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「生き残る」だけじゃなく、「来たるべきバカ」になれ 哲学者・千葉雅也さんの勉強論

  • 2017年6月8日

  

 気鋭の哲学者が書いた「勉強論」が、学生・社会人を問わず注目されている。著者は、フランス現代思想から“ギャル男”などのファッション批評まで、硬軟織り交ぜた研究で人気の千葉雅也さん。『勉強の哲学 来たるべきバカのために』という挑発的なタイトルの新刊は、ビジネスパーソンが自らの人生設計や勉強の仕方を省みる上で、とっておきの一冊となっている。日々の情報の取捨選択から「職業」のあり方まで、千葉さんの指摘はどこまでも刺激的だ。

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――新著で示した、私たちが通常イメージするような勉強法とは異なる「勉強論」が、話題を呼んでいますね。

 日本は同調圧力がとても強い社会ですね。自分が独自の考えを持ったり、批判意識を抱いたりすれば、周りの「ノリ」からズレてしまうということがよくあります。しかし「勉強する」というのは、まずはそうしたズレを生きることなのです。新刊では周りから「浮く」とか、周囲から見て「キモく」なるという言い方をしていますが、そうした集団的な「ノリ」からのズレを肯定しているわけですね。

 その意味で、この本の刊行以降、自分は周りに合わせられない、周囲に対して違和感を抱いていると元から感じているような読者の方々からは、「自分の気持ちを肯定してもらった」「共感した」という感想を多くいただいています。とてもうれしく思いつつ、さらにその外側の、周りの「ノリ」に合わせて生きている人、合わせなきゃという気持ちが強い人に向けて、もっとそこから積極的に踏み出してズレていく生き方ができるよう、励ましていきたいと考えています。より「ノリ」だけで生きているような人たちに届いて、「ノリ」に対する距離みたいなものを発見し始めてもらえたら面白いなと思っています。

――「勉強する」ということは通常、社会で生き抜くために、より自己を強くし、成長していくためのものであると捉えられがちです。しかし千葉さんは、深く「勉強する」ことは自己の「変身」を伴う、すなわち一種の自己破壊であるとおっしゃっています。

 たしかに、世に言われている勉強は、知識が積み重なっていき、自己が補強されるようなイメージだと思います。それは今ある社会システムや評価軸のなかで良い点を取る、良い営業成績を上げる、あるいはより利益を得るための勉強法であるわけです。だから、目の前のシステムを深いレベルで変えるということは考えられていないですね。

 しかし、僕の考える「勉強」は、現在のシステムと自分を切り離して、自分自身がやりたいことをきちんと考えましょう、それを徹底できれば社会を変えられる人材にもなれるはずだ、という話なのです。だからと言って、単に我流で突き進むことを肯定してはいないこともポイント。自分が持っている欲望のあり方を省みつつ、歴史的な蓄積のなかで信頼されている本を読むことを中心にしながら、世のシステムを相対化できる“厚み”を背景にもった独自の個人になっていってもらいたい、ということなんですね。

  

――近年、社会人の勉強というと世界史がブームです。しかし、千葉さんの考えでは、ただ単に世界史を学び直せばよい、ということではないですよね。

 もちろん、ビジネスパーソンの方は当座の結果をすぐに出さなければいけないというプレッシャーが強いわけですから、そこを逃れて自由に考えるというのは難しく感じられるかもしれません。しかし、本当に世界史を「勉強」するのであれば、長期的な視野で未来のイノベーションを考えたり、それこそグーグルのように、巨視的に世界のインフラ自体を変えたり、時代の定義を新たに書き換えられるようになるために行うべきだと思います。

 僕のこの本はおそらく両義的であって、ある種の成功哲学としても読めるはずです。きちんと「勉強」すれば、世の先を見通して適切な投資対象を見つけ、この社会のシステムに適応してうまく生き残っていくノウハウを身につけることもできるでしょう。しかし、「勉強」すれば、別の社会モデルやビジネスモデルを考えたり、新たなビジョンを提示したりする能力も身につけることができるのです。そうした両義性がある本ですから、読者の方にとって読み方はいろいろあるのだと思います。僕個人は、もっぱら後者の考え方の人間ですが(笑)。

――具体的なメソッドとして、まず単に周りに合わせている「ノリ」から距離をとるために、「アイロニー」や「ユーモア」といった視点を論じています。

 「ノリ」からのズレ方は、日常会話でどうしゃべるかの方法論として明確に提示できる。ひとつは、たとえば「不倫は悪だ」とみんなが話している時に「本当に悪なの?」とツッコミを入れるような、物事の根拠に疑いを向ける「アイロニー」。もうひとつは、「不倫は音楽のようなものだ」と発言するような、場の空気から外れてボケていく「ユーモア」です。こうした発言をする人間は「ノリ」から「浮く」わけですし、「キモく」なります。しかしそれこそが「勉強」の第一歩なのです。

 単に「ノリ」に合わせている第一段階を「バカ」だとすると、そこから距離をとった第二段階への移行をこの本では丁寧に説明しています。しかし、単に浮いているだけではモテませんし(笑)、「勉強」の成果を社会に向けて発揮することもできないでしょう。

 第三段階として、もう一度「ノリ」へ戻ることが課題になるわけです。「アイロニー」と「ユーモア」という言語技術を自覚し、そのギアを自由に入れたり入れなかったりできるようになる――言わば、ピアニストがピアノを弾くことも弾かないこともあるように、浮く/浮かないのスイッチングができるようになる。そうした状態を僕は「来たるべきバカ」と呼んでいます。

  

――そうした自由さを獲得した個人が「勉強」するには、現代の情報環境は非常に便利だともおっしゃっています。ビジネスパーソンはどうしても細切れの時間を活用しなければいけませんが、とっておきの環境が整っている、ということですね。

 たとえば、「Evernote」といったノートアプリがお勧めです。自分が興味を持った記事やメモ、アイデアを、一カ所にため込める。そこに戻りさえすれば何をやっていたのか思い出せるわけで、細切れの時間の「勉強」でも蓄積していけるのです。つまり、自分のノートを維持・管理することを考えることが、そのまま「勉強」になる。ノートのマネジメントをすることが「勉強」のマネジメントと同義になるわけです。仕事面での「勉強」も趣味の「勉強」も一括して管理できるわけで、昔だったら“領域横断的”と言われていたような発想が、ツールに実装されているのです。

――著書では「中断」とおっしゃっていますが、言わば“三日坊主”の積み重ねが「勉強」になる、というのはうれしいですね。

 もうひとつ、僕が推薦している方法に「欲望年表」をつくることがあります。自分が何に「享楽的なこだわり」を感じてきたのか、人生を振り返る。自分の「こだわり」を捉え直し、それを「勉強」の軸にしていきましょう、という話です。そして、これを実践すると、思わぬ発見がある。

 たとえば、僕は受験生の頃に文学系の学部に行こうとしていましたが、親には「それでは食えない、法学部に行って弁護士になれ」と言われたことを覚えています。それでも僕は今の道に進んだのですが、ふと我に返ると、世の一部では批判される自己啓発本をあえて擁護するような本、自己啓発本のパロディーのようなこの本を書いたり、自信をなくしている学生のレポートの面白い箇所を指摘して応援したりしている。これは“弁護”をしているんですね。実は弁護士というイメージが案外自分のなかに残っていて、こだわりが形成されていたようなのです。

 今の職業の奥底に、実は別の職業が隠されているかもしれないという発想です。たとえば、かつて野球選手になりたかったけど今は営業の仕事をしているという人でも、野球選手になりたいという思いに隠されていた何らかの欲望を、営業という仕事で実現している、など。だから、今の仕事がつまらなくなった、転職したくなった、という人は、もしかしたら自分の欲望を見つめ直す「勉強」が足りないかも、と立ち止まったほうがいいかもしれない。

  

――以前に哲学者ジル・ドゥルーズについて論じられた著書『動きすぎてはいけない』にもつながるお話です。

 拙速に、粗い解像度で物事を見ても仕方がない。だから「動きすぎてはいけない」し、一度その場で深い「勉強」をしてみるべきだと思います。職業というレベルはすごく大雑把なもので、欲望というレベルはもっと細かいもの。今やっている職業は「本当の職業」じゃないからすぐ転職するために「勉強」するというのは、拙速でしょう。欲望を高い解像度で分析すれば、今の仕事でも十分面白いと思え、そこから目の前のシステムを変えていくような思考にたどり着くかもしれませんし、仮に転職する場合でも、もっと自分の欲望にフィットした選択ができるようになる。深い「勉強」とは、そういうものなのです。

(文・ライター 宮田文久、写真・市川タカヒロ)

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千葉雅也

1978年栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ第10大学および高等師範学校を経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。現在は、立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。著書に『動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』、『別のしかたで ツイッター哲学』、訳書にカンタン・メイヤスー『有限性の後で 偶然性の必然性についての試論』(共訳)がある。

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