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浴室でも屋外でも気分に合わせた曲が流れる ストリーミングが変える音楽体験と社会

  • 文・ライター 宮田文久
  • 2017年5月18日

ストリーミングサービスの発展は、音楽体験そのものを変化させるかもしれない(JGalione/getty)

  • 東京国際フォーラムで開催されたオーディオ・ビジュアルの祭典「OTOTEN2017」会場=宮田文久撮影

  • 基調講演する、スポティファイジャパンの玉木一郎社長=宮田文久撮影

  • 有料音楽配信のなかでも、定額制サービスが伸びている(koo_mikko/getty)

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 いつでもどこでも楽しめるストリーミングサービスの普及は、現代人の“音楽体験”を変えつつある。ひとつのデバイスに曲をダウンロードして持ち歩く時代はやがて終わり、移動中はスマートフォン、自宅では例えば天井の電球から、その時の気分に合わせて選んだ、またはAI(人工知能)が選んだ曲が流れてくる、そんな時代がやってくるかもしれない。

 5月13日・14日、東京国際フォーラムでオーディオ・ビジュアルの祭典「OTOTEN2017」が開かれ、新興のストリーミングサービスに焦点をあてた講演とパネルディスカッションがあった。音楽配信サービスの当事者が語った展望から、より“オープン”に、かつ“ハイテクノロジー”になっていく音楽体験の未来像がうかがえた。

 基調講演を行ったのは、スポティファイジャパン株式会社代表取締役社長の玉木一郎氏。2008年にスウェーデンでサービスが開始されたスポティファイは、2016年9月末に日本でのサービスをローンチした。全世界で1億人以上のユーザー数を誇り、広告が表示されるかわりに無料で楽しめる「Free」プランもあるが、5000万人以上が有料の「Premium」プランに加入しているという。

 このように基本的なサービスは無料で提供し、高次の機能については課金を施すビジネスモデルを「フリーミアム」と呼ぶが、スポティファイはまさにこのフリーミアムを音楽業界で先駆けて世界に展開した先達だ。

 注目されるべきは、スポティファイが「持続可能なフリーミアム」を掲げ、「違法ダウンロードの撲滅」を志して生まれたサービスということだ。玉木氏は講演で、スマートフォンのようなデバイスを中心に、日進月歩で便利になっていく環境に慣れきってしまった現代人は、「以前の状況には戻れない、戻りたくない」という不可逆性を抱え込んでしまっている、と指摘した。

 今月上旬、漫画の違法ダウンロードサイト「フリーブックス」が突然閉鎖されたことが話題となったが、音楽産業も同様のいたちごっこの最中にある。玉木氏の言葉のように「ユーザーに犯罪という意識はない。より安く、簡単に便利なサービスで音楽を聞きたいと思っているだけ」なのであり、進歩し続ける現代では必然的に包括される根深い問題なのである。

 そこでスポティファイCEOのダニエル・エクはどう考えたのか。玉木氏いわく、「それならば、自分たちの手で合法なサービスをつくり、違法なサービスより良いものを提供できればいい。より高度な利便性を提供し、音楽の良さを再発見してもらって、有料ユーザーに転換していってもらえばいい」ということだった。

 “基本無料”に対して、音楽業界の一部からの反発は少なくなかったようだ。特に、再生されるごとに収益が還元されるというビジネスモデルに対し、これまでは事前に多くの報酬を受け取ってコンテンツを提供してきたアーティストからは、拒否反応もあった。

 しかし、ここには「誤解」があるというのが玉木氏の考えだ。すなわち、音楽ストリーミングサービスは「年金」のようなもので、「早くストリーミングサービスのプラットフォームに乗っていただいたアーティストこそ、時が経つごとに持続的に収益が還元できる」(玉木氏)のである。

 CDといったディスクを必要としないだけでなく、音楽業界の収益構造自体に根本的な問いを投げかける「年金」という比喩に、聴衆は感嘆の声をもらしていた。新たな収益モデルが、アーティストたちと利用者にどれだけ認知されていくかが、音楽ストリーミングサービスの今後を分けるかもしれない。

音楽がユーザーのアイデンティティを築く

 パネルディスカッションでは、株式会社レコチョク執行役員の板橋徹氏、AWA株式会社ゼネラルマネージャーの下村武氏、そしてLINE MUSIC株式会社取締役の高橋明彦氏が登壇。2013年以来の「レコチョクBest」、2015年5月からの「AWA」、そして同年6月にローンチされた「LINE MUSIC」と、三者三様のストリーミングサービスを運営するプロフェッショナルたちが、未来の“音楽のあり方”を話し合った。

 作成したプレイリストのシェアや、SNSでの拡散性といったストリーミングサービスの性質はすでに一般に知られているが、このセッションでは、音楽がより“人”と強固に結びつきつつある状況、そしてビッグデータやAI(人工知能)といった最先端の知見と合流しつつある音楽市場の未来が語られた。

 LINE MUSICの高橋氏によれば、「10代や20代前半といった若い人たちを中心に、『Profile BGM』という、LINEアカウントのプロフィール欄にお気に入りの楽曲を張り付ける機能が人気となっている」という。若者たちは、今は三代目J Soul Brothersにハマっている、あるいは、新たにエド・シーランが好きになった、などと「今の自分を象徴してくれる1曲」を着せ替えて楽しんでいるようだ。「まだ大人の世代には伝わっていない、新しい潮流がここから生まれるかもしれない」と高橋氏。

 AWAでは、お気に入りの8曲をユーザーがひとつのプレイリストとしてまとめる機能が目玉。ユーザー同士でシェアしたり、ユーザーごとにおすすめのプレイリストが自動表示されたりといった音楽の“共有”をもとに、人気の「プレイリスター」がランキングされる仕組みになっている。「ここにランクインするのは、音楽好きの人にとっては非常に嬉しいこと。ランキングの上位を目指すことが新しいプレイリストをつくるモチベーションになっている」と下村氏は話す。ここにも単に音楽を聴取するだけではない、ソーシャルなネットワーク上で構築する自らのアイデンティティと直結した、新たな音楽消費の形が見てとれるのだ。

AIやIoTなど先端技術と連携

 レコチョクの板橋氏は、VRコンテンツ制作など、次世代のサービスや音楽マーケット創造に向けた研究開発機関「レコチョク・ラボ」に言及。「IoT(Internet of Things:モノのインターネット)にも興味を抱いている。浴室でも、トイレでも、各場所の機器がネットで連携することによって、その場その場で自分の気持ちに合った音楽が流れるようになるかもしれない。車のなかでも、家に帰った瞬間に天井の電球から流れてくるのでもいい。ライフスタイルに音楽がどんどん浸透し、生活を豊かにしていく基礎の技術として、IoTは活用できるのではないか」

 30名ほどのエンジニアを集め、精緻なレコメンドのエンジンを開発・運営しているAWAは、AIに関心を向けているといい、また手作業での情報入力を伴わないボイスUI(音声ユーザーインターフェース)によって、会話するように音楽が提供される未来も考えているそうだ。LINE MUSICも、本体のLINEが今年3月にクラウドAIプラットフォーム「Clova(クローバ)」を発表しており、またLINE上で蓄積されるビッグデータを音楽ストリーミングサービスにより活用する術も考案中だという。

 2016年アメリカでの音楽市場では、51%のシェアをストリーミングが占めるようになっている。一方の日本では、「CDが売れなくなってきた」と言われながらも海外に比べ日本のCDのシェアは根強い。同年に日本レコード協会が発表した数字では、有料音楽配信(携帯電話の着信音源などを含む)のシェアは18%に留まり、アメリカの状況とは大きな差がある。しかし、有料音楽配信のなかでも、定額制音楽配信(サブスクリプション型)と呼ばれるストリーミングサービスは、前年度比61%増の伸びを見せている。

 「いつでもどこでも」私たちを楽しませようとする音楽サービスと、AIやIoTというテクノロジーが連携することは、それだけ最先端の技術が日々の生活に入りこむことを意味する。音楽ストリーミングサービスの今後は、私たちの社会の行く末を占う試金石になりそうだ。

(文・ライター 宮田文久)

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