天才人語

「“最大瞬間風速”を更新し続けるのが天才の宿命だ!」水道橋博士が語る天才論

  • 2018年2月9日

  

 ビートたけしという他に類を見ない天才を30年以上、間近で見続けてきた。各界の傑物たちの知られざるエピソードを記録したノンフィクションも手がけている。人の本質を見抜く洞察力には誰もが一目を置く芸人、水道橋博士。「天才」を語らせたら、この人の右に出る者もそうはいないだろう。

 「このテーマは面白いよねえ。一度話し始めると止まんないよ」

 そうつぶやきながら博士はニヤッと笑った。芸能界きっての人物批評家による「天才論」がここに始まる。

「これはかなわない。モノが違う」ダウンタウンという衝撃

――今日は「天才」について伺えればと思います。

博士 ちょうどいま「メルマ旬報」(水道橋博士が編集長を務めるメルマガ)で落語家の立川談慶さんに『アマデウスの噺』という、まさに天才論を連載してもらっているんですよ。「アマデウス」というのは、同時代にアマデウス・モーツァルトという天才がいたために人生を狂わされたという解釈で、作曲家サリエリを主人公にした舞台と映画のタイトルなわけですけど、その視点で談慶さんに立川談志と、その弟子について書いて欲しいと依頼して。

――立川流といえば、まず家元からして立川談志という天才がいたわけですからね。

博士 そう、談志という天才がいて、さらに兄弟弟子の中にもキラ星のごとく才能がひしめいている。その中で自らの才能を、後れを取っていても開花させるべき状況を客観的に見つめ、実践せざるを得なかった談慶さんが書くんだから、面白くないわけがない。

――言うまでもないことですが、談慶さんにとっての談志と同じポジションに、博士にとってはビートたけしという天才がいるわけですよね。

博士 ええ、僕がビートたけしに憧れて、弟子入りしたのが23歳の時。分かってはいたけど、実際に仕事量やスピード感、人としての器量を目の当たりにして圧倒されましたね。しかも、ある時期から映画も撮り始めて、日本にとどまらず世界で認められていく。映画は総合芸術ですから、それは全方位に才能があることの証明じゃないですか。そういう天才の営為を身近に感じている状況が、殿が71歳になる今も現在進行形で続いていますね。

――振り返れば、たけし軍団入りした博士自身も、玉袋筋太郎さんとのコンビ・浅草キッドで、90年代に東京のお笑いシーンで頭角を現していきました。

博士 僕自身は自分を凡才だと思っていますけど、相方(玉袋)に関しては、18歳でこの世界に入って、華もあるし、ドラフト1位の高卒ルーキーみたいなもので、すぐにプロで活躍できる人だと思ったんです。先輩のダンカンさんはいつもボクにだけ厳しくて、「お前には才能ない」って言われ続けて、鍛えられました。そうした中で、二人でコンビを組んで漫才を始めてみたら、これがオーディションも本番も勝ち抜きは連戦連勝なんです。現在のお笑い界の過当競争に比べると、まだ若手芸人が少なかったこともあるけど、あっという間に関東でトップになった。それで、「ああ、俺だってこの世界でやっていけそうだぞ」と思った矢先に、ダウンタウンを見た時の衝撃たるや。多摩川(グラウンド)上がりの西本が、初めて江川を見た瞬間というか。松本人志、浜田雅功という才能のあり方を目の当たりにして、「これはかなわない。モノが違う」と。

水道橋博士(すいどうばしはかせ)
1962年生まれ。ビートたけしに憧れ上京。87年、玉袋筋太郎と漫才コンビ「浅草キッド」を結成。92年、「浅草橋ヤング洋品店」(テレビ東京系)で司会を務めて一躍ブレーク。政界、経済界、スポーツ界などのキーパーソンや各種文化人との人脈を築き、教養バラエティー番組の司会やコメンテーター業を手がけるほか、幅広い見識を武器にライター、コラムニストとして執筆活動も行う。

――瞬時にわかったんですか。

博士 わかった。抽象的な言い方だけど、松本人志の笑いって彫刻的なんですよ。ものすごく絵のうまい人でも、彫刻となると別じゃないですか。裏側も含めて全方向から対象を把握しないといけない。松本さん自身は『遺書』(松本人志氏初の著作/94年刊行)の中で、「視覚的な笑い」と「聴覚的な笑い」という分類を使っていたけど、僕はダウンタウンを見て、そこに「彫刻的な笑い」が加わると思った。で、そういう笑いの感覚があるとして、僕らがそれを漫才でやってもかなわない。だったら、それを世間に向かっての姿勢、社会表現としてやってみたらどうだろう、と。それを“社会彫刻的笑い”と規定して試したのが、変装免許証事件(水道橋博士が96年、変装した証明写真を使った運転免許証を不正に複数回取得し、道路交通法違反で罰金刑となった事件)だったんです。捕まっても、その変装写真が朝刊の新聞紙面に乗ったら、最高にカッコよくてマヌケじゃないですか。

――ただ、思った以上の波紋が起きて、結果、しばらく芸能活動も謹慎せざるをえませんでしたね。

博士 もちろん制裁を受けて、反省しているけど。ただ、いちおう僕の中では、収監されて獄中記を書いてベストセラーになるまでを想定していました。そこまで考えていました。

「最大瞬間風速」を更新し続ける天才たち

――受け手である私たちからすると、「お笑い」の場合、才能を測る物差しも様々あると思うんですが、そのあたりはどうお考えですか。

博士 「面白い/面白くない」というよりは、もっと根源的な「強い/弱い」という物差しがあると思うんですよ。その場を支配する強さというか。芸人の場合、本人同士は並んだ瞬間にだいたいわかってしまう。「あ、負けたな」とか。僕の場合、50代も半ばになり、そのお笑いの競技的レースというか、雌雄を決するリングというか、とにかく、そこから降りることができるようになったので、よりそれが客観的にわかるようになりましたね。

――そのレースは降りられるものなんですか。

博士 本質的には死ぬまで降りられないけど、ポジションは変えられると思います。これはプロレスラーのスーパー・ササダンゴ・マシンが言っていたんですけど、「シーザーを知るために、シーザーになる必要はない」って理屈です。僕もある時期まではたけしのようにならなくては、と思っていたんですけど、もはやその必要はない。僕には僕にしかできないことがある。だからこそ、『藝人春秋』シリーズ(水道橋博士が手がける人物評伝)のように、以前にも増して、覚悟を決めて芸能の世界のルポを使命として書くようになりましたね。

  

――芸能界の住人でありながら、その世界をルポルタージュする作家でもある。『藝人春秋』シリーズのような本は博士にしか書けないかもしれません。

博士 自分では、やっぱり「文」の側の人間なんだとは思うんです。だからもっと文芸として書評されたいし、批判でもいいから批評にさらされたい。なぜかというと、それを受けて自分はまだまだ成長すると思えるからですよ。どんな世界でも才能のない人は、自分の中に「伸びしろ」を持っていないんです。僕なんて、もともと対人恐怖症で、人前でしゃべることすらできなかったのが、いまやプレーヤーとして人前で一時間、時には二時間の漫才だってできます。そうやって常に「自分はアップデートしていける」「伸びる」という確信があるからこそ日々やっていけるわけで。才能のない人が、「いまのままでいい」と思っていたら、その時点でプロ失格ですよ。

――自己更新していくのも才能だと。

博士 だいたい殿なんて、70歳過ぎて自分で小説を書くようになって、「暇つぶしにすごくいいものを見つけちゃったよ」なんて言うんですよ。「家で小説を書くのが楽しくてしょうがない」って。どう考えても、十分すぎるほど才能証明を果たしてきた人なのに、まだ、直木賞を取ってやろうなんてことまで言う。そこが天才たるゆえんなんでしょうね。満足することがない。伸びが止まらない。結果的に才能を発揮し続けている時間的な長さもすごい。石原裕次郎や美空ひばりも天才だと思いますけど、それを実証できた時間は短かった。それに比べ、ビートたけしの長さたるや。あるいはタモリや明石家さんまだってそう。

――皆さん、ずっと君臨していますもんね。

博士 先日、松任谷由実のオールナイトニッポンの生放送に殿がゲストで出ましたけど、ユーミンも、星の輝きで言えば前人未到レベルです。でも陰りも避けられない。それでも次の瞬きを見据えて、自身に対するチューンナップをやめない。桑田佳祐もそう。大病しても、それでも“最大瞬間風速”をまだまだ更新していこうとしている。そこが天才の宿命でしょうね。

旧来のルールをぶち壊す! 「天才」たちに宿るベンチャー気質

――芸能の世界に入る前に出会った「天才」となるとどうでしょう。

博士 まず大きいのは、本を通して出会った作家たちですね。思春期は司馬遼太郎や吉川英治の全集を読むのが好きだったんですけど、ああいう国民作家と呼ばれるような人たちは、まさに天賦の才じゃないですか。もう、圧倒的な質量で書く。一作品の巻数も多ければ、それを裏打ちする取材や準備も膨大で、それでいて、子供が読んでも面白い物語になっている。まず、そうした作家たちがぼくにとっての天才でしたね。

――『藝人春秋2』の終盤で、博士はうつ病を告白されています。そのくだりが同じくうつ病を抱えていた作家である北杜夫や開高健の執筆活動と結びつけて書かれていたのが、印象に残りました。

博士 作家に天才があるとしても、浮き沈みも必然です。それは病気の苦しみや精神の深淵(しんえん)をのぞくことと裏腹なんじゃないかと思うんですよ。例えば、坂口恭平という人も建築家であり作家であり芸術家でもある。絵も音楽も小説も、あきらかに天才なんだけど、ずっと活動できるわけではなくて、時おり潜るでしょう? 内面世界と実生活の両方の意味で。

 そして潜ったら、二度とこの世界に戻ってこられないかもしれない。その恐怖もある中で、でもやはり潜らないと書けないことや、そこにしかない機微がこの世界にはある。それは僕も同じなんです。だから、僕にとっては編集者がすごく大事。潜っている作家につきそい、作品とともにすくい上げてくれる、命綱が編集者だと思うので。

――書くことにかぎりませんが、いまはネットを介した表現の場が増えています。博士はTwitterを積極的に使われていますが、そのあたり、天才にとってはいい時代なんでしょうか。

博士 どうだろう。西野(亮廣)くんや村本(大輔)くんなんかは、ある意味、天才道を行きかけているとは思いますけど。彼らは、SNSやネットの新しい仕組みを積極的に使って、他人の轍(わだち)ではない、新たな芸能の道を切り開いていますよね。この先、どうなっていくのかはまだ見えないことが多いですけど、彼らの活動は称賛すべきことじゃないかと。

――そういう時代に、天才のあり方も少しずつ変わってくるんでしょうか。

博士 よく殿と、「王・長嶋とイチロー、どちらのほうがより天才か」という話をするんです。「記録」だけで言えば、イチローのほうが僕は上じゃないかと思う。でも、世間の「記憶」ではいまでも王・長嶋が上ですよね。それはテレビや野球が今より世間の関心を集めていた時代だったということも関係しているでしょう。だからこそ、イチローは、王も長嶋もできなかったことをやるわけですよ。つまりメジャーに行って、結果を出す。そうやってイチローは新しい天才のあり方を体現して、世に知らしめた。

  

――それまでにない物差しを作ったわけですね。

博士 そう。だから野茂やイチローはパイオニアなんです。新しく始めた人。それで言うと、漫才ブームが来る前の、演芸番組でのたけしさんの空気の読まなさ、破壊ぶりはすごいですからね。完全に制度化された番組の中で、まるっきり無視して、下ネタをバンバン言うわ、先輩もバカにするわ。するとカメラも、タブーを破る改革者のたけしさんをずっとアップで抜くんですよ。そうやってテレビに新しい価値観を持ち込み、席巻していったんです。

――天才ゆえに新しいルール、価値観で動く。

博士 だから天才はベンチャーじゃなきゃダメだと思いますね。経営者だって、新規ビジネスを自ら立ち上げた創業社長でないと、天才とは呼ばれないでしょう。やっぱり天下は奪い取るものであり、誰かがお膳立てして席を譲ってくれるものではないんですよ。

才能の運用が下手 迷走する「天才」の特徴

――最後に博士の周りの埋もれた天才についても伺いたいです。何年か前、まだブレークする以前のマキタスポーツさんについて、「才能が渋滞している」と評したことがありましたね。

博士 マキタはホント典型的な「埋もれた天才」でしたよね。でも、結果、マキタはブレークしたからよかった。若手芸人の間で語られる「埋もれた天才」っていうのは、けっこうありがちな話でもあるんです。又吉(直樹)くんの『火花』だって、いわば、芸人のなかにある天才論を巡る小説だったじゃないですか。

  

――主人公の先輩が、まさに「埋もれた芸人」でしたね。それを承知の上で、あえて一人上げるとすればどうでしょう。

博士 オフィス北野の後輩の居島一平(米粒写経)なんて、僕は長く天才だと思っています。記憶力や再現力がずば抜けている。初期タモリさん的な密室芸をやらせたら、いまダントツじゃないかな。ただ、迷走している。きちんとこの世界の中心で存分に才能を証明すればいいんですけど、その「王道を進む」という才能に欠けているというか。

――天才だけど、自分の才能を運用するのは苦手というパターンですね。

博士 逆に、僕に仮に才能があるとすれば、まさにその「才能の運用」に長けているという部分ですからね。浅草キッドがすぐ世に出たのも、その後、30年間ずっと仕事ができているのも。基本的にたけし軍団というグループ野球の控え選手だったけど、ベンチで常に試合を見ていた。自分の打席はバントをしたり、相方の玉袋に大きい一発を打ってもらうため、しがみつくようにして塁に出たり。あの手この手を駆使して、ようやく自分にもプロの資質があったかなと思えるようなった。

 どうすれば売れるか、居場所を確保できるかについては、常に意識を張り巡らせてきたので、他人でも、その人の才能発揮のための道筋は見える。「君はこれをやるべき」とか「これやったら売れる」とか。いっそオフィス北野版のNSCみたいな養成所が、もしあったら講師になりたいくらい(笑)。自分の手で天才をプロデュースできたら、面白いでしょうね。

(文・ライター 九龍ジョー、撮影・逢坂聡)

【天才人語/過去記事】

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BOOK

『藝人春秋2 上 ハカセより愛をこめて』
文藝春秋/1600円(税別) 水道橋博士 著

週刊文春の連載「週刊藝人春秋」に大幅加筆。橋下徹との因縁、タモリの財布をめぐる物語、リリー・フランキーと“彼女”の物語、三又又三の伝説、デーブ・スペクターの知られざる人生、みのもんたとの奇妙な出会い、ビートたけしのむすことの30年にわたる交流、大瀧詠一との一度限りの巡り合い――あの世のようなこの世を生きる藝人たちを描き尽くす! *『藝人春秋2 下 死ぬのは奴らだ』(価格、出版社は上巻と同じ)も同時発売

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