、2回連続して失敗した。ラストチャンスである3回目もできなければ、次の「クリーン&ジャーク」に進む前に舞台を去ることになる。「4度目のオリンピックで、こういう結末か……と思ったんですけど、ここまできたらあとは身を任せようと」

 もしこの結果がロンドン五輪からの4年間に自分がやってきたことのすべてだとしたら、それを受け入れる覚悟はできていた。ただ、支えてくれる人たちがいる以上、あきらめることはできない。なにより自分自身がまだ、自分の可能性を信じている。さあ、運命の3回目へ――。

人生の転機になったシドニー五輪

 オリンピックはまさに夢の舞台だった。15歳だった2000年、シドニー五輪の華やかな開会式を見て、「私もこういうところにいたい」と思った。「もし自分が変わるとしたらこの時なのかな」と決心して、それまで母の指導の下で練習に明け暮れていたピアノをやめた。叱られてばかりで、どうしても練習が好きになれなかったピアノから逃げたい気持ちもあった。

 数ある五輪種目から重量挙げを選んだのは、父や叔父がメダリストだったことと、もう一つ理由がある。「柔道やレスリングも考えたんですが、対人競技だと情が出ちゃうと思ったんです。仲良かった人とも対戦しなきゃいけない場合に、自分はそこまで気持ちが整理できないだろうなって。ウエイトリフティングだったら自分一人じゃないですか。自分との戦いだからこそ、責任はすべて自分にかかってくる。だから向いてるなと思ったんです」

 「子どもながらにいろいろ考えた」という選択はぴたりと当たり、始めるとすぐに夢中になった。「見るものすべてが初めてで、技術の一つも分からなくて、すごく新鮮でのめり込んでしまったんです。ウエイトリフティングは記録に限界がないので、今日のベストが30キロだとしたら、31キロの自己新記録に挑戦できる。その1キロを更新するとすごくうれしいんですね。じゃあ明日はもっと重い記録に挑戦したいって、それに満ちあふれすぎちゃって」。成果もすぐについてきた。翌年には全国高校女子選手権で大会新記録を出し優勝。さらにその3年後にはアテネ五輪に出場して、早くも夢をかなえた。

 しかし成績は9位に終わり、メダルが取れた者と取れなかった者の残酷な差を肌で感じることになる。続く北京五輪でも6位にとどまり、そこで初めて練習内容を自ら見直して、ロンドンでようやく悲願の銀メダルを手にした。それからリオまでの4年間は、「2大会連続メダル」という周囲の期待が高まる一方、調子はどんどん落ちていった。記録が伸びない、勝てない、満足いく試合が一度もできない。自分を信じきれない不安な日々の中で、「でも練習だけはしっかりやろうって決めて。重量を上げられなくても、与えられた今日という1日で、自分が後悔なくやりきる練習をずっとしてきました。だからリオでは体が覚えていたんだと思います」。

崖っぷちでつかんだ銅メダル

 崖っぷちの3度目のスナッチで、果たしてバーベルは上がった。8位と出遅れたものの、胸までバーベルを引き上げてから頭上に持ち上げる「クリーン&ジャーク」に進み、107キロを成功させた。その瞬間、真一文字に引き絞った口がみるみるほどけ、ヤッターとつぶやき、満面に笑みが広がる。去り際に「ありがとう」とバーベルを抱きしめた。

 見事に銅メダルをつかんだその手には、たくさんのマメがある。バーベルとぶつかり合わないよう、テーピングを巻いたり、お風呂でふやけて軟らかくなったところを一枚刃のカミソリで丁寧に削り落としたりして、三宅さんは今日もまたバーベルを握る。オリンピックの夢はまだ終わっていない。次は東京にオリンピックがやってくるのだから。「狙えるか狙えないか、ギリギリのラインに立っていると思うんですけど、1%でも可能性があるとしたら、その1%に賭けたい。すごく厳しい道のりって分かってるんですけど、でもそれを乗り越えた時にきっと、いい表情をしてるんじゃないかな、と思っています」

    ◇

みやけ・ひろみ 1985年生まれ。父と叔父、兄2人がいずれも選手というウエイトリフティング一家で育つ。自身も2000年、シドニー五輪のテレビ観戦をきっかけに開始。その翌年には全国高校女子選手権で大会新記録を出し優勝するなど、才能を発揮する。04年のアテネ五輪でオリンピック初出場を果たし、08年の北京五輪では6位入賞、12年のロンドン五輪で銀メダルを獲得。昨年のリオ五輪では銅メダルに輝き、2大会連続のメダル獲得を果たした。

この記事を気に入ったら
「いいね!」しよう

PROFILE

加藤千絵(かとう・ちえ)ライター

東京外国語大学スペイン語学科卒業。約9年間、朝日新聞の夕刊や別刷りに執筆し、2012年以降は&Mの「ブラボー★NIPPON」をはじめウェブや雑誌、書籍などで活動する。週末はもっぱらサッカー観戦。趣味の俳句は今年で句歴10年を迎える(が上達にはほど遠く)。岐阜県出身。

小林浩志(こばやし・ひろし)写真家

株式会社新建築社で編集部、写真部を経て独立。建築写真、デザイン、出版を主とした株式会社スパイラル(http://photo-spiral.co.jp/)を設立。以降、黒川紀章をはじめ、日本を代表する建築家の作品写真や書籍のデザイン、編集など精力的に活動している。

今、あなたにオススメ(PR)

Pickup!