日本人の“幸せな暮らし像”、ヒントはバリとブータンにある?【IT評論家・尾原和啓】

  • IT評論家・尾原和啓
  • 2017年11月14日

  

 AIが人間を超えていく時代における幸福とは、何か? IT評論家・尾原和啓が、”地方の若者”を切り口に、あらゆる業界のプロフェッショナルをお迎えし、議論する対談連載です。今回のお相手は予防医学研究者の石川善樹(いしかわ・よしき)さんです。

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 すでに足踏みを始めた”AIによる働き方革命”によって、あらゆる労働がロボットによって置き替えられていく。”若者の働き方”の価値観の断絶が起きている都市と地方では、それぞれどんな影響が起きていくのか? 例えば、肉体労働に従事する地方の若者はどうなっていくのか? これからの「幸せ」とは、なんなのか。

 これらについて、尾原が議論を深めるために呼んだのは「人がよりよく生きるには」をテーマに多方面で研究を続ける、石川善樹さん。地方の若者の今後を危惧する尾原に、「そもそも、地方の生き方こそ人間の幸せに近いのではないか」という前提を投げかけました。今回は、尾原が暮らすバリ島や、石川さんが訪れたブータンで、それぞれが見た”幸せに生きる条件”についてお話ししていきます。

バリ島民はなぜ幸せそうなのか

尾原 僕は今、バリ島に住んでいるのですが、島民の平均月収はだいたい月1.5万〜2万円なんですよ。でも、彼らはすごくハッピーに生きている。一年に200日もお祭りをしているんです。

  

石川 いや、多すぎじゃないですか(笑)。

尾原 今日はあそこの氏神、今日は炎の神様を祝福する日、と決まっていて、毎日どこかでお祭りをやっている。で、お酒を酌み交わしている。傍目には飲む理由をつくっているようにも見えなくない(笑)。これって「時間に追われていない」から、できることなんですよね。バリ島ってすごくのんびりしてるんですよ。気候もいいし、水も溢れているから、稲作なんて三毛作ですよ。しかもほっといても育つし。

石川 そうそう、意外と農業って手がかからないんですよね。

尾原 ちゃんと丁寧に、品質のいいおいしいものをつくろうってやると、手間暇がかかるんだけど、自分たちが食べるぶんなら、いい加減にやってもできちゃうから。そうなると、もう神様に祈っているだけで幸せな日々です。インドネシア政府からすれば、バリ島だけ税収が増えないけど(笑)、彼らからしてみれば、月収1.5万円で、収入の30〜40%くらいをお祭りに使っても、家もあるし、ご飯も食べられるから、まったく問題ない。僕ら日本人から見ると、貨幣経済に頼らずとも死なずに済むなら、もうそれでいいんじゃないのか? という問いでもある。だってもともと、日本もそうでしたもんね。

石川 そうなんですよ。これまでは、一番お金がかかるのが“住”だった。人口も増えていたから、家が足りなかった。でも今は日本中に空き家が余っている。

尾原 そもそも、 月収の1/3、30%くらいが家賃に使われていて、今のところ持ち家率が低いから、勝手に持ってかれるわけですよね。人口が減っていくと、そもそも“住”にかかる生活費の3割がいらない時代に突入するかもしれない。

生きるのにお金がかからない時代へ

石川 19世紀のイギリスでは、エンゲル係数が高いせいで食費に苦しめられた。それを解消するためにつくったシステムが生協なんです。食費を大量購入して安くして配るというもので、そこで生まれた余裕を、自分の生活をよくするために使ってくれという制度ですね。

尾原 「生きるを共有する」ということですよね。なるほど、生協は相互扶助のために始まったのか。

石川 極端なものだと、服も皆一緒にしてしまえ、制服にしよう、みたいな制度もあった。さすがに「同じ服は嫌だよ」ってことであんまりうまくいかなかったんですけど、今の日本を見ると、皆ユニクロでしまむらじゃないですか(笑)。もう、当時のイギリスの思惑通りですよ。

尾原 しかも食料も皆同じようなものを食べて、コストを下げているし、それで唯一のボトルネックだった“住”も解消されたら、意外と低コストで生きられるから、大丈夫じゃないかと。

石川 「そもそも働く必要はあるのか」という議論は、産業革命当時からされていたんですよね。そこで出た結論としては、働く必要はあると。それは、生活を支えるためじゃなくて、創造性を発揮するためにあると。

尾原 創造性を発揮するためなんだ。少し話を戻すけれど、“住”に関しては、人口が減って空き家が余ってるから、みんなお金をかけず住めるようになるかもしれないと。じゃあ“食”と“衣”は、腐るほど余ったらみんなに無料で配られることにならないんでしょうか?

石川 どうなんですかね、わからないです。今、結構お金がかかっているのが通信費なんです。でも、これもどんどん安くなっていっているから、そうなると何にお金を使うのかとなると、あとはエンタメしかないんですよね。

尾原 通信費に関してはたぶんタダになると思います。GoogleのGmailがなぜ無料で使えるかというと、Googleのサービスを使うユーザーが増えれば、そのぶん広告費が入るからです。つまり、人間にとって、「コミュニケーションしたい」とか「便利なサービスを使いたい」という欲望が集まるところに、広告の需要は生まれる。人が何かの欲望に対してお金を払う商行為がある時代は、広告費で賄えるので、サービスはどんどん無料になるんですよ。

 すると、通信のコストが安くなるぶん、ユーザーは何か広告を見なきゃいけない。ないしは、「この端末を無料で使う代わりに、Googleのアプリを入れてね」という規定さえあれば、スマホが無料になることもあり得ます。

石川 それですね。当初のお話では、単純に都市と地方で分けて、AIが人間の能力を超えるシンギュラリティについてくる人・こられない人、という風に考えていたけど、僕が思うのは、本当に考えるべきは、これからの僕らにとっての日々の生活ってどうなっていくんだろうということ。つまり、「良い暮らし」のシンボルとは何かです。今、それがないんですよ。ないってことは、もうつくった者勝ちですよね。

尾原 地方で家業を継ぐ方も、人口は減るし、これまで通りの売上が立つか闇雲に不安になるから、鬱になったり、自殺を選んでしまったりするケースもあるけど……。そもそも、みんな家に住んで、ご飯が食べられて、スマホもタダで使えるようになったら、生きることに対して、そう不安がる必要もない。もうそうなったら、自殺を選ぶこと自体、退屈なことじゃないかって、思えるかもしれないですよね。

石川 結局、「良い暮らし」って何なのか。しっかり考える、定義しておくことというのは、今回の対談で重要な問いかけになると思います。

ブータンの「良い暮らし」の定義

ブータンでの食事

石川 先日、ブータンに行ってきたんです。そこで出会ったツアーガイドの23歳の男の子に、「良い暮らしとは何か」と聞いたら、もうスパン!と気持ちよく返ってきたんですよ。①よい自然環境、②周りの人たちの行いがよいこと。

尾原 “自分”じゃなくて“周り”ですもんね!

石川 まず周り。よい仲間に囲まれているということだと思うんですよね。で③が自分の心の平安。ピースインマインドですね。で④がちょっとした冒険心というか、ちょっとした冒険ができることという。素晴らしいなと思うのは、自然に囲まれているという物理的な環境と、社会的な環境と、内的な環境までもがきちんと定義されている。例えば23歳の東京の若者に「君にとって良い暮らしは何?」と聞いたときに、たぶんこうはならないと思うんですね。

尾原 「もっとお金持ちになりたい」とか、「自由な時間が欲しい」とか。

石川 そうですよ。地方の若者なら「一軒家を持っている」と答えるかもしれない。やっぱり一軒家を持ってこそ一人前、という価値観はあるから。でもそれは、戦後に創られた幻想でしかない。

尾原 高度成長期に、日本のGDPを増やすためにつくってきた価値観だから。

石川 そうです。日本とアメリカでやってきた、「持ち家政策」なんですよ。

尾原 「自分の家を持っている人間がハッピーだ」と、刷り込みをやってきたんですよね。

石川 これからの時代はそうではない、ということですよね。実際、月二万円弱で暮らしているバリ島の人とか、自分よりもうちょっと過酷な状況で暮らしている人を見ると、自分の家を持ったり、たくさん稼いだりしなくても、生きていくことはできるんだって思うはずなんです。

尾原 戦後の「良い暮らし」の基準が崩れ、新しい指針がないから、つい親世代と比べて「俺ってこれで大丈夫かな」って不安になるけれど、「このレベルまで収入を下げたとしても、ハッピーに生きるやり方もあるんだ。お金を基準にしなくても、モノをシェアしあったりすればこんなに豊かに暮らせる」という、お金に縛られない生活があることを知れば、不安が減る。

 もう一つは、「良い暮らし」という定義が何かですよね。どっちに向かっていいんだ? というのがわからない。「良い暮らし」の定義を、ブータンはどうやってつくったんでしょうか?

石川 詳しくはわからないですね。確かグロス・ナショナル・ハピネス(GNH/国民総幸福量)という基準を設けて、定義したんですよね。一応、サステイナブルな経済の成長や発展、とか、「Good Government」など、政府がきちんと機能していること、と言うような基準もあるんですよ。

尾原 あとは先祖に感謝するために、各家に、先祖にまつわるものを必ず他人に見えるように置くこと、とか、意外と細かく定義しているんですよね、ブータンって。

石川 そうそう。ブータンは劇的な成長は望まなかったんです。ある意味、成長よりも成熟を求めた。翻って、日本も成熟社会にきている。

成長する社会から、成熟していく社会へ

尾原 実際20年も成長していないですもんね。

石川 成長論者からすると成長していないように見えるんですけど、成熟論者からすると、すごい国らしいですね。

尾原 確かに日本も、安くてデザインもいいユニクロの服があって、300円で美味しいものが食べられて、しかも夜に外を歩いても身の危険もないし、という意味では成熟していますよね。

石川 そうです。過去20年間で明らかに成熟しているんです。

尾原 成長前提で考えれば「20年も成長していないじゃないか」とネガティブな捉え方になるけど、成熟していくという指針で考えると、今日本でできる生活を相対的に定義するなら、「良い暮らし」ですよね。

石川 そうですね。成熟社会における人間らしい暮らし、つまりこれからの「良い暮らし」とは何なのかということを、この連載の中で探っていってほしいですね。

尾原 それが一つの指標ですね。さらにまとめると、二つアプローチの仕方がある。一つは、今言ったようにブータンのような、「良い暮らし」がちゃんと定義できていて、次の時代にフィットしている場所はどこにあるかという、フィールドワーク的なアプローチ。

 もう一つは、成長じゃなくて成熟という基準の中で、日本としてのいい暮らしをどう再定義して、それをどう共有して、みんながどういう風に内的評価軸として自分ゴト化していくステップをつくっていくか、ということですね。

 なるほど。素晴らしい指針をいただきました。石川さん、ありがとうございました!

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プロフィール

■石川善樹(いしかわ・よしき)

予防医学研究者・医学博士。1981年、広島県生まれ。

東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。新著に吉田尚記氏との共著『どうすれば幸せになれるか科学的に考えてみた』(KADOKAWA)など。Twitter:@ishikun3

■尾原和啓(おばら・かずひろ)

IT評論家/Catalyst(紡ぎ屋)

シンクル事業長、執筆・IT批評家、Professional Connector、経産省 対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザー。

京都大大学院で人口知能論を研究。マッキンゼー、Google、iモード、楽天執行役員、2回のリクルートなど事業立上げ・投資を歴任。13職目を経て、バリ島をベースに人・事業を紡いでいる。ボランティアでTED日本オーディション、Burning Man Japanに従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。

著書に「ザ・プラットフォーム」(NHK出版新書)「ITビジネスの原理」(NHK出版)。近著に「モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書」(幻冬舎)。Twitter:@kazobara

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