私の愛用品

博報堂ケトル嶋浩一郎さんの仕事を楽しくする「意外な色」のサインペン

  • 2017年9月26日

 この日訪れたのは、今回の愛用品紹介者・嶋浩一郎さんが設立した「株式会社博報堂ケトル」。棚には社名にちなんだ大きなヤカンが並び、卓球台やなつかしのインベーダーゲーム機が置かれた、なんともユニークな空間が広がります。会社のスローガンは“アイデアを沸かせて、世の中を沸騰させたい”。クリエーティブディレクターとして数々の名広告やメディアコンテンツを手掛け、カルチャー誌「ケトル」編集長を務めるなど、多方面で活躍する嶋さんの愛用品こそ、その湧き出るアイデアを支える、影の立役者なのです。

  

手帳や本の文字に重なるようにメモしても、ピンク色なら読みやすい…?

(嶋さん、おもむろにバッグから大量の手帳を取り出して)今日はサインペンを紹介しようと思ったのですが、一応、この「モレスキン」の手帳も持ってきました。アイデアを書き留めるのに使っています。

――ありがとうございます! 積み上げると壮観です(笑)。まずは「ぺんてる」のサインペンからお話を伺いたいと思います。嶋さんの愛用歴はどのくらいですか?

 10数年ほどです。元々広告業界って、ブレストなどで「ぺんてる」のサインペンを使う人が多いのですが、日本は長いこと、黒、赤、青、緑しか売っていなくて…。ヨーロッパ出張のときにこのピンクをみつけて、こんな色があるのか、と。「カンヌ国際広告祭」が開催されるカンヌの文房具屋とパリの文房具屋、ロンドンの本屋など「ぺんてる」の売っている店を大体把握しておいて、行くと2ダースとか大量に買っていました。

 当時日本ではピンクがレアで。今は自分の店(注:嶋さんがブックコーディネーターの内沼晋太郎さんと共同経営する下北沢の本屋「B&B」)でも売っていますけど。

  

――ピンクという、ちょっと意外性のある色を選ばれた理由はなぜでしょう。

 一番テンションが上がる色というか、ピンクの文字を書くのが楽しいなと。あとは、既に書いてあったり印刷されたりしている文字の上から、さらにこのピンクでメモを取っても、上の文字も下の文字も両方読める。新聞でも本でも、読んでいるものにどんどんメモっちゃうんですよ。内容は、そのとき人に聞いたこととか、たまたま耳に入ったこと。こんな風に…(手帳に文字を書き出す嶋さん)“ショーンコネリーはボンドの役づくりのために パジャマじゃなくてスーツでベッドで寝た”とか書いてね。読んでいる本にも、こういう風に(本を開いて見せてくれる嶋さん)。

  

――ほんとだ、活字の上に、たくさんメモが(笑)! 実際にこれを見ると、ピンク色がメモとして読みやすいというのが分かりますね。

 そう。後から気付いたのですが、これはNASAの宇宙計画に持っていかれたペンなんですよ。重力ではなく毛細管現象を利用してインクを吸い上げるから、無重力状態でも書けるという。僕は割と色んなところで色んな姿勢でメモる人なのですが、横になっていても心地よく書けるのはいい。

 文房具って身体拡張というか、身体の一部みたいなものじゃないですか。だからストレスなしに使えるというのは、一番重要だと思います。文房具は子供が最初に持つ“クリエーティブなもの”ですよね。最初にブランドを意識するというか。自分も小学生のころから、「ユニ」の鉛筆はなんだか高級そうだとか、「ステッドラー」の鉛筆は良さげだとか、考えるようになって。

 最終的には、特に筆記具だったら紙との摩擦具合がいいとか、自分の書き方にあっていて心地いいとか、そういう理由で合うものを選ぶようになりますよね。

  

――これと決めたら、使い続ける派ですか?

 そうですね。でも気に入ったもの、気に入った店はひたすら使い続けますけど、新しいものも使うし、新しい店にもめちゃくちゃ行きます。気に入るかどうかは、直感ですかね。

――その直感って、若い頃からお持ちでしたか? 個人的には、30代になってからもの選びに慣れてきたなと思っていて。昔は慣れていなくて、直感もない分、色んなものに手を出して失敗して、無駄金をいっぱい払ってきました(笑)。

 世の中の本質は無駄にあると思います。例えば、ダメな映画をいっぱい見ている人の方が、いい映画が分かるようになりますよね。最近は、コンテンツを選ぶのに“コスパ感覚”が高すぎる人が多い。見る前から「ほんとに泣けるんですか、この映画」とかいうのは、かなりもったいないことをしているなって。しょうもないコンテンツがあるからこそ、いけているものが存在するので、何でも試せる限り試した方がいいですよ。それに、人がこれを「好き」といっているからって、同じものが自分に向いているわけでもないので。それって結局、文房具でいえば、筆圧とか癖によるじゃないですか。僕は若いうちからお気に入りがあるとそればっかり使う人だったのですが、とはいえ、そこには相当の試行錯誤があったと思います。

本を枕にしたりスタンプ帳にしたり、会った人のメアドを書き込んだりしてもいい

――嶋さんにとって、文房具とはどんなものですか?

 最小限のクリエーティブツールですよね。自分のアイデアを書き留めて形にしたり、人に伝えたり。企画をするとき、何を取り上げられたら一番困るかといったら、紙とペンですから。

  

――今はスマホやタブレット、パソコンなど、IT系のガジェットメインで使う人も多いですよね。

 使い勝手がよければ、それでもいいと思います。僕はあまりノスタルジックに「アナログはいいね」とか思わないタイプなので、使う人の都合で使いやすいものを使えばいいと思っている。

 やっぱり雑誌を作っていると「嶋さんは紙が好きなんですね」っていわれます。もちろん好きだけど、ある事象について体系的に深く知ろうとしたら、単純にネットサーフィンよりも本で読む方がいい。知りたいことを短時間で調べるのにはグーグル検索が便利ですし。一方、雑誌は知りたいことの周辺情報に偶然出会いやすいでしょう。どっちもいいところがあるんですよ。

 紙とペンでいえば、そこら中に書き留めておいて、後からページをめくってペラペラ一覧できるところがいいし。

 いつかテクノロジーが凌駕(りょうが)すれば電子メモとかを使うかもしれないけど、今のところ、こっちの方が便利。

 電源も入れなくていい(笑)。常に自分のアイデアを一番いい方法でストックしようと思っていて、結果、過去10年支えてもらっているのが、ピンクのペンとこの手帳ということです。

  

――なるほど。「モレスキン」の手帳は、かれこれどのくらい使われているのですか?

 16年くらいですかね。最近、紙質が変わりまして。こちらはずっと同じ手帳と同じインクで使い続けているから、分かっちゃいますね(笑)。気に入っているところは、どこでもメモが取れるよう持ち運ぶのにちょうどよくて、どんな姿勢でも手におさまるサイズ感。

――アイデアを書き留めるとおっしゃっていましたが、中身が気になります!

 もはや小ネタ集に近いですよ。日時とかも書かないし、順番もバラバラ。リリーフランキーのエッセーに出てきた「思わず郵便物を投函(とうかん)したくなる巨乳」っていう形容が素晴らしいとか、村上春樹の小説の「東京駅のような長いテーブル」という形容がおもしろいとか、表現としていいと思ったものを書き留めて。あと、宇都宮の「安藤」という店の焼きそばは、具がキャベツだけ、とか。それまで知らなかったけれど重要かもと思ったことは、その場にある紙にとりあえず書いておきます。後から見返して、このネタ帳にまとめていく。

  

――普段買い物は、空き時間でパパッと済ませることが多いですか?

 いつもストックしているペンや手帳はそうですけど、高いものはちゃんとお店に買いに行きますよ。一年前くらいから使い始めたこの万年筆は10万円以上もしたから、もちろん相当吟味して買いましたよ!

――限定物の手帳はつい買ってしまうということでしたが、よく好きなものはどんどん集めてしまうコレクターの方がいらっしゃいますよね。嶋さんも蒐集(しゅうしゅう)願望はありますか?

 どうせ使うなら楽しい方がいいから、色々なバージョンを買っておこうと。並べて飾っておくだけというより、大事なのは実用です。高いTシャツを、もったいないからって着ないでとっておく人とかいるじゃないですか。色あせるまで着たら、また違うものを買えばいいし、使い倒してなんぼだと思います。「物を丁寧に扱いなさい」っていう人も多いですけど、たとえば僕は、日本人は本を大事にしすぎだと思っていて。僕の本にはワインのシミがついていたり、パンくずが挟まっていたり、そのとき一緒にいた人から聞いたおもしろい話が、そのままピンクの文字で書かれていたりするけど(笑)。ある意味日記的で、この店にこの人とこのご飯を食べに行ったとき、この話がおもしろかったということが、本の中に集約されているという感じ。本をメモ帳にしてもいいし、旅先で枕にしてもいいし、駅にあるスタンプをばーんと押したり、会った人のメアドを書きこんだりしてもいいと思う。

――聞いていたら、なんだかまねしたくなりました。そういうものが残っている本の方が、読み返したとき、情景や経験を思い返せますし。嶋さんのご自宅の本棚は、たくさんの情報が詰まって、相当楽しいことになっていそうです。

 ほかの人から見たら、何が書いてあるかさっぱりなんでしょうけど。どうして人工知能について書かれた本に、浜松ギョーザの話がいっぱい書きこまれているんだ、みたいにね(笑)。

  

今回紹介した愛用品

ぺんてる/ぺんてるサインペン(桃色)

モレスキン/クラシックノートブック

紹介者のプロフィール

嶋浩一郎

1968年生まれ。1993年博報堂入社後、コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。

編著書に『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)、『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』(祥伝社)など多数。

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・博報堂ケトル

http://www.kettle.co.jp

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