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働かない、訳でもない。文筆家・荻原魚雷が高円寺で実践する「半隠居」のほんとうのところ

  • 2017年9月21日

  

 本を読むために怠けたい――日々古書店で本を漁り、原稿を書いて、夜になれば高円寺で酒を飲み、朝眠る。『古本暮らし』に始まり、『活字と自活』『本と怠け者』など、これまでに6冊の著書を出してきた文筆家の荻原魚雷さん。身近な知り合いには「気楽でいいね」と、どこか無責任な感じに受け取られることもあるという隠居願望とその実践の記録は、忙しない現代においては、福音にもなり得るはず。誰も彼もとは言わないまでも、どうすれば心落ち着く生活を手に入れられるのか。そのヒントは「半隠居」にありそうだ。

    ◇

――今、あたらしい暮らし方が模索されるなかで“隠居”にも注目が集まっているように感じています。魚雷さんは古本集めや高円寺での日々を描いたエッセイを多数書かれていますが、その中でも『閑な読書人』では隠居についての原稿を冒頭の章に多数掲載されています。

 隠居と言っても、僕が書いているのは「半隠居」です。杉浦日向子さんは「晴れ時々隠居」と表現していましたが、ものすごく裕福で悠々自適な生活では当然なくて、仕事はなるべく最小限で生活を優先させようというライフスタイルの提案。自分が一番楽で快適な配分を考えるのが好きなんです。

  

 ものすごい短期間だけど、20代の時にひたすら仕事だけをやっていた時期があって。当時は古本屋にも行けないし、自炊のための買い物に行く暇もない。当然旅行もできないし、本を読む時間さえ取れなかった。自分は何のために働いているのかという青いテーマに直面しました(笑)。それで、バシッと家事や散歩をする時間を確保してから働くスタンスに変えました。

 ただ「働きたくない」ばかり言っていたら、本当に仕事がなくなってしまう。「こんなやつに仕事を頼みたくない」っていう相手の感情も理解しているので、隠居という言葉に置き換えて、少しずつメッセージを発信し続けています。

――水木しげるさんも「自分よりも寝なかった作家から先に死んでいった。僕はいっぱい寝たから長生きした」というような発言を残されています。

 水木さんは“睡眠至上主義”って言ったけど、僕は今風に“睡眠ファースト”を提唱したい。まず寝る時間を確保してから、仕事も趣味もやった方がいい。無理を続けていくと、どこかで行き詰まりますからね。

 僕も40代になって、昔からの知り合いが編集長になっていたりします。彼らには、上司が帰らないとみんなも帰れなくなるから絶対に早く帰った方がいいと――こんな立場から言うのも変だけどよく言っています。管理する側が残業しているよりも、その人が帰って「じゃあ、ちょっと勝手に」みたいな方が仕事も楽しくなって覚えるし、上がいない時間があった方が部下は育つと思います。

  

――隠居することで家督を譲って、次の代を育てる。上司の話は“隠居”が含み持つ本質のひとつですね。知り合いには「気楽でいいね」と言われるとのことでしたが、さきほどの「晴れ時々隠居」で杉浦さんは勤め人や結婚をしていても隠居然として暮らせばいいと提唱されています。

 日常のしがらみを完全に断ち切る時間を週の数日だけでも持てばいいと思います。完全に隠居したら、その生活自体に飽きそうですからね。自分のできる範囲でやるのは悪くない。もうすぐ「WEB本の雑誌」の連載をまとめた家事と生活術の本(『日常学事始』本の雑誌社より2017年7月13日刊行。取材時は発売前)が出ますが、毎日お茶を淹れる習慣を身につけることが家事や自炊の入り口になるなど、隠居にもつながる「お金をかけずにのんびり生活する知恵」みたいなことを書いています。

――これまでのエッセイでは、高円寺の飲み屋と喫茶店、神保町の古本屋を日々巡っていると書かれています。上京されてから、ずっと高円寺にお住まいなのでしょうか。

 大学1年のゴールデン・ウィーク明けぐらいからライターの仕事を始めましたが、同業の友だちも中野から吉祥寺の間に住んでいて、夜遅くまで開いているお店もいっぱいある。なによりも、西部古書会館に毎週歩いて行けるというのが大きかった。ここは、軽い貧乏ぐらいだったら、相当居心地のいい街です。ボロボロの服にサンダル履きでも何も言われないし、電気や水道が止まっても笑い話にできる空気があります。

  

――エッセイを読んでいると、現代社会を一歩引いたところから見ているようにも感じます。

 いろんなものと距離を取りたい性格なのかもしれないです。新しいことにパッと反応できるのもライターの才能だけど、僕は時間をかけて観察したり考えたりする方が合っている。世の中のスピードについて行けないというのもあるけど、ついていこうとすることで、かえって失うものもあるんじゃないかな、と。

  

――例えば、それはなんでしょうか?

 何もしないでボーっとしている時間、ですね。速さを求めると、結局はそこでエネルギーも時間も取られて、ゆっくりと時間をかけることでしか味わえないことを失ってしまうんです。そう言いつつ、手抜きすることで得られる時間もあるので、手抜きもいっぱいしていますけどね。ただ、本当に好きなことだったら時間をかけた方が楽しいんじゃないかなと思います。

 僕は日々古本屋を巡っていますが、自分が関心のある物事を知ろうと思うとそれについて書かれた本自体を探す時間がけっこうかかります。タイトルや副題に「これはこういう本です」って書いてあるわけじゃなくて、とにかく手にとって片端から読んでいくことで見つけられるものもありますからね。

 ただ、忙しい生活をしていると、そもそも本を探す時間自体が取れなくなる。ネット書店も使いますが、全集をバーンと1クリックで買ったけど読む時間はないというのでは、読書の楽しさの何割かは損をしている――損得じゃないけど、探すところが一番楽しいのになっていうのは思いますね。

――都心は便利な分、スピード感も速い。そうした環境で、いかにしてゆっくり怠けて暮らすのかについても伺えればと思うのですが。

 東京は近所付き合いとか、人間関係のわずらわしさが少なくて済むのかなとは思います。日本のいろいろな場所を旅行しましたが、東京以外で“半隠居”しようと思ったら人口30万人ぐらいの都市がいいというのが僕の実感です。

 京都の左京区だったらこの辺(高円寺)と似ていますし、やはり学生街はいいのかもしれないですね。国立大学がある地方都市は安い下宿やアパートも残っていて、学生向けの安いお店もいっぱいある。古本屋と銭湯があるかどうかも、怠けたい人の住み心地の良さの目安になると思います。

  

――都会のエアポケット的な街が緩やかな怠惰を許容してくれる、と。そうして怠けることは、多くの人にとって必要な自浄作用でもありますよね。

 仕事もしっかりやって、家のことや人付き合いまで完璧にしたい――ちゃんと休んで疲れを溜めない生活をやろうとすると、どうしてもどこかにしわ寄せがいって機嫌が悪くなってしまう。怠けるっていうより、そうならないために何とか調節することが大事なのだと思います。

 現実的な話をすれば、僕は結婚しているけど子どもがいないからこそできることもあるし、賃貸に住み続けるのもフリーランスは住宅ローンが組みづらいという理由もある。でも住処に関して言えば、お互いの仕事がうまくいかなかったらもっと小さい部屋に引っ越すことができるし、生活や収入に応じて住み替えられる方が楽にいられる。

 これまでに高円寺で2回ぐらい広い部屋から狭い部屋に戻っています。いま思うとすごくいい経験でした。不要なものを見直すキッカケにもなったし、「こんなに仕事しなくても何とかなる」と思えることも、自信と言ってもいいのかもしれません。

  

――まだまだ後ろに余裕があると思っているのと、これ以上は後退できないというのでは、だいぶ気持ちも違いますね。

 はたからみれば貧乏だけど、お金をかけなくても楽しいことはいっぱいある。とは言いながら、仕事が減るのは不安で当たり前。無理なく右肩上がりに生活が豊かになるのが理想かもしれないけれど、(浮き沈みの)波を楽しむ感覚を持って、やらなくてもいいことは減らしながら時間を作っていく。

 中央線文士(中央線沿線に住んだ作家たち)のエッセイなんかを読むと、本当に仕事をしてないんですよ。半年かけて30枚の原稿を書いて、お金が無いから夏の間は冬物のコートを質屋に預けて暮らしていたりして。もちろん今はそんな暮らしもできないと思うけど、そういう時代があったと知っているだけでも気持ちは楽になります。同時代にはヒロポンを打ちながらものすごい枚数の原稿を書いていた作家もいるけど、その人たちが幸せになっているかと言ったらわからないですよね。

 古本屋に行って、将棋を指して、釣りに行って、その間に仕事もする。彼らのエッセイを読んでいると、僕もまだまだ働きすぎかもしれないな、なんて思います。

(文・ライター 金井悟、写真・木原基行、取材協力・古本酒場コクテイル)

  

荻原魚雷
1969年、三重県鈴鹿市生まれ。1989年秋から高円寺に在住。著書に『借家と古本』(スムース文庫、コクテイル文庫、品切)『古本暮らし』『閑な読書人』(晶文社)『活字と自活』『書生の処世』『日常学事始』(本の雑誌社)『本と怠け者』(ちくま文庫)。毎日新聞(日曜くらぶ「雑誌のハシゴ」)『小説すばる』『scripta』『フライの雑誌』で連載中。

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