私の一枚

早稲田大大隈講堂裏で、テントの劇場に泊まり込んだ日々 鴻上尚史

  • 2017年10月10日

早稲田大学時代、テントの公演劇場の前で。1981年に旗揚げした「第三舞台」の演出家として、野望に燃えていた頃(撮影:岡田初彦)

  • 今も演出家として、また小説家としても活動を続ける鴻上尚史さん

  • 鴻上さんの著書「青空に飛ぶ」。講談社刊。1550円(税別)

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 早稲田大学に在学中の24歳頃、大隈講堂裏に設置したテントの劇場の前で撮った写真です。早稲田の演劇研究会というサークルの中で、『第三舞台』を旗揚げして2、3年目の頃ですね。テントは演劇研究会の持ち物で、それぞれの劇団が公演をする時に、劇団員たちでその都度設営するんです。当時はアングラの芝居を引きずっており、広場さえあればテントをたてて劇場にするという時代でしたから。設営は一日がかりの重労働。50人ぐらいで、鉄パイプの骨組みを作ってから分厚いテントを張るんですけど、みんなで一斉に持ち上げないといけないし、本当に大変でした。

 お客さんが150人ほど入れるのですが、暑さと寒さに弱く、真夏と真冬は使えず、演劇研究会の中のサークルで、いつも公演時期を取り合っていました。テントの中には、照明や音響など高価な機材が入っており、設営したら必ず劇団のメンバーが防犯のために泊まり込まないといけなかったんです。第三舞台では俳優は本番のためにきちんと寝てもらう方針だったので、泊まり込みはスタッフが担当。といっても演出の僕を入れて2、3人でしたから、ほぼ毎日泊まっていました。雨が降ると水がたまってテントがたわみ、夜中に棒でテントを押し上げて水を流すことも多かったです。

 泊まり込んだ僕たちに、女優が朝ごはんを作って持ってくるのが決まりでね。今も女優として活躍する筒井真理子が、ロールキャベツを作ってきたのを覚えています。あの時はみんなで感動したんですよ。普通はおにぎりに卵焼きが多かったけれど、真理子は当番の2回目も、3回目もロールキャベツだったので、それしか作れなかったのかもしれません(笑)。

 当時の僕はプロになる野望に燃えていて、実際自分たちは面白いものを作っているという自信がありました。でもこの頃は、大学で作った劇団がそのままプロになるという前例はなく、みんな将来のことで悩んでいたものです。役者を続けるのか、就職するのか。劇団員本人たちもそこで揺れました。それぞれの親はなんとか就職してほしいという意見でしたし。ですから表面上はすごく楽しかったのですが、その裏に人生の決断が常に控えており、サークル活動としてはシビアでしたね。

 僕自身は演出家を選んだ時点で、俳優の人生を引き受けた実感があり、腹をくくったのは人より早かったです。でも前例がないので、紀伊國屋劇場で公演を行った後も、取材の度に「将来どうするんですか」と聞かれていましたよ。僕たちは小劇場ブームの先駆けと言われていましたが、渦中にいる時はわからないんですよね。その時も今も常に頭にあるのは、「次に何をやるか」しかなかった。

 そして大学卒業後、第三舞台としてプロの活動をして、2001年から10年間活動を封印しました。これは慣れたメンバーとやることで、あ、うんの呼吸で指示や思いが伝わってしまうので、演出家の僕も言葉がやせ細っていくし、俳優もしかり。それぞれの活動を重ねた後、2011年に公演を行い、翌12年に区切りをつける意味で解散しました。第三舞台は、お客さまと一緒に年を重ねてきた自分たちの大切な原点で、「よくやってきたなぁ」と思います。

 僕自身は、この写真の頃と、今も意識はあまり変わっていません。常に次の芝居のことを考えて、わくわくし、演出を続け、戯曲を書いている。ずっと学生気分が続いている変な奴と思われているんでしょうね。

    ◇

こうかみ・しょうじ 1958年愛媛県生まれ。早稲田大学法学部卒業。在学中に劇団「第三舞台」を結成。以降、作・演出を手掛ける。87年「朝日のような夕日をつれて'87」で紀伊國屋円劇賞、95年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞、2010年「グローブジャングル」で読売演劇賞戯曲賞などさまざまな賞を受賞。現在、演劇では、プロデュースユニット「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に活動。小説家としても活動し、『僕たちの好きだった革命』『八月の犬は二度吠える』『ジュリエットのいない夜』など著書多数。

◆鴻上さんが執筆した小説『青空に飛ぶ』が発売中。壮絶ないじめで人生に絶望し、死を望んだ中学生の少年が出会ったのは、太平洋戦争で9回特攻し、9回生きて帰ってきた実在の特攻隊員・佐々木友次だった。「死ぬのが当然という状況で、どうして“生きよう”と思い続けられたんだろう」と興味を持ち、少年は佐々木のことを調べ始める。非情な命令に負けずに空を飛び続けた男と、教室で戦った孤独な少年の物語だ。

 「この作品を執筆したのは、やはり佐々木友次さんの存在を知ったことです。9回の出撃命令に従い、9回生還した彼のことをもっと多くの方に知ってほしいと。でもただ普通に特攻隊の物語として執筆すると読者が限られる。調べてみると、当時の同調圧力から『にっこり笑って死んでいく』という状況が作られていた。これは現代のいじめと通じるものがあると感じ、両方を結びつけようと思いました。佐々木さんに実際お会いできて話をうかがいましたが、取材を開始して約3カ月後に亡くなりました。間に合ってよかった。彼のお話が実際に聞けたことは奇跡だと思っています。

 現代のいじめは、想像を絶する本当に残酷でひどいものです。そんないじめの現状、そして佐々木さんが体験した、これも過酷すぎる状況。どちらもハードですが、最後には生きる背中を押せる物語になったかなと思っています。さまざまな年代の方に読んでいただきたいと思っています。我が子の兆候を見逃さないために、お子さんのいる方には特に読んでいただきたいですね」

(聞き手:田中亜紀子)

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