私の一枚

いとうせいこうさん、難民キャンプで経験した忘れられぬ記憶

  • 2017年8月28日

ウガンダの難民キャンプにいる、南スーダンからきたダウディさんと。ウガンダでは、難民に土地を耕してもらう政策をとっている

  • あらゆる分野でクリエーターとして活動するいとうせいこうさん

  • いとうせいこうさんが総合プロデューサーを続けてきた「したまちコメディ映画祭 in 台東」の10回目が今年も上野・浅草で行われる

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 最近まで「『国境なき医師団』を見に行く」という記事をYahoo!ニュースで連載していました。これはその取材で訪れたウガンダの難民キャンプで出会った、ダウディさんとの写真です。

 ウガンダ北部は、南スーダンから逃げてきた約90万人もの難民が流れこみ、広大な難民キャンプ、というより居住区ができています。77歳のダウディさんも難民のひとりで、杖をついており、早く祖国に帰りたいけど難しいとすごく悲しんでいる。毎日同じパンばかりだし、お風呂にも思うように入れないし、足も痛いと。話を聞いて僕も苦しい気持ちになってね。取材では自分のスマホで撮影するのですが、この時も「一緒に写真を撮ろう」と構えたら、ダウディさんが初めて笑ったんです。その時の気持ちが忘れられなくて。難民の方は写真を撮ろうというと、一瞬だけ苦しみから逃れられる感覚なのか、照れなのか、笑ってくれる方が多いんです。

 もともとこの仕事は、僕が国境なき医師団(MSF)から取材された時に、MSFは僕が思っていた「戦地で活動する」だけでなく、貧困地域に行ったり、性暴力のひどい地域に啓蒙(けいもう)に出かけたり、様々な活動をしていると知ったのがきっかけ。それが世間に認知されていないのがもったいないと思い、「書かせてください」と言ったところからYahoo!での掲載が決まったんです。

 僕の原稿は「MSFに務めるAさんがなぜそこに入り、どんな仕事をしているのか」「難民のBさんはなぜ逃げてきて、今どういう気持ちで何を必要としているのか」と、個人の物語として描くことを心掛けています。それによって本人の顔が見える原稿となり、伝わりやすくなる。Yahoo!に掲載されるとすぐに世界各国で見られることも驚きでした。誰でもウェブの翻訳機能などを使えば粗くても文章の意味がわかるので、現地のMSFや取材した難民の方たちがリアルタイムで読んでくれていると聞くと、よりきちんとした原稿を書かねばと奮起しました。11月には単行本化され、世界各国の言語に翻訳される予定もあり、非常に喜んでいます。

 ベトナム戦争の頃は、作家の開高健さんが現地に行ってその様子をハードに書きましたが、最近は作家が戦地などに行かなくなりましたよね。でも、「今、世界では何が起こっていて、日本は何を求められているのか」を探り発信すること、これは作家こそがやるべきことだと思っており、全力で挑んでいます。日本での普段の仕事もある中、海外に取材に行くのは正直大変でしたし、みなさんの話を聞くと悲しく、何もできない自分の無力さに打ちのめされる。でも、知らないより知ってよかったと思うんです。その人たちを誰が癒やせるのか、僕の答えはないけれど、彼らから話を聞き、メモを取る。その行為は見過ごされている難民の方たちにとって大きなことのようですし、それを世界に発信することが少しでも力になると信じたい。

 ダウディさんもそうですが、例えば逃げてきた船が沈没して夫を失った方がそのことを語った時の悲しい目など、忘れられない無数の記憶は、これから自分が書くものに頻繁に出てくるでしょう。この体験に報いるためにも、ライフワークとして続けていきます。

    ◇

いとう・せいこう マルチクリエーター。1961年生まれ。早稲田大学法学部卒業。クリエーターとして、活字、映像、舞台、音楽、ウェブなど、あらゆるジャンルにわたる幅広い表現活動を行う。「ノーライフキング」「解体屋外伝」などの小説や、みうらじゅんさんと共著の「見仏記」など著書多数。音楽家としてもジャパニーズヒップホップの先駆者として活躍。

◆文化芸術の街「上野」と喜劇発祥の地「浅草」を舞台に繰り広げられる「第10回したまちコメディ映画祭 in 台東(通称したコメ)」が9月15日から18日(月祝)に開催される。下町の魅力を存分に味わえる住民参加型の映画祭で、いとうせいこうさんは第1回から総合プロデューサーを務めている。期間中は世界各国の特別招待作品や一般の方が応募した短編映画のコンペ入選作品などが各会場で上映される。また、多くの喜劇人や映画人の登場するイベントがある。今年のコメディ栄誉賞は小松政夫さんが受賞。HPはこちら(したまちコメディ映画祭 in 台東)

「当初は面白い人たちにこちらから声をかけて出ていただいていましたが、近年はそういう方たちが企画を持ってきてくださる映画祭として非常に成長しました。実際『したコメ』で上映した海外の映画が大ヒットにつながることも多いんですよ。僕は笑いというのは、社会に絶対必要なものだと思っています。今は世界中で困難な問題が起きていますが、そういう時こそユーモアで乗り切ることが必要ですし、それができる力が笑いにはあると信じている。『したコメ』はいわば、世界中の笑いの力が結集するわけです。大物の喜劇人や映画人がこの期間中は現場に集うので、毎年あちこちで伝説が生まれています。実はこのスタイルでの映画祭は今回で最後となります。ぜひ、その伝説を体験しにいらしてください。そして映画を見たらすぐに帰らず、浅草や上野で飲んで食べて、同じパンフレットを持っている人と大いに語り合うなど存分に楽しんでいただければと思います」

(聞き手:田中亜紀子)

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