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選挙に行く意味を感じられない、ルーチン化した世界にも変化は起きる 演出家・高山明さんに聞く

  • 2017年10月19日

  

 まずは、これらの言葉に耳を傾けてほしい。

 「必死に生活していると、どうしても、街の中で“迷子”になることができなくなる。僕自身も3年間の会社勤めの経験がありますが、キツいルーチンに取り込まれると、『この世界はカッチリと、これで決まっているんだ』という感覚になってしまうからです」

 「いま、衆院選の投票に行こうという声がありますが、こうした生活のなかにいると、特に若い人たちは、『投票に行かなきゃダメだよ』といわれても、『世界は変わらないんじゃないか』という思いを持っているのではないかと感じます。当然、『もう選挙なんて行かなくていいよ』という考えに行き着くでしょう。そして、それは責められないことだと思うのです。世界が固まっているという感覚が当たり前になった人に『現実を変えようよ』と語りかけても、興味を持ってはもらえないでしょうから」

 職場で仕事、自宅で家事を頑張ったら、残るのは食事と睡眠の時間だけ――。これは、現代社会で暮らしている私たちの多くの毎日だろう。

 知らない間に、体も思考もこわばって、この世界の“異なる可能性”に思いをめぐらせることなどできなくなる——。そんな人たちに、もう一度フレッシュな、生きることの感触を取り戻そうとしているのが、言葉の主である演出家・高山明(Port B)さんだ。

 都内のレストランや、街角にひっそりと残る歴史的な場所をユーザーがめぐりながら、アジアの息吹を感じることができるiPhone版アプリケーション『東京ヘテロトピア』などを世に問うてきた高山さん。10月20日からは横浜の神奈川芸術劇場(KAAT)で、ラッパーやミュージシャンなどを招き、「劇場をストリートにする」という、6時間×9日間=計54時間の一大公演『ワーグナー・プロジェクト』を行う。

 私たちが、毎日の生々しい手ざわりを取り戻すにはどうしたらよいか、高山さんに、そのヒントを聞いた。

  

――高山さんはPort Bというチームを率いて、さまざまなプロジェクトを行ってきました。今年の8月から「ヨコハマトリエンナーレ2017」の連携プログラム「黄金町バザール2017」において行っている、横浜の街並みを流れる大岡川をクルーズ船でめぐるツアー『遠くを近くに、近くを遠くに、感じるための幾つかのレッスン』も好評です。

 横浜というさまざまな文化や人が混在している都市を、川から見上げて眺めるような経験って、普段はなかなかないですよね。それはきっと面白いのではないかな、と。ドイツ・フランクフルトのマクドナルドで難民の方が「教授」となってさまざまなレクチャーを行った『フランクフルト放送大学』というプロジェクトがあったのですが、大岡川のクルーズに繰り出す皆さんには、その講義の内容を横浜・黄金町周辺に住む難民の方々が日本語で読み上げた音声を聞いてもらいます。そうすると、横浜、フランクフルト、そして難民の母国であるシリア、アフガニスタン、カンボジアなどの「距離」が錯乱してくる感覚を抱けるはずです。

 『東京ヘテロトピア』も、のちに中国の首相となる周恩来が20世紀初頭に留学生として日本を訪れたころ、故郷の料理を食べに来ていた神田神保町の中華料理屋などを観客がめぐる作品です。こうした、街の別の見方を体感すると、ありえたかもしれないもうひとつの東京――いわば「ヘテロトピア(異なる場所)」が見えてくるのではないか、と考えています。

  

街や社会を“見直す”ために

――豊かなダイバーシティー(多様性)といった言葉は語られるようになっていますが、堅苦しくなく、もっと日常的なレベルで、自分たちが住む社会の「別の可能性」を感じられるようになっていきますね。

 はい。街に溢(あふ)れる日常的な身ぶり、たとえば見る、聴く、話す、移動する、演じる――このカフェの店員さんなら店員の「役」を演じているわけです――。そうしたあり方をひとつひとつ確認していくというか、街を“見直す”ことができるような作品をつくっています。観客の皆さんは、面白く作品を体験して、ホッと一息、深呼吸ができたとき、この街の異なるあり方を想像できるようになっていてほしい——そう考えているんです。

――高山さんは演出家と名乗っていらっしゃいますが、一般的な「演劇」とはまったく異なった作品を演出していますね。

 日本で僕のことを、演劇的な「演出家」だと思っている人はほとんどいないかもしれません。観客の方も、普段は演劇に興味をもっていないという人も多いです。

 ですが、そもそも、ギリシャ語の「テアトロン」という言葉は、観客の行為とか、客席のことを意味しています。街や社会を観客として“見直す”というのが、僕が取り組んでいるツアーパフォーマンスなどの作品です。美術館の作品のように残る物ではなくて、観客の方がそのときに受け取った“体験”そのものが作品の実質です。そのためにも、“面白い”――料理でいえば“おいしい”ものを提供できるようにしています。

  

――堅苦しさを感じずに体験できるというのが、高山さんの作品の特徴ですね。そうしたプロジェクトを味わったあとは、まさに肩の力が抜けているというか、凝り固まっていた日常がほどけていく感覚を抱きます。

 今度公演をする『ワーグナー・プロジェクト』という作品は、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」という歌合戦オペラを下敷きにしていますが、まったく難しくはなくて、ラッパーやミュージシャンがライブをしたり、まさに歌合戦オペラのようにMCバトルをしたり、ワークショップやレクチャーをしたり、という空間を観客の皆さんが自由に歩く、という内容です。

もじもじと戸惑い、自由にためらう

――K DUB SHINE、ダースレイダー、サイプレス上野とロベルト吉野、GOMESSといった人気ラッパーやミュージシャンのライブもあれば、いま流行しているMCバトルもありますし、建築家の磯崎新さんや詩人・歌人の方々のワークショップやレクチャーもありますね。

 タイのカレーや、クルド難民の方がつくったケバブなどのフードもあります。これ、本当に大変なんですが、劇場でフードが提供されるというのは画期的なことなんですよ(笑)。

 お客さんは自由に食事をとってもいいし、広い劇場空間につくったインスタレーションのようなセットの間を自由に歩き回ってもらっていい。

 そして、ライブを見ても、ワークショップやレクチャーに参加してもいいし、しなくてもいい。きっとそのときは、「参加してもいいのかな、どうしようかな」という、戸惑いやためらいのようなものが生まれますよね。そして、その“もじもじ”した、それでいて可能性に満ちた自由な身ぶりというのは、カッチリ定まってしまったような社会を生きている僕たち大人にとって、とても贅沢(ぜいたく)な経験なのです。

  

――どういう意味で贅沢なのでしょうか。

 たとえば小学校に入学したときって、最初は何をしたらいいのかわかりませんよね。入学式で隣り合った子に話しかけていいのかな……と思って“もじもじ”する経験は、皆さんきっと身に覚えがあると思います。しかし、大人になってルーチン化した日常を送っていくと、いつしかこうした身ぶりを失ってしまう。

 でも本当は、街中にもこうした自由な身振りはあふれているはずで、僕たちが感じとれなくなっているだけです。ただ、いきなり街中で自由にしてください、というのも難しい。僕が今回、約8年ぶりに劇場に戻ってきた理由は、劇場という閉じられた空間を、半分フィクションで半分リアルな、コミュニティーのことを考える“実験場”にしてみたい、と思ったからです。

  

――「劇場をストリートにする」ということの意味がよくわかりました。

 ワーグナーというのは、まさにカッチリと統制された芸術を目指した人ですが、その人の作品を下敷きにして反転させながら、実験をしてみたいですね。

 僕自身もかつて、いわゆる「舞台」をつくっていた若いころ、パリのホテルで統合失調症の初期症状のようになってしまい、ちょっとした危機を迎えたことがありました。そのときに思い切ってホテルの窓を開けたら、そこに広がる街並みが、家は家に、屋根は屋根に、壁は壁に帰っていく感覚を覚えた。なんて新鮮なんだろう、モノがモノとしてそこにあるということは奇跡だ、と感じました。僕のいまの手法には、こんな原体験があります。

――観客にとっては、まさに「世界の見方が変わる」、ひいては「世界が変わる」かもしれない可能性に気づく瞬間が訪れるかもしれませんね。

 僕自身も、そうした“異なるあり方”にチャレンジしていきたい。今回の『ワーグナー・プロジェクト』では、初日にラッパーの公開オーディションをします。そのオーディションに人が来なかったら、そこでプロジェクトは終わりになっちゃうかもしれない。もう本当に、帯状疱疹が出てしまっているくらい心配なんですが(笑)、それでもやっぱり、この挑戦が楽しみです。そんな作品を体験することを通して、観客の方に「人生のヘテロトピア」を感じてもらうことができたら、こんなにうれしいことはありません。

2017年10月20日~10月28日 神奈川芸術劇場(KAAT)
KAAT ×高山明/Port B
『ワーグナー・プロジェクト』―「ニュルンベルクのマイスタージンガー」―
http://portb.net/wagnerproject

(文・ライター 宮田文久、写真・長島大三朗、取材協力・マーケットテラスカフェ石川町)

    ◇

  

高山明

演出家。1969年生まれ。2002年、Port B(ポルト・ビー)を結成。実際の都市を使ったインスタレーション、ツアー・パフォーマンス、社会実験プロジェクトなど、現実の都市や社会に新しいプラットホームをつくる活動を世界各地で展開している。近年では、美術、観光、文学、建築、都市リサーチといった異分野とのコラボレーションに活動の領域を拡げ、演劇的発想・思考によってさまざまなジャンルでの可能性の開拓に取り組んでいる。

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