小川フミオのモーターカー

「初代ソアラ」に感じる開発者たちの人間味

  • 世界の名車<第179回>
  • 2017年9月11日

2759cc(DOHC)と1988cc(SOHC)という2種類の直列6気筒エンジンが用意された

  • ドアがボディーと面一になるサッシュレスドアを採用するなどして空気抵抗の低減が目指されていた

  • ラインアップ頂点には当時として異例ともいえるほど高価な293.8万円のモデルも用意されたことも話題になった

  • テクニクスのオーディオシステムが用意されたのも当時大きくアピールされた

  • 速度計や燃料系は蛍光管式、回転計は発光ダイオード使用のエレクトロニックディスプレーメーターが当時話題に

  • ダンパーの減衰力を2段階切り替えにするなどのトヨタ独自の電子制御サスペンション(TEMS)も途中から用意された

  • リアクオーターウィンドーにメルセデス・ベンツSLCを思わせるサンシェイドがついていた

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 初代ソアラはおもしろい。日本製高級パーソナルカーのさきがけとか、専用に開発したアルミニウム製ヘッドを持った2.8リッター6気筒エンジンとか、デジタルメーターや高級感をたっぷり盛り込んだ内外装とか、いろいろ書くべきことがあるクルマだ。

 個人的におもしろいと思うのは、いろいろなスタイルのハイブリッドだという点。

 1970年代までは日本車は米国車の影響を(サイズを除いて)強く受けてきた。とりわけボディースタイルのディテールや、内装のテイストは米国っぽかったといえる。

 専門のカリキュラムをもつ学校があり、自動車デザインのノウハウを確立したのが米国だ。そのため日本からも少なからぬ数のデザイナーが米国に渡って教育を受けた。米国デザインに歩み寄ったように見えるのは、ある種の必然だったのだろうか。

 そのトレンドが変わったのが80年代だ。米国での販売が好調になるのと並行して日本の各自動車メーカーは個性を追求しはじめた。そのためプロポーションと面の美しさを重視する欧州車のテイストを採り入れながら、独自のジャパニーズデザインで存在感を出そうと奮起するようになったのだ。

 81年発表のソアラは開発がちょうどその境目の時期にあたったのだろうか。米国車的な雰囲気と欧州車的な雰囲気を併せ持ちつつ、どちらにも引っ張られず独自のキャラクターを作りあげていた。

 サッシュレスドアや、ウェッジシェイプ(くさび形)が強調されたボディー形状により空力がいいことが謳(うた)われるなど、スタイリングに“科学的”な意味づけがされたのもユニークな点で、時代を先んじていた。

 じつはこのカテゴリーには日産自動車が「レパード」を投入していたのだが、豪華でパワフルで、そして科学的というソアラのわかりやすいキャラクターの前に存在がかすんでしまった感がある。

 速度計などは蛍光管式デジタルメーターだったし、エアコンやドライブコンピューターはマイコン(なつかしい表現)制御と謳われていた。シートにはエアで調整するランバー(腰椎〈ようつい〉)サポートを備えていたが、初期モデルは空気を送りこむために手でポンプをしゅこしゅこと押す仕組みだった。

 今では、ほほ笑んでしまうような仕掛けが多々あるけれど、そういうところも個性とみればよい。初代ソアラをいまの目で鑑賞すると、開発者たちの一生懸命さをなにより強く感じる。

 スタイルにしてもメカニズムにしても、独自性を追求しつつ、高級パーソナルクーペという、あまりなじみのなかった分野に分け入ろうとしたパイオニア精神。そこにある人間味が魅力的である。

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PROFILE

小川フミオ(おがわ・ふみお)

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クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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