大御所シェフのいつものごはん

イタリアンの重鎮がこよなく愛す トラディショナルな「せいろ」と極上の「そばがき」

  • 2018年1月18日

  

 「世界一グルメな国」と呼ばれるようになった日本。このまれにみる豊かな外食文化を支えてきたベテラン料理人は普段、どんなお店でどんな食事を楽しんでいるのだろうか。卓越した技術・味覚・知識を持つプロフェッショナルが「日常食」を紹介する。

今回の大御所シェフ

  

原 宏治さん

 日本橋浜町「アルポンテ」オーナーシェフ。フランス料理を6年間みっちり修業後、フランス研修の帰りにローマで食べたパスタに大感激。昼夜コースで食べてもあきないおいしさと、胃もたれしない軽さに、これからはイタリア料理の時代だと転向を決意した。西麻布の名店「アルポルト」副シェフを3年間務め、90年「アルポンテ」オープン。イタリア料理協会副会長として、さらなる普及活動と後進の指導にも熱心に取り組んでいる。

麺の食感とのど越しを求めて イタリアンの重鎮が通う名店

  

 前回の「博多ラーメン しばらく」に続き、イタリアンの重鎮シェフ、原さんの第二弾は、やはり麺の食感とのど越しを求めて通う「薮そば」である。

 創業明治37年。浜町でも指折りの老舗である「薮そば」は、店を始めるとき、ごあいさつに伺って以来、何くれとなく面倒を見てくれる町の大先輩でもある。

 神田の薮蕎麦で修業した初代から現在、三代目。ビル1階の店はシック&モダンで高級感があるが、「いらっしゃい!」と下町風の掛け声で迎えてくれるので、とたんに気持ちがほぐれる。これが「いらっしゃいませ」だったら、ちょっと気構えるところだ。

まさに“日本のニョッキ” 「そばがき」極上の食感

加熱せずに練り上げるので香りがひときわ高いそばがき1600円

 原さんは、無類のそば好きで、食べ方にも格別のこだわりがある。というのは、おばあさんが茶そばの店を営んでいたからで、子どもの頃に大好きなおやつが「そばがき」だった。砂糖じょうゆの甘辛味で食べていたそうだが、なんとも渋い子どもである。

 そばがきとは、そば粉を熱湯でこねたもの。原則、つなぎは入れない。細い麺状に切った「そば切り」が発明される前からの原初的な食べ方で、「そば粉のうまさや香りがもっとも楽しめる」と称賛するそば通は多い。

 手間がかかるため、どの店でも扱っているわけではなく、「薮そば」でもお品書きに「出来ない時間帯がございます」のただし書きつき。作るのが、旦那さん一人だからだ。これだけ聞いても、熟練の技が期待できる。

 この日は幸運にも注文OK。塗りの器のふたを開けると、きれいな葉っぱ型が熱々の湯に浮かんでいる。この形、イタリアンでおなじみ、スプーン1本ですくって盛りつける「クネル型」と同じだ。

 そう、形がイタリアンと共通しているだけでなく、そばがきの食感はまさに「日本のニョッキ」。とろっとして極上のなめらかさで、しかも歯切れがよい。アルデンテと並ぶ魅惑の食感である。

 そばがきには、鍋にそば粉と水を入れ、火にかけてこねるやり方と、そば粉を熱湯でこねるやり方の2種があり、「薮そば」は後者。熱々に温めた器で、そば粉をそば湯で粘りが出るまで練り上げる。これだけなので、そば粉自体がよくないと、おいしくできない。ごまかしがまったくきかない、怖い料理でもある。

  

 好物を前にした原さんは、ものすごくうれしそうだ。つゆに軽く浸し、ワサビとネギをのせて一口、また一口。通常のそばつゆより、やや甘口のつゆがまた、おばあちゃんのそばがきを思い出させてくれるという。

「せいろそば」と「花まき」 大御所シェフがたしなむ定番二品

食感、香り、喉越しすべてが満点のせいろそば650円。つゆは辛口だ

  

 そば界のアルデンテといえば、何をおいても「せいろそば」だ。ここのはオーソドックスな二八(そば粉が8割、つなぎが2割)で、かなりの長さがある。

 原さんは、最初はそばだけで、次につゆを少しつけ、さらにネギを加え、今度はワサビを少しのせてと、味を変えながら食べ進める。そばをすくうのは、真ん中からがポイント。そうすると絡まずにきれいに取れる。絡んだそばは、せっかくののど越しを悪くするから要注意だ。

 原さんのもうひとつの定番「花まき」は、かけそばに焼きのりをのせただけの古典的な一品。汁を吸ったのりで、そばをくるんで口に入れると生まれる、そば・のり・汁の混然一体がたまらない。

江戸中期の安永年間(1772〜1781)に創案されたといわれる花まきそば770円

 そばは伸びる前に素早く食べるのが鉄則だが、それにしても原さんのスピード感はお見事。「おいしくて軽いから3、4品はいける」が、以前、横に座っていた年配客から「たくさん食べすぎるのは格好悪いからやめなさい」と諭されたことがあるそう。そんな下町らしい遠慮のない雰囲気も魅力だ。

完食後にそば湯を楽しむ原シェフ

おいしさが際立つ 粋に見える食べ方の追求

「薮そば」の多田富士子さん

 それでは格好いい客とは、どんな客なのだろうか?

 原さんが「フジコさん」と呼んで慕う「薮そば」の多田富士子さんに尋ねてみると、「食べ方で味が変わるので、おいしい食べ方をしている人ですね。ただ、片手で器を持たずにうつむいてズルズル食べるのは、あまり格好よくありません」。

 最近、多田さんが気になるのは、麺をすすらない客が増えたことだという。ことさら大きな音を立てる必要はないが、麺をすすると下の汁が上がってきて、汁と麺が口中でより一体化する。ごはんとおかずの関係と同様に、日本食独特の「口内調味」の秘訣(ひけつ)が、すする行為なのである。

 すすって生まれる妙味を楽しんでもらいたいという理由から、「薮そば」ではほとんどのメニューでレンゲを出さない。

 それを聞いた原さん、我が意を得たりと「うちもパスタにはフォークだけしか出しません」

 イタリアでフォークにスプーンを添えてパスタを食べるのは子どもだけで、大人はフォークだけでスマートに食べるそうだ。フォークで巻き取ったときに自然に絡むソースが、パスタに対して最適の量でもある。

 そばもパスタも、上手に食べてこそ、おいしさが際立つ食べ物。粋に見える食べ方は、実はいちばんおいしい食べ方だ。おいしく食べて、お店の人に見惚れられるような客になりたいものだ。

(撮影・小島マサヒロ)

              ◇◇◇

■PROFILE
畑中三応子(はたなか・みおこ)
編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル 1970-2010』(紀伊國屋書店)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。

■店舗情報
浜町 薮そば
東京都中央区日本橋浜町2-5-3
半蔵門線 水天宮前駅5番出口 徒歩3分、日比谷線 人形町駅A1出口 徒歩5分
03-3666-6522
月~土:11:30-19:30(19:00 L.O)
祝:11:30-18:00(17:30 L.O)
定休日:日曜、第4土曜

■大御所シェフのお店
リストランテ アルポンテ
東京都中央区日本橋浜町3-3-1 トルナーレ日本橋浜町2F
都営新宿線・浜町駅、半蔵門線・水天宮前駅ともに徒歩7分
03-3666-4499
ランチタイム:11:30-15:00 (13:30 ラストオーダー)
ディナータイム:17:30-23:00 (21:30 ラストオーダー)
日曜日定休
https://www.alponte.jp/

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