十手十色

元AKB48の候補生は「シェークだこ」のあるバーテンダーに 小栗絵里加

  • 文・加藤千絵 写真・小林浩志
  • 2017年9月22日

お酒の中では特にラフロイグとシェリー樽で熟成したウィスキーが好きという小栗絵里加さん

 ジンをベースに、ハーブの「エルダーフラワー」やバニラのリキュール、ハスカップのシロップ、レモンジュースをシェーカーに入れ、氷の音を高らかに響かせながら振る。その滑らかでスキのない動きの後、逆三角形のカクテルグラスに注がれたのは、ピンク色のすてきなお酒。一口いただくと、フルーティーな香りとさっぱりとした甘さが冷たいのどごしとともにしみわたって、心地いい。

 「マザーズ・ブロッサム」という名前が付いたこのオリジナルカクテルを考案したのは、東京・赤坂のバー「アルジャーノン・シンフォニア」のオーナーでバーテンダーの小栗絵里加さん。シェーカーを握る手に「シェークだこ」を作りながら、一人で店を切り盛りする姿からは想像しにくいが、実はアイドルグループ・AKB48の元候補生という経歴を持つ。

シェーカーのボディーとヘッドの部分が組み合わさるところが当たってしまう小指には「シェークだこ」が

スカウトから始まった芸能生活

 地元・北海道の短大でバイオリンを学びながらバンド活動をしていた時に、小さな芸能事務所にスカウトされた。卒業後、本格的に芸能界を目指すため、20歳で上京。業界人が集まるダイニングバーで働いていると、AKB48のスカウトマンの目に留まった。

 とはいえ、その時はあくまで「オーディションを受けてみたら」というお誘い。その機会が来るまで、当時AKB48劇場に併設されていたカフェで「カフェっ娘(こ)」として働きながらメンバーになる日を夢見ていた。しかし、一緒に働いていた篠田麻里子さんや大堀恵さんがチャンスをつかむ一方、小栗さんはオーディションで落選してしまう。そこから始まったのは、生き残りをかけた過酷なタレント生活だった。

素材によって混ざりやすいものと混ざりにくいものがあるため、カクテルによって振り方も回数も全部変えている

 別の芸能事務所に入り、まず目指したのは「バイオリンが弾けるグラビアアイドル」。身長145センチという小柄な体を生かして「世界最小グラビアアイドル」を名乗り、水着姿でカバンやごみ袋に入って撮影に臨んだこともある。「45リットルの袋に入りました!、みたいな感じですね(笑)。ああいうのってすきま産業なので、印象に残ったもん勝ちでいろいろやりましたけど、やっぱり厳しかったですね」

 グラビアやイメージキャラクター、深夜のバラエティー番組などの仕事をこなしても、稼げるのは月に10万円いかないくらい。東京の一人暮らしには厳しく、そこで思いついたのがバーテンダーのアルバイトだった。「昼間に突然オーディションや撮影が入っても夜の仕事ならできるし、時給もそこそこいい」。最初はそんな動機だったが、すぐに仕事のおもしろさに気付いた。

母の日のために作った「マザーズ・ブロッサム」

 「バーって、毎日がドラマなんですよ。ただお酒を飲みたいなと思って来てくださる方もいれば、すごく嫌なことがあって来る方もいるし、お祝いごとだからっていう方もいる。その雰囲気を感じて、お客さんがいま何を求めているのか考えるバーテンダーは、人の心に寄り添う職業だなって思ったんです」

 しかし、睡眠時間を削った「二足のわらじ生活」は、約3年で終わる。突然倒れてからの、入院。「もう若くない、って体に言われた気がしましたね」。その時は「ロリータ顔なのにオッサン」キャラで売っていたが、それにも限界を感じ、26歳で引退を決意した。その後の生活を考えていた時、働いていたバーの店長に声をかけられた。「おまえ、これだけ仕事ができるんだから、田舎に帰るとか言わないでウチで社員でやっていけ」。休みの日も自分の店でお酒を飲んでこつこつと勉強し、メインバーテンダーを務めるまでになっていた努力と実力が認められた。

身長145センチの小栗さん。「常連さんの中にはわざと棚の高いところにあるお酒を頼む方もいるんです」と笑う

オリジナルのカクテルで日本一に

 30歳を超えた昨年、小栗さんは独立して自分の店を持った。今年5月には、女性バーテンダーの日本一を決める大会「なでしこカップ」に出場し、優勝を勝ち取った。その時に披露したのが「マザーズ・ブロッサム」。大会前は、店の営業が終わってから朝の5時までレシピを考え、分量の微調整を繰り返した。「大勢の人の前で作ったんですけど、人前に立つことは慣れているので、たぶん度胸みたいなものは人よりほんのちょっとあったと思うんです」と振り返り、いたずらっぽく笑う。

 バーテンダーになった頃は自分の過去を隠していたが、最近はオープンにしている。芸能界で唯一のキャラクターを探し、もがいた経験も「自分の強みでもあるし、すべてやってきてよかったこと」だと思えるから。そんな小栗さんは今、「元アイドルで日本一の女性バーテンダー」という、どこにもない個性を輝かせている。

バーで出す食事も自ら考えて、作る。「地元愛がだいぶ強い」というメニューは、北海道の食材を使ったものばかり。午後7時までに来店すると豚丼をサービスしてくれる

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    ◇

おぐり・えりか 1984年生まれ。地元・北海道の短大卒業後、芸能活動の場を求めて上京。AKB48の候補生「カフェっ娘」やタレントとして活躍した後、アルバイトで経験を積んできたバーテンダーの道へ。昨年4月に独立し、現在は東京・赤坂の「アルジャーノン・シンフォニア」のオーナー兼メインバーテンダーを務める。今年5月、女性バーテンダーの日本一を決める「なでしこカップ」で優勝した実力の持ち主。詳細はホームページ(http://atcf.jp/algernonsyn/)で。

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PROFILE

加藤千絵(かとう・ちえ)ライター

東京外国語大学スペイン語学科卒業。約9年間、朝日新聞の夕刊や別刷りに執筆し、2012年以降は&Mの「ブラボー★NIPPON」をはじめウェブや雑誌、書籍などで活動する。週末はもっぱらサッカー観戦。趣味の俳句は今年で句歴10年を迎える(が上達にはほど遠く)。岐阜県出身。

小林浩志(こばやし・ひろし)写真家

株式会社新建築社で編集部、写真部を経て独立。建築写真、デザイン、出版を主とした株式会社スパイラル(http://photo-spiral.co.jp/)を設立。以降、黒川紀章をはじめ、日本を代表する建築家の作品写真や書籍のデザイン、編集など精力的に活動している。

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