小川フミオのモーターカー

世界の名車<第162回>レースでも強かった「トヨタ・スポーツ800」

  • 文 小川フミオ
  • 2017年5月15日

1965年から69年まで作られ、中央部分が脱着式ルーフという先進的なアイデアを採用

  • エンジンとシャシーはパブリカのものをチューニングしていた

  • 4段変速のシフトレバーは床から生えていた

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 いまでも欲しい。そんな言葉がつい出てしまうのがトヨタ・スポーツ800。クルマの主要ターゲットが“若者”で、アピールの手段がレースでの活躍だった時代の申し子だ。

 トヨタ・スポーツ800、通称ヨタハチが発表されたのは1965年。ホンダのライバル、S800(通称エスハチ)と同じ年のデビューだ。

 もっともホンダは63年にS500、翌64年にS600を出して成功を収めていた。それがなかったらヨタハチは存在しなかったかもしれない。

 ヨタハチは、とはいえ、よく出来ていた。既存のコンポーネンツを上手に流用しながら手を加えている。そこが優秀なエンジニアがそろったトヨタ自動車の強みといえるだろう。

 エンジンが一例だ。ホンダ・エスハチは“時計のように精巧”という表現が伝説的になった凝った設計のDOHCエンジンを搭載。

 一方、ヨタハチは大衆車パブリカの697cc2気筒エンジンを790ccにして搭載したにすぎない。ただしエンジンの圧縮比を高めて45馬力にパワーアップ。さらにツイン・キャブレターを採用するなど、出来るところは徹底的に煮詰めた。車体の軽量化や空力の徹底という基本もおろそかにしていない。

 結果、最高速は時速155キロ。静止から400メートル走りきるのに要する時間はわずか18.4秒となった。レースでも軽量車体と素直なハンドリングが強みだった。ホンダ車との勝負ではヨタハチの勝利に終わったレースも少なくない。それによって若者のあいだでの人気はおおいに上がった。

 スタイリングも(好みはあるけれど)ホンダ車に対する大きなアドバンテージだった。卵型のボディーは後輪の上にキャビンの柱ともいえるリアクオーターピラーが乗っかるようなプロポーション。安定していながら軽快さを同時に感じさせるよう均衡がとれている。

 カバーのついたヘッドランプといい、小型のスプリット型バンパーといい、欧米のスポーツカーの流行を意識しながら、上手にオリジナリティーを出している。

 全長は3580ミリ、全幅は1465ミリしかない。実車は驚くほどコンパクトだが、写真だとサイズ感がよくわからない。それこそ、このクルマが美しいプロポーションを持っている証拠といえる。

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PROFILE

小川フミオ(おがわ・ふみお)

写真

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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