インタビュー

勝俣州和さんがブレないでいられたのは『北の国から』があったから[PR]

  • 2017年3月14日

「『北の国から』は自分の人生に必要不可欠なものですね」と話す勝俣州和さん

  • 「僕はいろんな人の心に触れていくのが人生だと思っているので、心の大切さを感じる作品として多くの人に見てほしい」と勝俣さん

  • テレビドラマ『北の国から』のDVDマガジン(講談社)

 1981年からフジテレビ系列で放送されたテレビドラマ『北の国から』のDVDマガジンが講談社から発行された。それを記念して、作品の大ファンである勝俣州和さんに当時の思い出を伺った。

――勝俣さんと『北の国から』の出あいは?

 僕は連続ドラマからではなく、1987年放送の「初恋」からです。吉岡秀隆くん演じる純と、横山めぐみさん演じるれいちゃんとのピュアな恋はもちろん、れいちゃんのかわいさ、富良野の景色や純朴な雰囲気に感動し、はまりましたね。僕は御殿場出身ですが、子どもが悪さをすれば町のおじさんやおばさんが怒ってくれるような、町が子どもを育ててくれるような体験をしていたので、このドラマを見て懐かしくてね。放送時の僕は、東京に出てデビューした年で、このドラマに自分も「出たい」と思いましたね、というより「出る!」と思っていました(笑)。当時はアイドルだったので出たら浮いていたと思いますけどね。

 とにかく「初恋」が好きで、10回も20回も見て、その後オンタイムで続編のドラマスペシャルを見ていました。富良野にプライベートで行くようになると、最初から見ないとわからないものがあったので。連ドラの第1回からさかのぼりました。それを見て、空知川や、中島朋子さん演じる螢がお母さんの乗った列車を追いかけていくシーンの意味など、現地でいろいろわかりましたね。ラベンダー畑に行った時は、男友達と来るところではなかったと思いましたが(笑)。

――「連ドラ」から見直したら、いかがでしたか?

 実は、最初のほうは苦しかったです。子どもにこれだけの試練を与えることが、当時の自分には考えられなくて。何か悪いことしたわけでもないのに、母親の浮気によって、何不自由なかった東京の生活から、電気も水道もない北海道の原野での生活へ変わることに理不尽さも感じて。でも父親の五郎さん(田中邦衛さん)との新しい生活に慣れようと頑張っているのに、母親の令子さん(いしだあゆみさん)が、子どもを取り戻しにやってくる。あれ、僕はすごく嫌でしたね。

 僕の家は7人兄弟の11人の大家族で、商売をやっていましてね。商売は良い時も悪い時もあり、僕たち子どもには言わないけど、おやじの苦しみみたいなものは子ども心にも感じられてね。そんなおやじの背中を見て僕は育ってきたのですが、五郎さんもそう。口数は少ないけど、自分でやってみせ、背中を見せて子どもに学ばせるスタイルで、そんな中、気持ちを横からつっつく母親が嫌で。あれは倉本さんが男と女をそういう風に描きたかったんじゃないかな。

――当時の俳優さんたちは、今見ても魅力的な方が多いですね。

 僕は五郎さんや純や螢以外は、断トツで岩城滉一さんが演じた草太兄ちゃんが好きなんですよ。あの自分を顧みず、人のために場を盛り上げたり、自らバカになったり。なかなかああいうキャラはいないと思うんです。今でも岩城さんに会うと、草太兄ちゃんにしか思えなくて。最初にお会いした時から慣れ慣れしくおしゃべりさせてもらい、そのせいか、二人だけの旅番組をやる機会を何度もいただき、一緒に富良野にも行ったことがあります。

 女性たちは、あの当時は生々しい魅力のある方が多かったですね。僕は特に原田美枝子さんにやられました。他に、いしだあゆみさん、熊谷美由紀さん(現・松田美由紀さん)、児島美ゆきさんなど、竹下景子さん以外はなんかみんな、きれいなだけじゃなくて、いろいろ悪いこともしてきたんだろう的な(笑)、一筋縄でいかない女性たちばかり。倉本さんはそういう女性が好きで、いうことをきかせたい感じですね。連ドラの時の女性陣に比べたら、スペシャルで純と関わる女性は、横山めぐみさん、裕木奈江さん、宮沢りえさん、内田有紀さんと、かわいいけど普通にみえちゃう(笑)。

 僕は純の彼女の中では、宮沢りえさんが演じたシュウが一番好きなんです。僕の嫁がまだ彼女だった時に、シュウとのクライマックスのシーンの演技やセリフを暗記させて、一緒に北海道に行き「北時計」(ドラマに出てくる喫茶店)の前で二人でそのシーンを演じたんですよ。すごく楽しかったですが、嫁がセリフを間違うのにいらついて(笑)。あの時は『北の国から』のガイドブックを持って、車であちこち回りました。まだカーナビがない時代、車でぐるぐる回りながら「ここ見たことある」という記憶のナビを辿(たど)りながら、ロケ場所に着くと感動もひとしお。シュウのアパートには誰か住んでいたようで明かりがついていて、もしかしたらシュウが2階から降りてくるんじゃないかと、ちょっと待ってみたりしてました。

――好きなシーンは?

 いろいろありますが、まずは僕が大好きな「初恋」の最後の、泥だらけの1万円札のシーン。純が中学卒業後、家を離れ、単身上京する際の長距離トラックの中で、運転手の古尾谷雅人さんが、五郎さんから預かったそのお札を「大事に持っていろ」と純に返すところがもうね。そのシーンで尾崎豊の「I LOVE YOU」がかかっているのがたまらなくいいんですよ。

 それから、前述した嫁と実演した純とシュウの北時計のシーンはもちろん、その前の純と五郎さんのシーンが心に残っています。シュウはAV女優だった過去があり、彼女の「過去を消せる消しゴムがあったら」というセリフがあるんですが、それを受け、清掃の仕事を終え手を洗っている純に、五郎がシュウとの約束の場に行ってやれというシーン。「お前の汚れは石鹸(せっけん)で消せる。でも石鹸で消せない汚れもあるんだ」と、生きていると誰もがいろんな汚れがついていくことを静かにさとす。

 この五郎さんの親としての感じが好きなんです。普通のドラマだと、父親が父親であることに自信満々で怒鳴ったりしますよね。でも五郎さんは自分が父親として自信をなくして北海道に来たので「自分の言うことが正解かわからないけど、一応聞いてくれないか」、というスタンス。この感じが僕はとても好きなので、僕も親として、自分の言うことを正解と押し付けず、子どもとちゃんと話し合ってコミュニケーションをとっています。父親としては、五郎さんの影響がすごく大きいですね。

――勝俣さんにとって『北の国から』はどういう存在ですか?

 自分の人生に必要不可欠なものですね。ちょうど静岡から上京し、芸能界に入った時期にこの作品と出会った。それから都会でもまれ、目まぐるしく過ぎていく時間の中で、自分がブレないでいられたのは『北の国から』があったからだと思っています。

 このドラマの登場人物はみんな、生きる上での嘘(うそ)をできるだけ少なくしていると思うんです。嘘をついてまで一歩前に出たくないと。一般的にそういう人は不器用だと言われますが、僕はそうは思わない。僕自身、どんなにうまくいかないことや、嫌なことがあっても、この作品の人物たちのように、自分の中に曲げない芯があれば、たとえ足踏み状態が続いても、ゆっくりと前に進めばいいと思えるようになりました。

 また苦しい時に、ズルをする選択肢もなくしましたね。愚直に進むことで、回り道になっても、前にさえ進んでいれば見られる景色もあると思うようになった。僕にとってこの作品は作り物ではなく、黒板家のドキュメントであり、彼らは僕の中に実在します。だから人生で悩むことがあった時に「こんな時、純だったら、五郎さんだったら、どうするだろう?」と考えると、自然と答えが出たりします。だから『北の国から』が2002年の「遺言」で終わってしまったことは残念ですけど、そこからは僕たちファンが、彼らからバトンを渡され、それぞれの人生の中で続きを紡いでいけばいいのではないか。そんな風に思っています。

――今、『北の国から』がDVDマガジンとして発行されたことについて

 とてもいいタイミングだと思います。この作品は、現代のみんながどこかに忘れてきてしまった大切なものを思い出させてくれます。今はとても便利な世の中ですが、その便利さゆえに、僕たちはストレスをためていく。一方、人の心というのは、効率や便利さと対極のところにある。僕はいろんな人の心に触れていくのが人生だと思っているので、心の大切さを感じる作品として、ぜひ今、多くの人に見てほしい。

 もともとバブル期にこの作品は始まりましたが、当時よりもさらに現在のほうが、より内容がしみるタイミングだと思います。殺伐としたことが多い世の中、『北の国から』を見ることで心を磨いていければいい。僕自身、折に触れて見てきましたが、いつ見ても色あせないし、自分の成長と共に感動するところが違うので、何度見ても飽きません。若い時は純の目線で見ていましたが、二人の子どもの父親になった今は、五郎さんの視線で見ることになりますね。そして今回は、小学生の子どもと一緒に見られることがとても楽しみです。

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勝俣州和(かつまた・くにかず)

1965年生まれ。静岡県出身。7人兄弟の長男として育つ。劇男一世風靡(ふうび)を経て、欽ちゃんファミリーの一員として活動し、アイドルグループ『CHA-CHA』の活動を行う。現在はお笑いタレント、俳優として多くの番組に出演。レギュラーに「朝だ!生です旅サラダ」「炎の体育会TV」など。映画『ミスムーンライト』が5月全国ロードショー予定。

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