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ノートパソコンを置き換える? iPad Pro戦略の二つの「伏兵」

  • 文・ライター、ブロガー 堀 E.正岳
  • 2017年8月7日

リニューアルしたiPad Proと、野心的な機能を搭載したiOS 11はノートパソコンに置き換わるのか

 6月に開催されたアップルの開発者向け国際会議WWDCにおいて、リニューアルしたiPad Proと、野心的な機能を搭載したiOS 11が発表された。それ以来、「iPad Proはノートパソコン(PC)を置き換えるか?」という長年のテーマが再び議論されている。

 発売された二種類の新しいiPad Proに対する評価も、このテーマを巡って大きく割れているようだ。普段PCで行う仕事なら十分に対応可能だという意見と、マウスのようなポインティングデバイスが存在しないことから、肝心のところで生産性が上がらず、PCを置き換えるには至らないという意見などさまざまだ。

 アップル自身はiPad Proを「コンピューターのまったく新しい形」「ノートのとりかたを変え、荷物を軽くする」との文言で強く宣伝しており、これまで映像や本といったメディアの視聴、あるいはゲームが中心だった利用方法を、生活と仕事の主力端末として意識させたいとの意図がみえる。

iPad Proの限界の先にある可能性

 筆者は6月の発売後、新モデルとなったiPad Pro 12.9インチモデルにパブリックベータ版のiOS 11をインストールし、それまで利用していたMacBookのかわりになるのかを実際に試してみた。

 ノートPCのキーボードを強く意識した「Smart Keyboard」の助けもあって、メールの対応、撮影した写真や動画の加工、あるいはプロジェクターを接続してのプレゼンテーションといった日常的に行う作業は十分にできた。しかし、これまで以上にパソコン的な操作を可能にするiOS 11のファイルアプリケーションや、マルチタスク機能をもってしても、「それはすでにノートPCでできた」という印象はぬぐえない。

 その一方で、ノートPCを使うほどではないが、スマホには荷が重いという、“死角”だった場面や作業を、iPad Proがすばやく埋めてくれたことも何度かあった。例えば、iOS 11の新機能であるインスタントマークアップ機能を使えば、写真やPDFにApple Pencilを使って手書きメモを書き加えることができる。これはタブレットならではの使い勝手の良さという印象を受けた。

 PCはPCとしてしか使えず、スマホには画面の制限がある。そんなとき、パソコンのように使えるスマートフォンとしてのタブレットは、さまざまな利用シーンのすき間に入り込む余地をまだ残しているのだ。

パブリックベータ版のiOS 11を使用すると日常的に行う作業は十分にできた。だが、「それはすでにノートPCでできた」という印象はぬぐえない

iOSのAPI群という「伏兵」

 そうした「余地を埋めるアプリ」の開発を支えるのが、ここ数年アップルが力を入れてきた健康分野におけるアプリ開発を支援する「HealthKit」のようなフレームワークや、iOS 11に組み込まれる予定の拡張現実用の「ARKit」をはじめとするアプリケーションプログラミングインタフェース(API)群だ。

 PCとタブレットの違いは、タッチパネルやマウスの有無といった部分が強調されがちだが、タブレットは位置情報や本体のジャイロセンサーなどを通してよりユーザーの環境になじむアプリが開発できる点は見逃せない。例えば、医療分野では、電子カルテなどでアップルはマイクロソフトのSurface Proなどと競争しており、現状では既存のシステムと親和性の高いSurface Proが好まれる傾向がある。

 しかし、その状況は、医療機器そのものと患者が身につけるセンサー類、そしてiPadのような端末がすべてHealthKitを通して、高いプライバシーを維持しつつ連携できるようになれば変化すると考えられている。

 ロサンゼルスのセダー・サイナイ病院のような一部のモデルケースでは、HealthKitを組み込んだ医療システムとiPad Proが連動して、患者にほぼリアルタイムで自身のバイタルデータ(生体情報)を閲覧したり、担当医の予定や所見を提供するシステムの試験がすでに行われている。

 一方、「ARKit」は、スマホの画面を通して現実世界にポケモンを表示させるといったエンターテイメント的な側面が強調されがちだ。しかし、このAPIを使えば機械がカメラを通して現実を解釈できる、という点も忘れてはならない。

 すでにそうした製品は教育分野に存在する。世界中の学校でも採用歴のある「OSMO」は、iPadのカメラを使って子供が動かすブロックの位置や配置、あるいはペンで描いたペン先を追跡してアプリが連動して動く製品だ。現実の札やお絵かきとデジタルなiPadのアプリが連動することで、楽しみながらさまざまな学習体験ができる。

 ARKitを応用すれば、こうしたユーザーの手元の動きや、部屋に置いてあるものなどを解釈して動作するアプリを開発できる。タブレットを含むiOSデバイスは「ユーザーの環境」に接続して利用できるデバイスとして進化する可能性があるのだ。

スマートコネクタという「伏兵」

 そして、ここにiPad Proならではの「伏兵」が存在することも忘れてはいけない。現在はSmart Keyboardの接続が主な利用方法のスマートコネクタだ。

 スマートコネクタはiPad Proにしか存在しない本体の側面に配置された接続端子で、キーボードのような外部機器への給電も、iPad Pro本体への充電も、そしてデータのやりとりもすべて可能になっている。

 アップルはすでにiPad Proのスマートコネクタをキーボード以外にも応用する特許を申請しており、それによればたとえば巨大なタッチパッドに接続することでiPadをアートの専用端末に変化させたり、iPad自身に二つ目のディスプレイを接続するなどといった拡張性が視野に入っている。

 スマートコネクタの今後の発展次第では、タブレットをタブレットのまま使うのではなく、合体ロボットのようにほかの機器に接続させて利用することでノートパソコンにも、そしていまは想像の上でしか存在しない別の用途の端末にも変化させて使うことだって可能だろう。

ノートパソコンを超える「中心の端末」に

医療の現場などで、iPad Proがさまざまな専用端末の「核」となる未来も考えられる

 ここで想像を広げてみよう。ノートPCを置き換えることに固執するのではなく、さまざまな専用端末の「核」としてiPad Proを使うのだ。

 例えば、医療の現場では情報の入力や閲覧はPCで行うことが多いが、それは担当者がいちいち端末の前に座らなくてはいけないという、見えにくいコストを生み出している。もしiPad Proがトータルな医療情報端末ソリューションの核となれば、この不便さは解消できるだろう。机の上に設置すれば従来のパソコンのように使え、病室に持ち出せば患者への説明にも使える。そして専用の医療機器にスマートコネクタで接続すれば、HealthKitを経由して患者の身につけているセンサーからのバイタルデータの読み出しや管理ができる。そんな未来も考えられるのだ。

 教育なら、iPadを電子教科書やコンピュータ学習の端末として利用するだけではもったいない。ARKitを応用して現実の町の映像に過去の歴史を重ねて表示する教材や、書き取りの自動採点などに応用することも考えてもいいかもしれない。ピアノや楽器にスマートコネクタを配置して楽譜表示やリアルタイムの演奏サポートを行うなど、すでに存在するものをスマート化するための頭脳としてiPad Proを使うということも考えられる。

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 かつてPCにとってUSBコネクタが周辺機器の成長を促したように、スマートコネクタと、HealthKitやARKitといったフレームワークが、iPad Proの今後の活用される舞台を押し広げて行く可能性も期待できる。

 iPad Proがノートパソコンをそのまま置き換えるかどうかではなく、いまコンピューティングが届いていないあらゆるすき間を埋めてゆく未来こそが、アップルのビジョンなのかもしれない。

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