インタビュー

政治学者・姜尚中さんに聞く史上最大の撤退作戦「ダンケルクの奇跡」[PR]

  • 2017年7月14日

若き兵士に大抜擢された無名の新鋭フィオン・ホワイトヘッド
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  • 「この実話は現代を生きる私たちにとても大切なことを再発見させてくれますよね」と語る政治学者・姜尚中さん

  • 「娯楽として楽しませながら、戦争の深い意味を感じさせてくれるのではないでしょうか。映画の新たな可能性を示してくれる作品だと思います」

 第二次世界大戦初期の1940年5月、ドイツ軍によってフランスの港町ダンケルクに追い詰められた英・仏連合軍40万人の救出に挑んだ実話を、クリストファー・ノーラン監督が映画化。しかし、イギリスでは「ダンケルクの奇跡」として語り継がれるこの撤退作戦のことを多くの日本人は知らない。史上最大の撤退作戦が、いまを生きる私たちに問いかけることとは?

 9月9日(土)からの映画『ダンケルク』日本公開を前に、世界の運命を変えた史上最大の撤退作戦が「ダンケルクの奇跡」といわれる所以(ゆえん)、そしてこの奇跡が私たちに問いかけていることを、政治学者・姜尚中さんに聞いた。

第二次世界大戦で行われた「ダンケルクの戦い」とは?

――そもそも「ダンケルクの戦い」とは何かを教えてください。

 1939年、ドイツ軍がポーランドに侵攻したのを受け、イギリス、フランスが宣戦布告し、第二次世界大戦が始まりました。その後、ベネルクス三国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)もドイツの支配下となり、そこからフランス北部も席巻され、西ヨーロッパをめぐり、大変な戦いになっていきました。

 ドイツ軍は大砲や戦車など火力と機動力を持つ機甲部隊を駆使し、ものすごいスピードで電撃戦を展開、瞬く間に英仏連合軍40万人の兵士をフランス北部の港町ダンケルクまで追い詰めます。包囲する敵のドイツ軍は倍の80万人。英仏連合軍は絶体絶命の状況に追い込まれました。イギリスが想定していた以上にドイツの軍事力は脅威だったわけです。そこでイギリスの首相チャーチルは、40万人もの兵士に「戦う」ことを強いるのではなく、真逆の「撤退」という命令を下し、全員を救出することにしたのです。

 その司令を受け、兵士たちを救うため、ドーバー海峡に浮かぶ軍艦、民間船やはしけを含む900隻ものありとあらゆる船が緊急徴用されました。それも決して強制ではなく、今でいうボランティア精神で、刻一刻と迫る敵の攻撃におびえながらも、自主的に救出に向かった船もありました。この一連の官民一体の史上最大の撤退戦こそが「ダンケルクの戦い」です。

――イギリスの首相が「撤退」と司令したのがすごいですね。

 そうなんです。ここは臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、いったん「引く」という決断をよくしたと思います。それがなぜできたのか? 私は最近、イギリスの国家政治について調べているのですが、イギリスという国は戦時下においても国会を開き、選挙もしているのです。1940年当時、チャーチルは政権をとってまだ日が浅かったのですが、いろいろな意見に耳を傾け、徹底して議論する中で「撤退」という決断を下したのです。もし、イギリスに独裁者がいたとしたら、戦果を出すため「撤退」などという不名誉な選択はせず、迷わず攻撃させていたはず。それをイギリスはしなかった。戦時中であってもなおリベラルな民主主義が生きていたというわけです。

戦いではなく生き抜くための撤退だった「ダンケルクの奇跡」

――自分の命が危険にさらされるのを覚悟して、一般市民が兵士を助けに行ったというのも信じられない話です。

 先ほどの話とつながるのですが、やはりその背景にはイギリスが民主主義の国だったというのがあります。どんな状況下にあってもディスカッションすることを忘れない、すなわち多事争論のある社会ということがイギリスの強みでした。当然、撤退することに批判もあったはず。でも、いったんみんなで決めたなら、一気呵成(かせい)で突き進む。第一次世界大戦以降、戦争には国力がかかっていて、物量や戦力、兵士の肉体能力が大切といわれてきました。何より独裁者の命令に従えば、一糸乱れず鉄の規律は育まれるかもしれない。しかし、最後に勝つのは多事争論の社会。それを「ダンケルクの戦い」が証明しています。私たちが見習うべき姿勢がここにあります。

――兵士たちは戦場から逃げることになるのですが、それに対して抵抗感はなかったのでしょうか?

 兵士の多くはイギリス国民。戦線に駆り出されている身とはいえ、底辺にはデモクラシーの精神が流れています。ですから、たとえ戦って勝たなければという気持ちはあっても、ここではいったん退却することが大切なんだという個人の自由意志に基づき、チャーチルの決断に応えたわけです。これが上からの命令に対して、自分の意思とは裏腹に渋々、という行動だったら、絶対に一致団結はできなかったでしょうね。

――市民と兵士、国民が一丸となって、ダンケルクからの撤退を遂行したということで「ダンケルクの奇跡」と呼ばれているわけですか?

 これはあくまで推測ですが、ドイツにとって最大の戦線は東側、すなわち対ソビエト戦というのがあり、それは後にスターリングラードの攻防戦になるわけですが、そこに戦力をすべて投入したいという思いがドイツ側にあったのではないか。だから、ヒトラーが追撃を止めた瞬間があったんです。おそらく連合軍がこんなふうに大胆な撤退戦に出ると予想もしていなかったのでしょう。さらに地形的に、霧が発生するという気象条件も連合軍の追い風になった。つまり、イギリス国民が一丸となれたこと、さらに偶然が重なったことで40万人のうち約33万人の兵士の救出作戦を遂行できた。それで「ダンケルクの奇跡」と呼ばれているのだと思います。

――英仏連合軍の中の、フランスの兵士たちがどうしたのかが気になります。

 実はダンケルクというシンボリックな場所はイギリスにとっては、栄光を象徴する場所ですが、フランス側にとっては苦い負の遺産。フランス軍はイギリスの慈悲にすがり、船に乗り込みます。だから、助かった兵士もいるのですが、撤退を援護するために犠牲になった兵士も何万といますし、結局、フランス軍の大部分は投降、見事に敗退してしまう。同じ連合軍でありながらも、ダンケルクに対する感情はあまりに違いますよね。

「ダンケルクの奇跡」が現代を生きる我々に訴えかけること

――「ダンケルクの戦い」の残した功績は何でしょうか?

 「ダンケルクの戦い」だけを見れば、確かにドイツ軍の圧勝です。しかし、その後、ドイツ軍はイギリスを制圧できなかったわけですし、それはやがて1944年のノルマンディー上陸作戦につながっていきます。なぜ、ノルマンディー上陸作戦を決行できたかといえば、ダンケルクで撤退したことで兵力を温存し、人的確保ができていたからです。後々のビクトリーにつながる栄光ある退却だったという意味で「ダンケルクの戦い」は第二次世界大戦の大きなターニングポイントだったといえます。

――では「ダンケルクの戦い」が私たちに訴えかけるものは何でしょうか?

 「勇気とは何か」ということでしょうね。猪突(ちょとつ)猛進したり、英雄的な行為が喝采を浴び、それこそが勇気ととらえられがち。でも、そうとも言い切れない。命の尊さを第一に考えて行動することではないかと。イギリス国民は「ダンケルクの戦い」によって、一度は一敗地にまみれましたが、結果的にそれが蘇生するため、再生のための大きなきっかけになりました。

 また、敵を傷つける多くの武器をイギリスは失いましたが、未来を担う若者たちを帰還させたことによって、歴史を変えることができました。この実話は現代を生きる私たちにとても大切なことを再発見させてくれますよね。

クリストファー・ノーランが実話に挑んだ映画『ダンケルク』への期待

――クリストファー・ノーラン監督が初めて実話に挑んだのが『ダンケルク』。なぜノーラン監督はこの史実を映画にしようとしたと思われますか?

 まず、このダンケルクが、東側のスターリングラードの攻防戦に比肩できる大きな歴史の曲がり角だったこと。それと、絶体絶命の状況に追い込まれた人たちがとった「勇敢なる撤退」に魅せられたからだと思います。

 私たちはやすやすと「ダンケルクの戦い」の先に、ノルマンディー上陸作戦があることを知っていますが、あの場所にいた40万人の兵士たちも、救出に飛び出した一般市民たちは知りません。ましてや今この時が、歴史的分岐点になるという意識もない。でも、分からないながらも、自分の生死がかかっているわけですから、その場を生き抜くために全力で逃げる。あそこで生きた人たちがどんな思いだったのか映画なら生々しく再生できます。それはとても意義のあることだと思います。

――「ダンケルクの戦い」の話を今聞きながら、時には「引く」ことの大切さを知った気がします。

 「引く」というのは、勇気とは一見違うように思えますが、実はそれこそが勇気ある行動です。それをノーラン監督も多くの人たちに伝えたかったのではないでしょうか?

――9月9日(土)公開となるノーラン監督の『ダンケルク』にどのような期待を寄せていますか?

 実は、1965年にジャン=ポール・ベルモンド主演の映画『ダンケルク』を観(み)たんです。こちらはフランス側からフランスの敗退を描いた映画でした。公開当時14歳の少年だった私が初めて観た反戦もので、大スペクタクル映画を期待していたのですが、永遠の青春の蹉跌(さてつ)みたいで、14歳には少々重かった。

 しかし、ノーラン監督の描く『ダンケルク』は、予告編を観る限りでは圧倒的にスケール感が違う。あたかもあの戦場にいるような緊迫感があり、ドキドキしました。ノルマンディー上陸作戦を描いた『史上最大の作戦』や『プライベート・ライアン』とも質的にも全然違った臨場感がありそうです。聞くところによると、陸海空、三つの視点が同時進行するタイム・サスペンスになっているとのこと。かつてない戦争映画がここに誕生といったような期待に胸を膨らませています。

 おそらくノーラン監督の『ダンケルク』は、娯楽として楽しませながら、戦争の深い意味を感じさせてくれるのではないでしょうか。映画の新たな可能性を示してくれる作品だと思います。9月の公開が楽しみで、早く観たいです。

姜尚中(かん・さんじゅん)
政治学者。1950年熊本県生まれ。国際基督教大学准教授、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授、聖学院大学学長などを経て、現在東京大学名誉教授、東京理科大学特命教授。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍。2016年1月より熊本県立劇場館長兼理事長に就任。

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映画『ダンケルク』予告編はこちら

映画『ダンケルク』
9月9日(土)全国ロードショー
監督・製作・脚本:クリストファー・ノーラン
出演:トム・ハーディー、マーク・ライアンス、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、ハリー・スタイルズ
配給:ワーナー・ブラザース

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