十手十色

未来のために動物の剥製をつくる、日本で唯一の“標本士”  相川稔

  • 文・加藤千絵 写真・小林浩志
  • 2017年9月12日

「本や動物園で動物を知るだけじゃなく、捌いて中から観察するのも新しい生物とのかかわり方です」と相川さん

 解凍されたムクドリの死体を手に取り、鼻を近づけて腐敗の具合を確かめると、羽の生えていないお腹にスーッとメスを入れる。血が噴き出るかもとハラハラしたのもつかの間、内臓を守っている薄い皮一枚破ることなく、鳥の体から毛皮だけがきれいにはがされた。「剥製(はくせい)づくりと聞くと、血みどろのイメージがある人もいるかもしれないですけど、取り出した胴体の形を元にアンコ(詰め物)を作るので、原型をとどめないくらいドロドロにしちゃうと困るんです」。手先に緊張をみなぎらせつつ、穏やかな調子で話すのは標本士の相川稔さんだ。

メスは医療用のメスを使う。感染症にかからないよう、手袋をして作業する

 自然史をテーマにした博物館には交通事故に遭ったり、動物園などの施設で命が尽きたり、個人が偶然見つけたりしたさまざまな動物の死体が集められる。それを展示用の剥製にしたり、「仮剥製」と呼ばれる研究用の標本にしたり、時には修復したりするのが相川さんの仕事だ。

 剥製は業者が、仮剥製は研究で必要とする学芸員が手早く作るのが一般的だが、相川さんはドイツ仕込みの知識と技術で、それらを百年単位で残せる博物館標本に仕立てる。専門職にしているのはおそらく日本でただ一人。「標本士」という肩書もドイツ語を翻訳して自らが考えた。

皮についた肉や脂までピンセットで丁寧に取り除き、虫がつかないようにするのがポイント

 「日本にはまだない概念ですが」と前置きしつつ、相川さんは「ヨーロッパではかなり早い段階から研究スタッフである学芸員とは別に、制作スタッフである標本士がいます」と話す。剥製全般を手がけるほか、骨を取って骨格標本を作ったり、レプリカや模型を作ったり、特別展ともなればトンカチを片手に館内を走りまわり、ジオラマを設(しつら)えたりもする。

 「劇場に例えるなら標本士は小道具係で、大道具も一部作るという感じですね」。高校を卒業した後、相川さんはドイツに渡り、3年間そのための職業専門学校に通った。

 ただ、ドイツに行ったのは標本士をめぐる欧州の事情を知っていたから、というわけではない。最初は「骨の標本の勉強がしたい」という純粋な気持ちだった。

一番大きな哺乳類でタテガミオオカミ、鳥はペリカンや白鳥を剥製にした。これまで手がけた動物の種類は数えきれないほど

骨格標本づくりに夢中だった高校時代

 高校には、理科の先生を中心に有志で骨格標本を作るグループがあり、メンバーに加わると誰よりも没頭した。さまざまな事情で学校に持ち込まれた動物の死体から骨を取り出して組み立てると、授業で習った生物の進化をはっきりと理解できた。親指がほかの指に対向しているから物がつかめるという「母指対向性」はニホンザルの手から学べたし、アナグマの爪が長いことも、イルカやアザラシの手がヒレになっていることも、すべて骨が教えてくれた。

仮剥製にする前に翼開長、全長、尾長など代表的なデータを記録しておく

 夏休みになれば、海の生物の骨を求めて一人旅をした。長崎の五島列島では大きなイルカの頭の骨を5、6個拾い、地元の人に助けてもらいながら港まで運んだ。北海道では丸太のように転がっていたイルカの死体を見つけてその場で骨にした。

 さらには2週間、風呂も入らず道内をヒッチハイク。「たぶんすごいにおいをさせていたと思います。よくやりましたよね(笑)。人見知りの激しい自分としては社会勉強にもなりました」。ちなみに北海道で解体したイルカの骨は学校宛てに送り、その後、自分で受け取るまで異臭騒動を巻き起こした。それも今はいい思い出だ。

愛用の道具たち。体液で手が滑らないように、「筆粉」と呼ばれる滑り止めの粉をまぶしながら作業する

歴史を積み重ねる標本士という仕事

 あの頃の情熱の延長にドイツ留学があり、今がある。いつしか骨格標本よりも剥製作りをすることの方が多くなり、動物が手に入るたびにワクワクした気持ちも、仕事という日常風景に溶けそうになる。でも、標本士という仕事をするうちに分かったことがある。

 「自分が好きで始めた仕事が、歴史を積み重ねるという意味で社会的にもすごく必要なことなんだ、っていうのが理解できました。今はDNAだとか、いろいろ調べる方法があって自然史はもう知り尽くされたという人もいるかもしれないけど、実は知らないことの方がまだまだ多いと思うんです。だからもし何十年後にまったく新しい研究方法が出てきた時のために、史料となる標本をとにかく残しておきたい。50年先の人が50年前の標本を必要とする時のために、今がんばらないといけないんです」

 その言葉通り、ムクドリの乱れた羽の1枚1枚まで丁寧に、本来あった場所に戻して整えていく。少しずつでいいから、正確に。この標本を将来かならず必要とする人がいる。そう信じることが相川さんを支えている。

仮剥製作りをボランティアに頼っている博物館も多い。希望する人に指導するのも相川さんの仕事

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    ◇

あいかわ・みのる 1976年生まれ。高校で骨格標本づくりにはまり、卒業後はドイツの職業専門学校に通って剥製や骨などの標本制作を専門的に学ぶ。2000年に専門学校を卒業してからは、現地の博物館に就職。現在は神奈川県内の博物館を中心に、標本づくりをサポートするほか、ボランティアへの指導も行っている。相川さんが働く博物館のひとつ、神奈川県小田原市の県立生命の星・地球博物館では11月5日まで、多数の地層のはぎ取り標本を展示する特別展「地球を『はぎ取る』~地層が伝える大地の記憶~」を開催中。

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PROFILE

加藤千絵(かとう・ちえ)ライター

東京外国語大学スペイン語学科卒業。約9年間、朝日新聞の夕刊や別刷りに執筆し、2012年以降は&Mの「ブラボー★NIPPON」をはじめウェブや雑誌、書籍などで活動する。週末はもっぱらサッカー観戦。趣味の俳句は今年で句歴10年を迎える(が上達にはほど遠く)。岐阜県出身。

小林浩志(こばやし・ひろし)写真家

株式会社新建築社で編集部、写真部を経て独立。建築写真、デザイン、出版を主とした株式会社スパイラル(http://photo-spiral.co.jp/)を設立。以降、黒川紀章をはじめ、日本を代表する建築家の作品写真や書籍のデザイン、編集など精力的に活動している。

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