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既成概念への反抗、ジョン・レノンが結婚式で履いたスニーカー「G2」

  • 2017年9月1日

ジョン・レノン

 いつの時代にもファッション・アイコンと呼ばれる人物がいるが、ファッションのみならずあらゆる面で1960年代の若者に影響を与えたのがジョン・レノンだ。

 彼が69年のオノ・ヨーコとの結婚式や、同年発売されたザ・ビートルズのアルバム「アビイ・ロード」のジャケットで横断歩道を渡る際に白いスーツと共に履いている真っ白なシューズがある。それがフランスのスニーカーブランド「Spring Court(スプリング コート)」だ。

ジョン・レノンも愛用していたSpring Courtの代表モデル「G2」(北本撮影)

 Spring Courtの歴史は、1936年にフランスで始まった。当時のフランスでは、運動をする際には“エスパドリーユ”と呼ばれる靴底はジュート(黄麻)編み、上部はキャンバス生地で作られた靴が使われていた。しかし、Spring Courtは底がゴム、上部がキャンバス地の動きやすい靴をテニスシューズとして発売した。それまでテニスは上流階級が行うスポーツだったのが、ゴム底の動きやすい靴が広く支持され、庶民にまで浸透するきっかけになったという。ジョン・レノンが手にした60年代にはどこのスポーツショップにも並んでいるまでに普及。Spring Courtはスポーツシューズの代名詞的な存在になっていた。

メンズ・レディースともにキャンバス地の「G2 classic canvas」の価格は1万円(税別)(北本撮影)

 ジョン・レノンが60年代当時に履いていたのは、G2というSpring Courtを代表するモデル。発売当時はテニス用の靴だったが、現在はより日常的に履くためにアップデートされている。大きく違うのがトーキャップ部分のデザイン。当時はダイヤモンド型の凹凸がついていて、その幅が内側が長く、左右非対称になっていた。これはテニスをする際に足の内側を立てて行う動きをフォローするためのデザインだったが、街履き用に変更されている。裏底部分のデザインは、60年代のものは内側がやや内側にボリュームが寄っていたが、現在のものはフラットになっている。

横から見ると潜水艦の窓のように空気穴がついている(写真提供=Spring Court)

 「現在のG2は軸が縦に1本通っているのですが、当時のモデルではさらに1本入っています。スポーツをする際に足のグリップが使いやすいように、内側に力が入りやすいように作られていました」(Spring Court ジャパンエリアマネージャーの岩本恵子さん)

 60年代当時は若者の間でカウンターカルチャーが支持されていた。“街中では革靴を履く”という既存の価値観に対して、自由の表現の一種としてこういったスポーツシューズを履くことがカッコよいとされたのだ。それはドレスコードを破ることで既成概念に反抗する行為だった。

 「結婚式ではオノ・ヨーコさんもSpring Courtを着用しているのですが、ブランド側としては商品を提供した事実はありません。フランスで一番有名なスポーツシューズを履いてしまうというのは、ジョン・レノンらしい自由さだったのではないでしょうか。また、ブランド自体も高くもなく安くもなく手が届く価格帯で、当時は国旗のデザインもありませんでした。そのあたりが彼の信条にマッチしたのでは。何かに従うというよりも、ルールから抜け出す自由の表現の一つだったのではないでしょうか」

 このモデルにつけられている「G」という商品名は、創業者のジョルジュ・グリムメイセンに由来している。

 Spring Courtを愛用している人にとって身近なのが、インソールをはずすと現れるキャラクター。靴底には空気穴が空けられているのだが、その空気を外に吹き出す姿が描かれている。

靴を快適に履くために働き続けているかのよう(北本撮影)

商品発売当時のポスター広告。キャラクター名などは不明だが、いまも変わらず靴の底で活躍中だ(写真提供=Spring Court)

こんなモデルも。「M2 Lambskin」、価格は2万3000円(税別)(北本撮影)

 いまや街はもちろん、オフィスでも履けるまでに浸透したスニーカーの歴史。その一端を担うシンプルな白いシューズのなかには、それを支えたアイデアと歴史が詰まっている。

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(ライター/北本祐子)

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