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演劇で高校生が生きやすくなる!? ドラマティーチャーが考える、いまの子どもたち

  • 2017年9月14日

  

 普通、“学校での演劇”というと、部活動としての演劇であったり、あるいは学内行事としての発表会や文化祭といった催しに向けてクラスで演劇に取り組んだり、といったことをイメージしがちだ。手づくりの衣装や小道具を身にまとって、体育館の壇上に立ったような経験は、きっと身に覚えがあるのでは?

 いま、「演劇教育」が注目を集めつつある。これは、既存の学校演劇とは異なるものだ。通常授業の一環として、生徒たちは、みんなで話し合ってゼロから作品をつくりながら、人に届くように声を出したり、周囲とぶつからないように歩いたり、といった訓練を重ねながら、まだ心もとない自分の心や身体を見つめ直し、あるいは社会に対する問いを深めていく。

 この「演劇教育」の推進者として脚光を浴びている人物がいる。現在は大阪の追手門学院高校で「ドラマティーチャー」として教壇に立つ、いしいみちこさんだ。

 彼女の前任は、福島県立いわき総合高等学校。2013年、同校と演出家・飴屋法水氏のコラボレーションで制作された『ブルーシート』は、静かなセンセーションを巻き起こした。初演は、まだ東日本大震災の傷痕が生々しい校舎のグラウンド。ガランとした空間に椅子が並べられた簡素な背景のなかで、高校生たちの胸の内に秘められた心の機微を見事に描き、翌年、演劇界の芥川賞と呼ばれる第58回岸田國士戯曲賞を受賞した。今年5月に刊行された初の著書『高校生が生きやすくなるための演劇教育』をはじめ、彼女の活躍によって、世間に「演劇教育」という取り組みへの理解が広がっていっている。

 彼女は、自らの取り組みについて、どこまでもエネルギッシュに語ってくれた。

    ◇

  

自分にすごく興味がある、考えたがる子どもたち

――「演劇教育」と聞いて思い浮かぶイメージと比べ、いしいさんの指導はまったく異なるもののようですね。

 たしかに演劇教育と呼ばれているのですが、私としては教育の媒体が演劇である、ということです。最近は“表現教育”といったほうがいいような気もしています。演劇教育というと、いわゆる俳優教育をイメージしがちですよね。滑舌よくちゃんと発音するとか、なまりのない言葉で、しかも大きな声で話す、というような……私はそうした指導は全然おこなっていません(笑)。

――「あめんぼあかいなあいうえお」というような世界ではないのですね(笑)。

 はい。そうではなくて、高校生たちが何を考えているのか、その人が何を感じているのかをきちんと表現する――そうしたことを重視して日々授業をしています。技術を高めるよりは、いま生徒たち自身が考えていることを、どう外に出すかが中心ですね。何よりも、子どもって本当に「自分のこと」を考えたいと思っているんですよ。

——自分のこと、ですか?

 自分に対して、すごく興味があるのです。なんで私はこうなんだろうとか、なぜこういう考え方をするんだろう、とか。あるいは、日々変化していく身体のことも含めて、自分はいったいどういう人間なのか、ということに強い関心を持っています。

 一方で子どもというのは、世界を見る“ウィンドウ(窓)”が、どうしても狭いです。大人になると自分の性格や言動が、家庭での育てられ方などによるものであることを相対化して捉え、場合によっては諦めることができますが(笑)、子どもはそうした自分のあり方に気づくまで、時間がかかります。

 さらに、コミュニケーションの取り方は、育った環境の影響を強く受けます。上手に人とコミュニケーションをとれないということは、生徒にとってはそれだけで“生きづらさ”につながるものです。ただ、人とのコミュニケーションは能力としてある程度鍛えることができますし、自分の心身のことをきちんと考えることで、そうした人との接し方が上手になっていくんですね。

  

演劇を通じて、“協動”を学ぶ

——その日の授業の始め、導入の30分ぐらいで〈あいさつ〉というプログラムを実践していらっしゃいますね。生徒たち自身がその日のテーマを決め、シーンを創作して発表、作品の最後は「おはようございます!」と元気よくあいさつをする、というものです。

 これは本当に面白いですよ、最初は生徒が大混乱になる(笑)。

――ワイワイと話し合う生徒さんたちの姿が目に浮かびます(笑)。

 生徒たちに30分すべてを託し、私たち教員は別室で待っていますが、初めのうちは途中で必ずケンカが起きます(笑)。あいつのやり方は気に食わないとか、なんで邪魔をするんだとか。でも、出来上がった作品を見ながら、「そういうこともすべて調整して、ひとつの作品まで持っていくんだよ」ということを、一生懸命コメントします。

 すると生徒たちも、だんだんと“協働”するということがわかっていくのです。こうしたことを学んでいると、将来的に価値観や意見の違う人とも上手く意見を交換し、よりよい協働ができるようになるのではないか、と。

――初めのころは、多くの生徒が一斉かつランダムに部屋のなかを歩きつづけ、お互いにぶつからないように、奇麗にウォーキングする訓練もあるそうですね。スマートフォンを見ながら“ながら歩き”をしがちなわたしたち自身のことを考えても、きちんと歩くことはなかなか大変そうです。

 最初は、本当にうまく歩けないですよ(笑)。人と次々にぶつかっちゃったり、奇麗な姿勢で歩けなかったり。それもだんだんと、ただボーッと歩くのではなくて、空間全体を考えながら、あちらから人が来るな、などと把握しつつ歩くことができるようになっていきます。

教育の手法のひとつとしての「演劇」の効果

――そもそも「ドラマティーチャー」という役割は、どのようなものなのでしょうか。

 「ドラマティーチャー」とは、“発表”のために演劇を指導する人ではなく、冒頭でお伝えしたように演劇の手法をつかって教育をおこなう人です。ですから、私も基本的には、自分で演出して作品をつくるということはしていません。

 ただ、普段は発表のことを前提にしていないのですが、目の前に観客がいる、ということは、自分と向き合った上で他人に向き合うという意味では、直接のフィードバックが返ってくる、非常に重要な行為です。ですから、発表の機会はきちんと設けます。その手前までは私が指導して、そこから先はプロの演出家の方々などを呼んでお任せしています。

  

――いわきでも追手門でも、演劇界やダンス界の第一線で活躍する多くのプロの方々を招き、高校生と一緒に作品をつくってきていますね。そのうちのひとつが、2013年に飴屋法水氏を招いて高校生たちとつくった『ブルーシート』でした。

 震災を題材にした作品はいくつかつくりましたが、そうした表現をすることによって、傷つく観客の方も当然いるわけです。プラスのフィードバックだけが返ってくるわけではないし、人に対して自分を開いていくときには、それによって自分が傷つくこともある。

 だから、いつも最初に確認しています。本当にやりますか、伝えたいことはありますか、誰にでも受け取ってもらえると思ったら大間違いだよ、と。それでも生徒たちは、やる、といいます。

――現在は追手門学院高校に移られ、ダンス専門の教員の方と一緒に授業にあたっているのですね。

 高校生の身体がもつエネルギーに、改めて驚いています。私もエネルギッシュなほうですが、それでもビックリすることばかりですよ(笑)。

 教育というのは、その人にとってどんな意味があったかすぐにわかるものではないかもしれません。けれども5年後、10年後に、人と人とのつながりやその大切さを実感して、今教わっている方法を駆使しながら他者とつながり、よりよい社会を作ってほしいと思っています。だから私自身は、大きな希望を抱いて、毎日生徒に向き合っています。

(文・ライター 宮田文久、写真・南阿沙美)

  

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いしいみちこさん
ドラマティーチャー。2001年より福島県立いわき総合高等学校の総合学科の立ち上げに携わり、教科「演劇」のカリキュラムと系統的指導法について研究。2014年より追手門学院高等学校の教諭として表現コミュニケーションコースの生徒たちを教えている。2017年5月、初の著書となる『高校生が生きやすくなるための演劇教育』(立東舎)を上梓した。

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