マッキー牧元 エロいはうまい

<28>ご飯が恋しくなるポークソテー/そよいち

  • 文・写真 マッキー牧元
  • 2017年3月16日

ポークソテー

  • ポークソテー

  • ビーフカツ

  • ロースカツ

  • マカロニサラダ

「すいません。お醤油(しょうゆ)入れてもらえますか」と、醤油瓶を差し出すお客さんに「あら、空でしたか。あいすいません。誰かが飲んじゃったかしら」と、サービスのおばさんが返す。

 それを聞いて、女店主がケラケラと笑った。

 人形町「そよいち」は、そんな光景が似合う店である。

 親族で営まれる女性を中心としたサービスは気さくで温かく、下町の心意気があって、気持ちがいい。また調理は、女性店主1人で大量の注文をこなすが、リズムがよく、待たせることがない点も素晴らしい。

 さてここで僕は、悩みに悩む。

 カリッと香ばしく揚げられた、ビーフカツかポークカツか。あるいはカツカレーもいいぞ。ハヤシライスかエビフライも食べたいなあ。

 萩昌弘氏の「味で勝負」を読んで、先代の「キラク」に駆けつけたのが30年前だが、30年間悩み続けている。

 そして悩んだ揚げ句、十中八九頼むのが、「ポークソテー」である。

 僕は今まで数多くのポークソテーを食べてきたが、これほどまでにご飯を恋しくさせるポークソテーを知らない。

 ポークソテーは、「キラク」時代から、今の女主人である娘さんの仕事だった。

 「ポークソテー下さい」と注文すると、必ず「にんにく入れますか?」と聞かれる。もちろん、にんにくは抜いたことはない。

 厚く切った豚肉を、フライパンでソテーし、裏返したら火を落としてふたをする。

 豚肉を取り出したら油捨て、酒を入れて、コゲをとる。

 そこに、醤油とおろしたにんにくを入れて一呼吸して火を止め、バターを入れて余熱で溶かし、完成である。

 運ばれてきた瞬間に、バターとにんにくの香りが登って、顔が包まれる。

 脂は舌の上で甘く溶け、緻密(ちみつ)でたくましき豚肉からは、肉汁が滴り落ちる。

 ギシッと音を立てて食い込むような肉の食感がよく、豚の甘味と醤油、バター、酒、肉汁、油、極少量の砂糖から出来たソースの個性が出会い、猛然とご飯をかき込ませる。

 ああ、たまりません。

 添えられる千切りキャベツにもそのソースが染みて、キャベツだけでもご飯が進んでしまう。

 さらに自家製マヨネーズであえられた日本一のマカロニサラダは、どこまでも滑らかな夢見心地で、品よく淡い味に整えられて、肉やソースの合いの手として美しい。

 同寸に切られた人参の茹(ゆ)で具合も、胡瓜(きゅうり)のアクセントも、寸分の狂いなく、静かに潔く脇役を演じている。

 それは、小学校3年から半世紀以上父を支え、亡き父の味を守り続ける女店主の、父への敬意に満ちた味わいなのである。

    ◇

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そよいち
東京都中央区日本橋人形町1-9-6
電話:03-3666-9993

人形町「キラク」(現存)の味を引き継ぐ店である。滋味豊かなとんかつ、ビフカツが名物だが、にんにくバター醤油ソースで供されるポークソテー1800円も都内随一。マカロニサラダも隠れたスターなので、「サラダ大盛りで」と頼むといい。

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PROFILE

マッキー牧元(まっきー・まきもと)タベアルキスト&味の手帖編集顧問

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1955年東京生まれ。立教大学卒。年間幅広く、全国および世界中で600食近くを食べ歩き、数多くの雑誌、ウェブに連載、テレビ、ラジオに出演。日々食の向こう側にいる職人と生産者を見据える。著書に『東京・食のお作法』(文藝春秋)『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。市民講座も多数。鍋奉行協会顧問でもある。

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