インタビュー

「死ぬほど辛かったら逃げ回ればいい」イースタンユース吉野寿が示す“尊厳と自由”

  • 2018年1月30日

 電通の過労死問題をきっかけに、個人と社会の関わり方が注目されるようになった。私は前職でうつ病になった。一番ひどいときは毎日死ぬことを考えていた。4~5年間治療を続けたが結局会社を辞めた。どうにか社会復帰はできたが、現在も抗うつ剤を飲んでいるし、夜は睡眠導入剤がないと眠れない。だからこの過労死問題が他人事に思えなかった。時に死を招くほどの労働を求める社会のあり方に疑問を感じていた。

 ちょうどその頃だった。2017年9月、イースタンユースがニューアルバム「SONGentoJIYU」を発表した。個人と社会の関わり方について歌ったこの作品を聴いて、私は作詞作曲を担当している吉野寿に話を聞きたくなった。彼の中に、先の疑問を解決するヒントがあるような気がしたからだ。

  

 まずは簡単にイースタンユースの説明をしておこう。1980年代後半に札幌で結成された。最初期はイギリスやアメリカのパンクバンドに影響を受けていたが、「好きな音楽に自分が好きな文学を混ぜてみよう」と徐々に独自の音楽性を志向するようになる。そして90年代に発表した「口笛、夜更けに響く」(95年)「孤立無援の花」(97年)という2枚のアルバムでそのスタイルは確立された。このエモーショナルで文学的なパンク・ロックは、後のバンドに大きな影響を与える。現在のメンバーは吉野と、彼の幼なじみであるドラムの田森篤哉、ベースの村岡ゆかの3人だ。

吉野寿(よしの・ひさし)/1988年、札幌で3ピースパンク・バンド「イースタンユース」を田森篤哉と共に結成。ギター、ボーカル(作品のクレジット上では「ボイス」と表記される)を担当。詩的な歌詞とエモーショナルなサウンドで日本のパンク・シーンに多大な影響を与える。バンド活動と並行し、「outside yoshino」名義でもソロ活動を展開。自主制作アルバムも発売している。

 吉野の歌詞は、つねに弱者の視点から書かれているが、そこにナルシシズムやドラマはひとつもない。世界とつながろうと必死にもがく不器用な人間がときに切実に、ときにユーモラスに描かれている。

「俺は小さい頃から暗黙の了解や、しきたり、しがらみが大嫌いで受け入れられなかったんですよ。『そういうもんだから』と納得できなかった。例えば、詰め襟の学生服を着なきゃいけないこととかね(笑)。家というしがらみが嫌だから16歳で家を出たし、高校も1年で辞めた。偏屈な人間なんですよ。協調性がないと通知表に書かれてましたね。そんなんだから群れの中ではいつもつまはじきにされてました」

 そんな吉野が、協調性が重視されるバンド活動を、なぜ30年も続けてこられたのだろうか。

「もちろんもう辞めたいと思うことは何度もありましたよ。しかたなく妥協したことだって何度もある。あと幼なじみの田森くんがいたから続いている部分はある。子供の頃からのつきあいだから、関係性も深いし。いまベースを弾いてくれてる村岡さんは、人間的にも波長が合うのでうまいこといってます。だけどこの先、体が言うこと聞かなくなったりすることもあるだろうし、田森が辞めるって言ったらイースタンユースは解散します。いずれそういう日は来ると思ってますよ」

見失った「自己」を分かりやすい価値観で埋めてはいけない

 イースタンユースはメジャーレーベルからの流通作も含め、これまで17枚のアルバムを発表しているが、吉野の歌う姿勢は揺らがない。

「俺が興味あるのは、“自分がどんな存在なのか”ということだけなんです。影響されたものを、すべて自分の中に突っ込んで攪拌(かくはん)してグチャグチャにする。そうすると何かモヤみたいなものが出てくるんですよ。そのよくわからないものを3人で突き詰められるだけ突き詰めて、形にしていく。憧れも目標もないですね。俺には音楽しかできないし、生きてる実感が欲しくてやっているだけですよ」

 そんな吉野は2009年に心筋梗塞(こうそく)の発作で倒れた。治療の間、バンドは一時活動を休止。死と向き合った経験があるからこそ、吉野が書く「生死」に関する言葉は重い。くしくも過労死の問題がクローズアップされた昨年、吉野は「SONGentoJIYU」というタイトルのアルバムを制作した。

「日頃ずーっと思ってたことを形にしただけで、こういう時代だからこのタイトルにしたというわけではないです。ただ、自分の中から“尊厳”だの“自由”だのって言葉が出てくるということは、今の社会にそう思わせる何かを感じているんでしょうね。実際、息苦しいなあと思いますよ。“札束を積み上げることが勝ちだよな”みたいなことを言う人がいるでしょ。俺にはそんな身もふたもないことをぶっちゃけて話す感覚が信じられない。“それを言っちゃあ、おしめえよ”と思う。金のために己の尊厳を含めてかなぐり捨てることを正当化しているというか」

  

 「それだけみんな必死なのかな……」と一息つきながら、吉野は話を続ける。

「芥川龍之介の『蜘蛛の糸』みたいですよね。そこらへんにゴロゴロいる脱落者を見て“自分はああなりたくない”って。それで、一握りの成功者たちを見ながら、人の頭を踏んづけてでもはい上がろうとするのだけど、てっぺんには全然到達しない。そういう個人的な敗北感が募ってアイデンティティーが崩壊し、自分の中身が空洞化してしまう。そこに排外主義みたいなものを取り込んで、違う考えの人は排除して攻撃する。僕には今の世の中がそんな風に見えますよ。人間、自我が空っぽになると、わかりやすい別の価値観で埋めたくなるんですよね」

 吉野の話を聞きながら、ある一幕が私の脳裏にフラッシュバックした。電車を待って並んでいるところに、立派なスーツを着た男性や身なりの整った女性が当たり前のように横入りしてくる。彼、彼女らは何食わぬ顔で電車の中に乗り込み、すぐに姿がわからなくなる。ほんの小さなバカバカしい日常の一場面。たいていの人は「そういうもんだから」とその場をやり過ごすのだろう。ただ、私にはそうは思えなかった。

 その違和感や抵抗感は澱(おり)のように自分の中にたまっていった。そして私はうつ病になり、社会とどういう関係性を築けばいいか、さらにわからなくなった。その迷路から抜け出すための答えは今も探し続けている。私はこの生きづらい世の中でどうやって息抜きしているのか、吉野に尋ねた。

「1人で一杯やります。なるべく人の少ない、なるべく安い酒場で(笑)。小一時間で気持ちよくなっちゃう」

 まるで達観した仙人のようだ。誰もがそんなふうに生きられないのではないか。そう伝えると吉野は強く否定した。

「それは絶対違います。みんな自分の時間を持ってるわけでしょ。俺も自分の時間を生きてるだけなんですよ。個人にとってはそれがすべて。人のことは関係ないんですよ。死んだら無です。人間はいつ死ぬかわからない。だったらその瞬間まで遊ぶしかないんです。俺は1人で酒飲んで『UFOに乗ったらフワフワして気持ちいいんだろうなあ』とか考えて遊んでいるんですよ(笑)。音楽はその延長線上にあります」

奪われてしまった尊厳を取り戻せるまで、逃げて逃げて逃げ回ればいい

 「人のことは関係ない」「自分の時間を生きる」。その必要性は頭で理解できても、気持ちが追いつかないこともある。うつ病の怖いところは思考がどんどん硬直していくことだ。心の余裕を失い、周りが見えなくなる。思考が凝り固まっていくのだ。そして自分を責める。その苦悩は他人と分かち合えず、孤独は深まっていく。救いはどこにあるのか。

「死ぬほど辛かったら逃げ回ればいいんですよ。自分を抑圧する全てのものから。ホギャーと生まれてから死ぬまでの時間は、誰のものでもない。自分のものなんです。なりたいようになれるし、生きたいように生きられる。だから自分の大切な価値観を見失ってしまったり、尊厳を奪われてしまったりした人は、それを取り戻すまで、逃げて逃げて逃げ回ればいい。“自分”さえ取り戻せれば、ちょっとくらい腹が減っていても平気ですよ(笑)」

 吉野も自らを縛ることから逃げて逃げて、今の居場所にたどり着いた人間だ。

「俺は、脱走兵みたいなもんなんですよ。若い頃から仕事が全く続かなくてね。嫌なことから逃げ回ってたら、たまたま音楽でお金をもらえるようになった。渡りに船でしたよ。完全になりゆきで今に至るわけです。イースタンユースは今年で結成して30年になるんですけど、コードなんて2つくらいしか知らないし、いまだに楽譜も読めません。バンドで練習するときも音楽の専門用語は全然使わない。『俺がここでジャーンってやるから、田森はドドッダド、ドドッダドってやってくれ』みたいな感じですよ」

  

 いわれてみれば、私自身も自分を抑圧するものから逃げていた。会社を辞め、収入はかなり減った。だがうつ病はだいぶよくなった。だからこうしていまも原稿を書いている。

 もしかしたら私が見かけた横入りの人たちも、札束を礼賛していた人たちも、心のどこかでものすごく生きづらさを感じていたのかもしれない。どういう価値観をもって社会や他人と接するのが正解かなんて誰にもわからない。ただ、逃げることも、抑圧する社会との戦い方のひとつといえるはずだ。

 どんな理由があろうと、個人が社会に殺されることなどあってはならない。誰もが生きてる実感を得られる世の中になってほしい。最後は吉野の言葉で締めたいと思う。

「“尊厳”とは自分の人生を自分で選んで自分らしく生きていく自由のことなんですよ」

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(文・ライター 宮崎敬太、撮影・アカセユキ)

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