十手十色

世界の競技仲間から「忍者」と呼ばれる若きプロフリークライマー 楢崎智亜

  • 文・加藤千絵 写真・小林浩志
  • 2017年6月13日

昨年の世界選手権で日本人初の年間チャンピオンに輝き、一躍注目される存在になった

  • マメができるとやすりで削る選手もいるが、「手の皮のコンディション作りは全然しない」と楢﨑さん。練習や試合の直後はザラザラしたホールドで指が擦れて、指紋が消える

  • 中指、薬指、小指の3本でホールドを握ることで、背中に力が入りやすくなる。ホールドからホールドへ動いた瞬間に壁に打ち付けたり、滑って擦ったり、手や足の傷は多い

  • 上半身は見事な逆三角形。背中などより大きな筋肉を使って登るため、腕はそれほど太くならない

  • スポーツクライミングで日本人選手のレベルは高い。強さの秘密は「まじめさ」と楢崎さん。地味なトレーニングを継続できるかどうかだという

  • 小さなクライミングシューズは足の指を曲げて履くため、タコができる

  • 5月に八王子で開かれたW杯では途中のけがで2位になり、思わず涙した。「地元開催で優勝するのは名誉なことだしなかなかできる人がいないので、そのプレッシャーに勝ちたかったです」と楢崎さん

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 ホールドと呼ばれる突起物を手がかり、足がかりに、高さ約5メートルの壁をあっという間に登っていく。いや、登るだけじゃない。ジャンプで横っ跳びするのも、ホールドに足をひっかけて天地逆さまにぶら下がるのもお手のもの。まさに縦横無尽。海外の選手から「忍者」と呼ばれるのもうなずける。怖さはないんですか、と聞くと「いろんな落ち方をさんざんしてきたんで」とその忍者――楢崎智亜さんは照れ笑いした。

 幼い頃は器械体操でオリンピックを目指していた。大会に出て好成績も収めていたが、小学4年生のある日、体を回転させることが突然怖くなった。「小さかったし、そこから抜け出せなくて」結局やめることになったが、その時に出合ったのが、兄が通っていたスポーツクライミング。「体が小さい人も大きい人も自由な登り方ができるし、考え方も自由だし、すごく楽しいなと思って。僕、自由人なのでほかの人が考えない動きを思いついて、そういうところが合ってたのかもしれないですね」

日本代表、そしてプロの道へ

 スポーツクライミングの種目のひとつ「ボルダリング」は、スタートからゴールまで設定された課題をいかにクリアしていくかを競う競技だ。一つの課題を見て何通りの動きを思いつくかが勝負のカギになることもある。楢崎さんは柔軟な発想と、体操で鍛えたしなやかな肉体を生かして、高校3年の時に初めて日本代表としてワールドカップ(W杯)に出場。成績は振るわなかったが、それでも卒業後はプロになる道を選んだ。トップ選手の動きを目の当たりにして、「自分だったらいずれいけるんじゃないか」という自信があった。

 しかしある程度の経験がものを言うボルダリングの世界で、なかなか結果が出ない。伸び悩んでいた時、先輩からパーソナルトレーナーの千葉啓史(ひろし)さんを紹介された。千葉トレーナーとともに、できているものも含めすべての動きを一から見直す。手が小さくても力が伝わりやすいようホールドの握り方を変える。指の間の筋肉を鍛えるような地味なトレーニングを続ける。すると昨年いきなりボルダリングの世界選手権を制し、日本人男子で初めてW杯の年間チャンピオンにも輝いた。

自信をくれる「名言集」

 年間チャンピオンが決まる試合の前日、緊張に震えて千葉トレーナーに電話をした時にかけられた言葉が忘れられない。「プレッシャーを楽しめないならスポーツ選手なんかやめちまえ、くらい言われたんですよ。確かに自分は何のためにやってるんだ、って気づかされました」。自身のスマートフォンにはほかにも一流選手の強気な「名言集」を保存していて、弱気になる時に読み返す。「自分に自信が持てないと、選んだ動きも本当に合ってるのかなとか、ぶれちゃう。そういう状態でトライしても絶対にいいパフォーマンスは出ないんです」。マイク・タイソンもかっこいい、ウサイン・ボルトもかっこいいとスマホの画面をのぞきながら、今の気持ちにぴったりくるのはモハメド・アリの「想像力のないやつに翼は持てない」かな、と教えてくれた。

 現在、今年のW杯の真っ最中だ。7戦中1戦を抜いた6戦の合計ポイントを競うもので、初戦こそ予選落ちしたものの、以降の4戦は上位をキープしている。狙うは2年連続制覇。もちろんその先の東京五輪も見据えている。20歳の若きクライマーがいま、大きな翼を広げようとしている。

    ◇

ならさき・ともあ 1996年生まれ。幼稚園から小学4年生まで器械体操をして、小学5年生から兄とともにクライミングジムに通い始める。高校3年生の時にボルダリングで、初の日本代表に。昨年、2年に一度開かれる世界選手権で日本人で初めて優勝、W杯でも年間チャンピオンに輝き、一躍注目される存在となった。

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PROFILE

加藤千絵(かとう・ちえ)ライター

東京外国語大学スペイン語学科卒業。約9年間、朝日新聞の夕刊や別刷りに執筆し、2012年以降は&Mの「ブラボー★NIPPON」をはじめウェブや雑誌、書籍などで活動する。週末はもっぱらサッカー観戦。趣味の俳句は今年で句歴10年を迎える(が上達にはほど遠く)。岐阜県出身。

小林浩志(こばやし・ひろし)写真家

株式会社新建築社で編集部、写真部を経て独立。建築写真、デザイン、出版を主とした株式会社スパイラル(http://photo-spiral.co.jp/)を設立。以降、黒川紀章をはじめ、日本を代表する建築家の作品写真や書籍のデザイン、編集など精力的に活動している。

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