小川フミオのモーターカー

450馬力のスーパーSUV「ランボルギーニLM002」

  • 世界の名車<第185回>
  • 2017年10月30日

全長4900ミリ、全幅2000ミリ、全高1850ミリと堂々とした大きさ(写真提供=ランボルギーニ)

 イタリアのランボルギーニのことを、そのシンボルどおり“猛牛”と呼んだりするが、このクルマこそ名実ともに猛牛かもしれない。

 猛牛ならぬ「チーター」と名づけられた車両がきっかけで開発されたモデルだ。12気筒搭載の4輪駆動。1986年発表の「LM002」である。

 SUVのオリジンとして米フォードの「ブロンコ」とか英ランドローバーの「レンジローバー」の名があがる。スーパーSUVの祖先は、この「LM002」だとぼくは思っている。

 「ミウラ」(66年)や「クンタッチ(Countachの発音に近い表記)」(74年)といった高性能でかつ個性的なスタイリングのスポーツカーで独自のポジションを確立したランボルギーニ。でも70年代は石油ショックの影響もあり販売不振になったことから、創業者フェルッチョ・ランボルギーニは経営権を譲渡。

 それだけに新しい経営陣は、技術力、開発力、はたまたブランドビジネスなど、さまざまな可能性を追求したはずだ。

 その中のひとつが、米軍制式採用を目指してのHMMWV(高機動多用途装輪車両)の製造だった。ちなみに83年になってAMゼネラルが手がけたのが、このHMMWV(「ハマー」として市販も)である。

6基のカーブレター(carburetorの発音に近い表記)を備えたV12の最高出力は450馬力、最大トルクは51.0mkg(写真提供=ランボルギーニ)

 ランボルギーニ側が企画したのが冒頭で触れた「チーター」だった。クライスラー製5.9リッターV8エンジンをミドシップに搭載した4輪駆動モデルである。エンジンの一部が後席に突き出していた。

 HMMWVは、ジャングルでの戦闘のために作られたジープに代わる存在で、使用の舞台は砂漠とされた。そのために車体は大型化。要求される性能も厳しいものだった。

ぜいたくなインテリアで、4人乗りと6人乗りの仕様があった(写真提供=ランボルギーニ)

 ランボルギーニが組んだ米国企業MTI社が主に開発を手がけた「チーター」は、出来上がったものの、別の会社から特許を侵害していると警告をうけた。そこでプロジェクトは頓挫(とんざ)。

 ランボルギーニはHMMWVを諦め、同じコンセプトのクルマを「LM001」と名づけて77年の自動車ショーに出展した。

 このあたりの事情を知らない来場者は、大型エンジンをミドシップに搭載したランボルギーニに大いに驚いたのである。

シャシーはアルミニウム製スペースフレームで、ボディーパネルはFRP製(一部アルミニウム)(写真提供=ランボルギーニ)

 こののち同社では、ターゲットを産油国の王族などに絞り、企画をもう少し慎重に練り上げた。生産効率や快適性を加味して、自社の12気筒エンジンをフロントに搭載。

 スタイリングイメージは「チーター」を思わせたが、クルマとして真っ当なメカニカルレイアウトを持った4WD車である。それが「LM002」として製品化された。

5段マニュアル変速機にパートタイム4WDシステムの組み合わせ(写真提供=ランボルギーニ)

 5167ccの12気筒エンジンは「クンタッチ・クワトロバルボレ」のものを流用。少しだけ(5馬力)出力を落としたとはいえ、450馬力を誇る砂漠の猛牛である。

 92年までに300台超が作られたという。ただし日本にはごくわずか輸入されただけ。当時スーパーカーのことを英語圏ではエキゾチックカーと呼んだが、まさに日本のぼくたちにはエキゾチックな存在だった。【動画】「ランボルギーニLM002」はこちら

手前が企画のスタートとなった「チーター」(写真提供=ランボルギーニ)

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PROFILE

小川フミオ(おがわ・ふみお)

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クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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