密買東京~遭遇する楽しみ

田植えから生まれたコロコロ、原稿用紙のマス目を描く「わく」

  • 2017年9月21日

木でできた小さなプロダクト。コロコロと転がすと、原稿用紙のマス目がスタンプされます

 バスを降りると、そこには奈良さんと、なぜか保育園から帰ってきてしまったというワンパクそうな顔をしたちびっこ、奈良ジュニアくん。

 「奈良さんですか?」と尋ねるまでもなく、小さな漁港の集落には、他に人の姿もない。

 日に数本しかないバスを乗り継いでたどり着いたのは、能登半島にある能登島。その中でも端っこにあるこの場所で、今回紹介するプロダクトの生みの親「能登デザイン室」の奈良雄一さんは暮らしています。そして奈良さんは他にも洗練されたデザインの数々を、この地で生み出してます。その秘密に触れたくて、東京からはるばる訪ねてみたのです。

 でもその前に……。家に着くと、ホカホカと湯気の立ちのぼるツヤツヤのご飯と、地元食材たっぷりの料理が目の前に。まずはお昼ごはんをいただきます。

能登半島に抱かれるように横たわる、能登島。その中でも奥まったところにあるこんな集落で、奈良さんはデザインの仕事をしています(撮影・奈良雄一)

 それがいつからなのか、自分でも気付かないうちに、ボクは奈良さんのデザインが気になっていたようです。

 今回紹介するこの小さなプロダクト「わく」が、2009 年の「第10回シャチハタデザインコンペ」で賞をとったときも、その情報を目にして「おっ!」と思ったのを覚えています。

 他にも奈良さんがデザインした時計など、どこかで見つけて気になっていたのでしょう。ブックマークに放り込んであったページを見返していたら、奈良さんのデザインをいくつか発見して、ちょっと驚いてしまいました。

 いったい、いつの間に?

コロコロコロ

 でも一番驚いたのは、そんな気になるデザインの全てが、都会からはるか離れたこの小さな島の、さらにはずれのこの場所で生み出されていたという事実。しかもそのほとんどが、地元の作り手やメーカーによって製作され、世に出ているのです。

 それはボクらが想像している未来を飛び越えて、ちょっと先を行っているのかも……、と驚きます。

 ボクらは「R不動産」という名前で不動産屋としても活動を続けてきて、全国10カ所ほどの都市に仲間がいます。そんな中で、いつもこんな想像をしていたのです。デザインなどの職業なら、東京に住まずに東京の仕事をする、という生き方が普通になる日が、もうすぐ来るんじゃないかと。

 実際R不動産のお客さんには、すでにそんなうらやましい生活を手に入れている人もいます。でも洗練されたセンスと、高いクオリティーのモノ作りが、こんな日本の端っこでできるなら、東京の仕事すら受ける必要がないんだ、っていうことになります。

 もしかすると、それははるか昔であれば普通のことだったのかもしれないし、奈良さんはそれを自然体でやっているだけなのかもしれません。でもそれは「一周回って新しい」と思ってしまう生き方です。

 そんな奈良さんは、能登島で田んぼを借りてお米を作りながら、デザインの仕事をしています。さっきのツヤツヤご飯も、奈良さんが育てたお米。それを奈良さんがデザインした土鍋で炊いて出してくれたのです。盛り付ける器も、奈良さんのデザインで作られた地元の陶芸家のもので、想像していた通りのすてきな器に、思わずうれしくなりました。

無垢(むく)の木を削り出して作られているプロダクト。接着剤や金具は一切使っていません

 そしてもう一つ驚くこと。それは奈良さんが東京出身だということです。

 大学で建築を勉強した奈良さんは、卒業後にイタリアへ。ガラス工房や建築事務所に勤め、ヴェネチア建築大学を卒業します。そして日本へ帰ってくるのですが、その先は東京ではなく、なんとこの能登島へ直行だったというから、驚きます。

 もちろん縁もゆかりもないわけではなく、奥さんの実家が能登だということはあるのですが……。

遊びや隙間が全くない、驚くべき精密な加工。ふたも恐ろしいほどピタッと閉まります

 さて本題に戻ります。今回紹介する、この「わく」というプロダクトは、すごくシンプルに、一つだけ機能を備えています。

 スタンプ台でインクをつけて、紙の上でコロコロ転がす。すると原稿用紙のマス目がスタンプされるのです。しかも全てが木でできているので、線には素朴な味わいがあります。

 特にちょっと厚めの和紙に押すと、何ともいえず良い雰囲気。さらりと一言したためて、はがきとして出したくなります。何げないメッセージでも、こんなマス目に書くだけで、素敵に見えてしまうのは不思議なもの。

味わいのある線で描かれるマス目。何てことないメッセージも、すてきに見えてしまうから不思議です

 そんな素朴な機能を持った「わく」。でも良く見ると、精密機械のごとく、緻密(ちみつ)な加工によって作られています。

 木のケースの中に、ローラー部分が収められている作り。その全てが無垢(むく)の木から削り出されていて、金具や接着剤などを一切使わず、木と木をはめ込むだけで作られているのです。

 しかも驚くことに、遊びや隙間が全くなし。この素朴さと精密さのバランス、というかアンバランス。かなり心をつかまれます。

 加工を手がけているのも、もちろん地元の企業。奈良さんいわく、精度がとにかくすごいのだとか。それに触れることができるのは、「わく」を手に入れた人だけの特権。実物で存分に楽しんでもらえたらうれしいです。

木の農具が「わく」。転がして描かれるマス目から、このプロダクトのアイデアが生まれました(撮影・奈良雄一)

 田んぼでお米を作りながら、デザインをしている奈良さん。実はこの「わく」の発想のきっかけは、その田んぼにあったのです。

 写真の右手に置いてある、六角柱の木の道具。これが「わく」という名前の農具です。田植えの朝、これを転がして田んぼに四角いマス目を描き、それに合わせて稲の苗を植えていくのだとか。

 田植えがすっかり機械化された今では、ほとんど使われなくなったというこの農具を使って田植えの準備をしていたとき、田んぼにできたマス目模様が、まるで原稿用紙のようだと思ったのが、このプロダクトが生まれるきっかけだったそう。まさに奈良さんの暮らしが凝縮されているようなプロダクトです。

 ちなみに1回のコロコロで3行分のマス目ができますが、端の線に「わく」の端を合わせて転がすと、続きの行を作れる仕組み。

 ちょっとたくさん書きたいときや、長編小説に挑む方も、ぜひコロコロしていただければ。

(文・写真 千葉敬介)

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