パラスポーツのサイト「マイパラ! Find My Parasport」公開

  • 2017年5月16日
  • 日本財団パラリンピックサポートセンターは、自分に合うパラスポーツを見つけることができるマッチングサイト「マイパラ! Find My Parasport」を立ち上げた(画像提供:日本財団パラリンピックサポートセンター)

  • 日本パラリンピアンズ協会会長の河合純一さん(画像提供:日本財団パラリンピックサポートセンター)

  • ウィルチェアーラグビー日本代表の島川慎一さん(画像提供:日本財団パラリンピックサポートセンター)

  • パラバドミントン日本代表の杉野明子さん(画像提供:日本財団パラリンピックサポートセンター)

  • パラスノーボード日本代表の成田緑夢さん(画像提供:日本財団パラリンピックサポートセンター)

 テレビや新聞などで、パラスポーツの話題を目にする機会も多くなった。しかし、パラスポーツを始めたい人たちにとっては、情報や環境の整備が十分とはいえないのも事実だ。そこで、日本財団パラリンピックサポートセンターでは、パラスポーツ人口増を目指し、自分に合うパラスポーツを見つけることができるマッチングサイト「マイパラ! Find My Parasport」を立ち上げた。

サイトの立ち上げを「A-port」が支援

 「マイパラ! Find My Parasport」の大きな特徴は、障がいやスポーツの好みなど八つの質問に答えると、パラスポーツ27競技の中から自分に向いているものを見つけられる点にある。さらに、やってみたい競技や自分の住む地域から、参加できるチームや競技団体を調べることができ、直接コンタクトを取ることも可能だ。

 このサイトの立ち上げには、朝日新聞社のクラウドファンディングサイト「A—port」が活用された。運営に関しては日本電気(NEC)が協賛する。同社は、20年以上にわたり車いすテニスを支援し、そのほかのパラスポーツの普及をはじめ、障がい者の社会参加や理解促進活動を行っている。

 サイトの立ち上げにかかる費用はA-portに加え、朝日新聞紙面でも呼びかけ、599人から約611万円の支援金を集めることができた。こうした、企業・一般の方々の協力もあり「マイパラ! Find My Parasport」は公開に至った。

パラアスリートによる発表トークイベントを開催

 4月19日に日本財団ビルで「マイパラ! Find My Parasport」発表トークイベントが開催された。モデレーターの日本パラリンピアンズ協会会長である河合純一さんとともに、ウィルチェアーラグビー日本代表の島川慎一さん、パラバドミントン日本代表の杉野明子さん、パラスノーボード日本代表の成田緑夢さんが登壇した。

 河合さんは「これからパラスポーツを目指したい子どもをはじめ多くの障がいのある人に、新しいチャンスを開くのが今回の『マイパラ! Find My Parasport』だと思います。このサイトへの期待やパラスポーツをやりたい人たちへメッセージをお願いします」と話す。

 「僕が競技を始めた頃はインターネットもなくて、どうやって探そうか悩んでしまうこともありました。ウィルチェアーラグビーは若い選手が少なく、競技人口も決して多くはありません。ぜひ『マイパラ! Find My Parasport』を活用してもらい、パラスポーツ全体の平均年齢も下げられればいいなと思います」と島川さん。

 杉野さんは「若い世代ももちろんですが、何事も始めるのに遅いということはないと思うので、気軽な気持ちでもっと多くの人がパラスポーツにチャレンジしてほしいと思います。そこから自分の道も開けるかもしれないので、まずは『マイパラ! Find My Parasport』を活用して、自分に合うパラスポーツを知ってもらいたいです」と話した。

 「僕は競技を通して人に影響を与えられることを知りました。これからパラスポーツを始める子どもや若い人たちも、そういうことに気づいて、わくわくした気持ちで競技に取り組んでもらえたらうれしいですね」と成田さん。

 そして、河合さんは「3人の話を参考に、多くの人が前向きになってパラスポーツに取り組んでもらえるといいと思います」と締めくくった。

マイパラ! Find My Parasport

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<登壇者プロフィル>

河合純一(かわい・じゅんいち)
日本パラリンピアンズ協会会長
生まれつき弱視であったが15歳で失明。幼少期から続けていた水泳で1992年バルセロナから2012年ロンドンまでパラリンピックに6大会連続出場。メダルは金5、銀9、銅7の合計21(日本人最多)。00年を機に水泳の指導に関わり、13年から一般社団法人日本身体障がい者水泳連盟会長就任、競技の普及活動や環境整備などにも尽力する。16年に日本人として初めてパラリンピック殿堂入り。

島川慎一(しまかわ・しんいち)
ウィルチェアーラグビー日本代表選手
バークレイズ証券株式会社所属
21歳の時に交通事故で頸髄(けいずい)を損傷し、車いすの生活となる。病院で知った陸上競技用車いすのかっこよさにひかれ陸上競技を、その後、1999年に試合観戦をきっかけにウィルチェアーラグビーを始める。現在は自ら立ち上げたチーム「BLITZ」(埼玉県)に所属。パラリンピックは2008年アテネ大会から北京、ロンドン、16年のリオ大会まで4大会連続出場。

杉野明子(すぎの・あきこ)
パラバドミントン日本代表選手
Yahoo!JAPAN所属
出生時に左腕に障害を負い機能不全となる。中学校でバドミントン部に入部し、パラバドミントンの競技の存在を初めて知る。中学校・高校・大学と競技に熱中。中学校・大学ではチームの主将を務める。大学3年生の時にパラバドミントンの国際大会へ出場。日本代表として初めて海外選手たちと対戦したことをきっかけにパラバドミントンへ本格的にシフト。2020年の東京パラリンピックを目指す。

成田緑夢(なりた・ぐりむ)
パラスノーボード日本代表選手
学校法人近畿医療学園所属
幼少時からスノーボード、トランポリン、水上スキーのウエークボードに取り組む。1998年(当時4歳)長野オリンピックでスノーボードのデモンストレーターを務める。2012年からフリースタイルスキー・ハーフパイプに取り組み、13年にフリースタイルスキー世界選手権の日本代表に選出され出場。フリースタイルスキー世界ジュニア選手権(ハーフパイプ)優勝。同年4月にトランポリン練習中の事故により左足腓骨(はいこつ)神経麻痺(まひ)となる。障がいを克服しハーフパイプ競技に復帰を果たす。さらに20年の東京パラリンピックに出場するため、走り高跳びなどの障がい者スポーツにも取り組む。

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