「問い」の中にこそ人間の力がある 羽生善治さんが見た人工知能の世界[PR]

  • 2017年5月15日

「AIがわかれば脳の仕組みがわかり、脳の研究が進むほどAIはさらに進化する」と話す羽生善治さん

  • 「将棋ソフトもずいぶん強くなっています。人間なら一生かかっても不可能な何十万局という対戦も、AIなら瞬時にこなせるのですから」

  • 「人間の知能とAIの違いを知って有効活用するなら、AIは間違いなく人間の暮らしを便利に、豊かにしてくれるでしょう」

  • 将棋ソフト「ポナンザ」と対局する佐藤天彦名人。近年、AIとプロ棋士の対戦が注目されている

 天才棋士VS人工知能(AI)。その対戦がいつか実現することを心待ちにする将棋ファンは多いが、当の羽生善治さんはAIに学ぶべきは素直に学び、有効活用すればいいと気負いなく語る。羽生さんの目に見えているAIの可能性と、それにも負けない人間の力とは。

人間の思考・判断は数値では表せない

 たとえば私が友人の家に遊びに行って、今ちょっと手が離せないから自分でコーヒーをいれて飲んでいてくれと言われたとします。他人の家とはいえ、「大体あの辺りにカップがあって、コーヒーはこちらにありそうだ」といった予想を立てるのは、私たちにとってそれほど難しいことではありません。何度か戸棚を開け閉めすれば、いずれ目的のものが見つかるでしょう。

 ところがAIは、こうしたことがとても苦手です。「大体あの辺」といった感覚に基づく情報、言語や数値で伝達しにくい知識を扱うことは、現在のAIにはまだほとんどできません。学習すればいずれできるようになるでしょうが、そのためには「他人の家でコーヒーをいれる」という経験を何十万回も積み重ねる必要があります。キッチンという物理空間では、気温や明るさ、窓から入る風の強さなどが絶えず変化し、おまけに風が止まると気温が上がるなど、それぞれが複雑に影響しあっています。0か1かの2進法で情報を処理するAIにとって、現実の世界は不確定要素があまりに多すぎるんです。

 もちろんAIは、計算能力や数値で表される情報の分析能力では人間をはるかに超えています。囲碁の世界では昨年、AIが世界的なトップ棋士に勝利しましたし、将棋ソフトもずいぶん強くなっています。人間なら一生かかっても不可能な何十万局という対戦も、AIなら瞬時にこなせるのですから、加速度的に能力が進化しているのも当然といえるでしょう。

 時々「羽生さんはAIと対戦したら勝てますか」と聞かれますが、これは答え方の大変難しい質問です。自分と相手の駒の動きを何万通りもシミュレートし、より有利な手を選択する能力だけを比べるなら、もちろん人間に勝ち目はありません。しかし私たち棋士はさまざまな局面において、2、3の選択肢以外の可能性を「これは考えなくて良い」と頭のなかで瞬時に捨てています。結果的に、限られた時間のなかでAIと互角か、それ以上に勝負のできる手を選んでいる。おそらくAIには、人間がなぜそうした思考をできるのかわからないでしょう。なにしろ私にもその理由はうまく説明できないのですから(笑)。

AIを知ることは自分自身を知ること

 現状では人間の知能とAIにはまだ違いが多く、一概に優劣はつけられません。しかしその違いを知って有効活用するなら、AIは間違いなく人間の暮らしを便利に、豊かにしてくれるでしょう。たとえば医療の世界で正確な画像診断のできるAIが普及すれば、病気の微妙な兆候を見落として治療が遅れるといった悲劇はなくなるかもしれません。あるいは気象の変化を正確に予測できれば、災害被害を最小限に食い止められる可能性があります。

 ただし私たちが決して忘れてならないのは、AIも決して万能ではないということです。示されているのはあくまで「有効である可能性が高い選択肢」であって、「絶対の正解」などではありません。

 たとえば、AIがはじき出す膨大な情報のなかから意味あるものを見つけ出す「価値判断」は、今後も人間の仕事でしょう。あるいはAIに何を考えさせるかという「問いを立てる」ことは、おそらく将来も人間にしかできないはずです。今の子どもたちが大人になるころ、人間の仕事の多くはAIに奪われているという予測があります。相手は24時間365日働き続ける機械ですので生産性ではかなうはずもありませんが、「価値を判断できる」「自ら問いを立てられる」という力を持っている限り、人間にしかできない仕事はなくならないのではないでしょうか。未来を担う子どもたちに対して大人ができることは、そうした力が身につく体験をできるだけ与えてやることだと思います。

 先ほど、学習の機会が十分にあればAIにもコーヒーがいれられるはずだという話をしました。人間は、他人の家で何十万回もコーヒーをいれたことなどないのに、なぜそれができるのか不思議だと思いませんか。AIがまだ苦手とし、人間が自然に行っていること、それは「記憶をもとに推測する」という行為です。赤塚不二夫さんの「ウナギイヌ」というキャラクターがいますが、おそらく多くの人が、たとえ初見でも「ああ、ウナギとイヌを合わせたキャラクターだな」とすぐに把握できると思います。しかしAIにとっては、これまで世界に存在していなかったものを受け入れるというのは至難の業です。AIと比較したとき、あらためて人間の能力のすごさに気づくことは多くあります。

 私がAIに強い関心を持つのは、AIの研究は人間の脳の解明に限りなく近づいていくからです。AIがわかれば脳の仕組みがわかり、脳の研究が進むほどAIはさらに進化する。現在、世界中でAIの研究を推し進めている最大の原動力は、自分自身をもっと知りたいという人間の願望かもしれないですね。(談)

    ◇

はぶ・よしはる 将棋棋士。1970年生まれ。85年、史上3人目の中学生棋士に。96年には竜王、名人ほか七つのタイトルを独占、2008年に永世名人(十九世名人)の資格を取得。昨年放送されたNHKスペシャルのリポーターとしてAI研究の最前線を取材、技術開発の現状や課題について詳しい。著書に「人工知能の核心」(羽生善治/NHKスペシャル取材班、NHK出版新書)など。

(提供:ボーイング ジャパン)

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