マッキー牧元 エロいはうまい

<29>愛してやまない「真実のオムライス」/ツバイ・ヘルツェン

  • 文・写真 マッキー牧元
  • 2017年3月30日

オムライス

  • オムライス

  • オムライス

  • ネギピザ

  • ヒラメのピカタ

 オムライスの艶やかな肌にスプーンを入れる。

 淡いオレンジ色のご飯が黄色い半熟卵に濡れて、輝いている。  

 その瞬間僕は、汚れなき少女の裸体を見てしまったような気分になって、顔を赤らめる。

 オムライスの一番美味しいところは真ん中だから、最初に一番太った部分から食べるという人もいるが、僕はできない。

 やはり端からそうっと、恥じらいながら食べ進む。

 「ああ」。吐息が漏れる。

 この店のオムライスを初めて食べた30年前から、ずっとそうだった。

 一口食べて「美味しいっ! やはりオムライスは美味しいっ!」と、叫びだしたくなる、いつものオムライスではない。

 上にかかったトマトソースも、味付けされたご飯も鶏肉も卵も、丸く柔らかく、味覚に優しく頬ずりしてくる。

 だから吐息が漏れる。一口食べて、幸せが体の奥底からじっとりとせり上がってくる。

 心をつかむ味ではない。心を抱きすくめる味なのである。

 店は、パリやドイツの一流のホテルで、貴族相手に料理を作って帰国した、今は亡きご主人が、40年前に作った。

 「オムライスが食べたい」と、常連にせがまれ、「よし3日待ってな」と言って完成した作品である。

 初めて食べた時に「ああっ。こんな味初めてです」というと、

 「どうだいっ、これが本当のオムライスの味よ」

 一本気で頑固なご主人が、べらんめえ口調で、子供のような笑顔を作った。

 既存の日本の味はまやかしだ。俺が誠の味を作ってやる。

 一皿のオムライスには、そんなご主人の気概が、今尚生き続けている。

 砂糖は入らず、トマトやチャツネの甘みだけ作られた味わいが、舌にふんわりと着地する。

 そしてどこか色気も漂うのは、ヨーロッパ修行中に様々な国の女性と付き合ったという、ご主人のエスプリなのだろうか。

 僕はこのオムライスを、「真実のオムライス」と呼んで、愛し続けている。

    ◇

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初台「ツバイ・ヘルツェン」
東京都渋谷区本町1-54-4
03-3377-7902

初台の路地にたたずむ、カウンター5席、テーブル席4席の小さな店。
オムライスは、トマト、鶏ひき肉、玉ねぎ、椎茸、赤ワイン、セージなどを使い、二日かけて作ったトマトソースで炒められたチキンライスを薄焼き玉子で包み、別に二日かけて作られる、トマト、チャツネなどによるトマトソースがかけられる。このように調味料に至るまですべて手作り、丹念に時間をかけて作る今亡きご主人の味を、今は奥様と息子さんが受け継がれている。昼はハンバーグとオムライスを千円で提供。息子さんが作るオムライスは、トマトソースにバジルソースが添えられる。夜は、要予約でおまかせのコースのみ。昼もいいがこの店の真髄を知るなら、ぜひ夜に訪れたい。コーンコロッケ、ドリア、イカスミパスタ、ネギピザ、ヒラメのピカタ、トマトコンンソメなどなど、この店でしか食べることのできない味が待っている。

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PROFILE

マッキー牧元(まっきー・まきもと)タベアルキスト&味の手帖編集顧問

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1955年東京生まれ。立教大学卒。年間幅広く、全国および世界中で600食近くを食べ歩き、数多くの雑誌、ウェブに連載、テレビ、ラジオに出演。日々食の向こう側にいる職人と生産者を見据える。著書に『東京・食のお作法』(文藝春秋)『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。市民講座も多数。鍋奉行協会顧問でもある。

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