十手十色

本田圭佑、吉田麻也、一流サッカー選手を支えるホペイロ 松浦紀典

  • 文・加藤千絵 写真・小林浩志
  • 2017年10月12日

サッカーを見る時は選手やボールを追わず、どんなスパイクを履いているのか足元を中心に見てしまうと話す松浦さん

 取材に訪れたちょうどその日、松浦紀典さんの元にサッカー日本代表のDF吉田麻也選手から、次の国際親善試合で使うスパイクの手入れを依頼する連絡が入った。

 吉田選手のスパイクのソールは、靴底の突起(スタッド)が固定されている「固定式」と、スタッドが金属でできていて着脱できる「取り換え式」、その両方が混ざる「ミックス」の3種類がある。試合当日の天候やグラウンドの状態で履き分けるため、3足とも松浦さんがひもを結び直し、スタッドがちゃんと締まっているか確認し、中敷きをより滑りにくいものに替え、クリームを塗って仕上げる。

吉田選手(黒)と本田選手(ピンク)のスパイクではひもの通し方が違う。オーダーメイドしている本田選手のスパイクは左右の大きさの違いや独特のカラーなど、本人のこだわりが詰まっている

 「こういった作業は選手自身がしない方が、より試合に集中できて、ピッチで100%力を出せますよね」

 そう話す松浦さんの仕事は、スパイクをはじめユニホームやボールなどサッカーの用具を管理すること。サッカーの本場ブラジルではポルトガル語で「ホペイロ」と呼ばれている。

 例えばスタッドの位置や長さ、ひもの結び方さえも、選手のプレースタイルや好みによって違う。それらをすべて把握して最適なスパイクにするのもホペイロの役目だ。「ちょうどそこにあるんですけど」と言って松浦さんが見せてくれたのは、CFパチューカ所属の本田圭佑選手の新しいスパイク。「ミリ単位の繊細さを持っている」という本田選手のスパイクは、フリーキックを蹴る時に邪魔にならないよう、つま先に一番近いひもが、下側にくるよう結ばれている。

 「本田選手をはじめフリーキックを得意とする選手は、蹴る瞬間、微妙に指を動かして方向やカーブを微調整するそうです」

 その時にスパイクの革が硬いと指の動きがうまく伝わらないため、革の状態には最も注意を払う。クリームで保湿し、時には表面をマッサージして、革本来のなめらかさや柔らかさがちゃんと保たれているか、最後は必ず素手でさわって確かめる。

革の柔らかさを手でさわって確かめるため、荒れて感覚が鈍らないように心がけている

ブラジル人ホペイロと運命の出会い

 「自分の師匠はブラジル人なんですけど、ブラジルでは『手袋感覚』って言うそうです。手袋って指の動きに対してその通りに動いてくれるじゃないですか。靴もそういう感覚になるように仕上げていますね」

 その師匠とは、ブラジル代表チームのホペイロを務めたこともあるルイス・ベゼーハ・ダ・シルバさん。ブラジルで活躍していた三浦知良選手が帰国して当時の読売サッカークラブに入団する際、ホペイロが日本におらず選手自身がスパイクの管理していることに驚き、「それではサッカーが発展しない」と主張してブラジルからベゼーハさんを招いた。そのベゼーハさんと松浦さんとの出会いは、全くの偶然から生まれる。

 会社員だった松浦さんはある時、「日本のサッカーは下手でつまらない」とバカにしていた日系ブラジル人の同僚を連れて、読売クラブの試合を見に行った。試合が終わって自動販売機でジュースを買っていると、ちょうど通用口から出てきたのがベゼーハさん。雑誌の小さな記事を見てホペイロという仕事に興味を持っていた松浦さんは、同僚に通訳してもらって話しかけた。

スパイクを磨き過ぎて腱鞘炎になり、手術をしたこともあるという松浦さんの手

 それをきっかけにベゼーハさんと松浦さんは知り合い、ちょうどベゼーハさん自身に「日本人のホペイロを育てたい」という夢があったことから、Jリーグが開幕した1993年、ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)と名前を変えたチームに松浦さんは呼ばれる。松浦さんは振り返る。

 「あの試合に行かず、行ったとしても通訳ができる同僚と一緒じゃなかったら今の自分はないと思うと、本当に運命的な出会いでした。もっと言えば(三浦)カズさんが帰国してホペイロがいないのはおかしい、って声を上げてくれなければ、自分たちの存在はなかったわけです」

吉田選手が今月の国際親善試合で履いたスパイク。ディフェンスは滑って転べば失点につながりかねないため、かかとからしっかりグラウンドに着地するようにスタッドは長め

高校生の本田選手と交わした約束

 ヴェルディには10年在籍し、ベゼーハさんから世界基準のホペイロの技を学んだ。ホームセンターなどで日本ならではの便利な道具を見つけては、2人で研究する日々だった。その後、移った先の名古屋グランパスで、練習生として合宿に参加していた高校2年生の本田選手と出会う。

 「(本田選手は)まっちゃん、自分はワールドカップ(W杯)に出て点を取るから足元のサポートをしてください、って言うんですよ。まだプロにもなってないのに何を言ってるんだ、って思ったんですけど、目が真剣に訴えていたんで、これは本気だって分かりました」

 松浦さんは、グランパスへの入団を決意した本田選手の相談相手の一人となり、海外に挑戦していた三浦選手のサッカーに対する姿勢についての質問攻めに一つひとつ答えた。

 それまで固定式のスパイクしか履かなかった本田選手に「いずれ海外に行きたいなら日本より芝生が深くて土壌がやわらかいから、グラウンドにしっかり刺さる取り換え式かミックスを履かないと通用しない」と強引に履かせたのも松浦さんだ。スパイクを変えるとフリーキックが入らないからと嫌がる本田選手を連れ出して、2人で誰もいない雨のグラウンドで練習を重ねたこともある。

 「彼のサッカー人生にいろんな形でかかわってきて、2010年の南アフリカW杯でフリーキックを決めて勝った時は本当にうれしかったですね。高校2年の時に交わした約束を果たしてくれましたから」

 本田選手は、今月の親善試合では代表メンバーに選ばれなかったが、松浦さんは「常にポジティブなので、メキシコでコンディションを整えているはずです」とロシアW杯でも活躍することを信じている。

松浦さんの七つ道具は、スポーツメーカーのミズノと共同開発したオリジナルのもの

 自らは昨年グランパスを離れて、今年8月からJ2の京都サンガF.C.に加わった。練習や試合ごとにスパイクを靴底まで丁寧に洗い、新品かと思うほどピカピカに仕上げる。

 ひもが長すぎてプレーしづらそうにしていた選手に声をかけて短くしたり、圧迫感があるというスパイクの履き口を切って広げたり、固定式のスタッドに溝を入れて滑りにくくしたりと、選手の動きを見て自らスパイクを加工することもある。すべては、目の前の一勝をつかむために。

 「スタジアムに足を運んで好きな選手やプレーを見るのもいいんですけど、選手の足元も見てほしいな、と思います。サッカーというプロスポーツは、プレーヤーだけではなくて、レフェリーがいたりチームの広報やフロントがいたり、道具とそれを手入れする人がいて成り立っているものでもあるんです」

サッカーのスパイクの進化は著しい。それを常に勉強するのもホペイロの仕事と松浦さん

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    ◇

まつうら・のりよし 1970年生まれ。高校卒業から4年間会社員をしていたが、日本サッカーリーグの読売クラブの試合でブラジル人ホペイロ(用具係)に出会い、チームに入団。1993年のJリーグ開幕時からヴェルディ川崎のホペイロとして活躍する。2003年からは名古屋グランパスに移り、日本代表の本田圭佑選手や吉田麻也選手から信頼を得て、海外移籍した今も選手やメーカーと協力してスパイクを管理する。自身は昨シーズン終了後に名古屋を去り、今年8月から京都サンガF.C.のホペイロに就任。試合情報の詳細はホームページ(http://www.sanga-fc.jp/)で。

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PROFILE

加藤千絵(かとう・ちえ)ライター

東京外国語大学スペイン語学科卒業。約9年間、朝日新聞の夕刊や別刷りに執筆し、2012年以降は&Mの「ブラボー★NIPPON」をはじめウェブや雑誌、書籍などで活動する。週末はもっぱらサッカー観戦。趣味の俳句は今年で句歴10年を迎える(が上達にはほど遠く)。岐阜県出身。

小林浩志(こばやし・ひろし)写真家

株式会社新建築社で編集部、写真部を経て独立。建築写真、デザイン、出版を主とした株式会社スパイラル(http://photo-spiral.co.jp/)を設立。以降、黒川紀章をはじめ、日本を代表する建築家の作品写真や書籍のデザイン、編集など精力的に活動している。

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