小川フミオのモーターカー

アメリカンでは満足できなかった「日産・ガゼール」

  • 世界の名車<第202回>
  • 2018年3月5日

「2000XE-II」にはこんなボンネットデカールが用意されていた(写真=日産自動車)

 「日産・シルビア」は7代にわたってモデルチェンジを繰り返したが、なかでも二つのエポックメイキングなモデルがあるとぼくは思っている。ひとつは1988年の5代目(S13型)。もうひとつは79年の3代目(S110型)。後者は初代「ガゼール」という姉妹車を持っていた。しかもよく売れた。今回はどちらかというと、そのガゼールがテーマ。

 70年代の日産車は、ことデザインコンセプトについていえば、オリジナリティーを確立できずに迷っていた感がある。

ハードトップ2000XE-IIのリアビュー(写真=日産自動車)

 そこにあって初代ガゼール(と3代目シルビア)は米国車の影響を自分なりに消化したかたちで登場。それまで低迷していた同シリーズのセールスをいっきに上向きにした功績が評価されている。

 2ドアハードトップとハッチゲートを備えた2ドアのファストバック(日産自動車ではハッチバックと呼称)の二つの車型を持つ。全長は4400ミリとわりと余裕あるサイズ。

ハードトップ2000XE-IIは120馬力の2リッターエンジン搭載の後輪駆動(写真=日産自動車)

 パーソナルカーという日本で確立しつつあった市場に向けた車種である。「スカイライン」のハードトップよりスタイリッシュ、「フェアレディZ」より機能的という、日産自動車のラインアップでは立ち位置をきちんと確保していた。ちなみに「トヨタ・セリカ」がライバルだった。

 ガゼールはシリーズの販売増をねらって設定された。販売系列はシルビアとはちがう。特徴は発売当初、米国的な雰囲気を比較的強く押しだしたところにある。

ハードトップとともに設定された「ハッチバック」(写真=日産自動車)

 代表的なものが、大きなボンネットデカール。「ポンティアック・ファイアバード」といった米国のスペシャルティークーペを連想させて、インパクトがあった。

 “元気のいいクルマ”というイメージが強いのもよい。実際に日産自動車はシルビア/ガゼールにおいては走りを強化する方向づけを明確に打ち出した。82年のマイナーチェンジの時だ。「スカイラインRS」と共通の2リッター4気筒エンジン(「FJ20E」型)搭載の「RS」モデルを設定。ほぼ同じタイミングで世界ラリー選手権(WRC)のグループBというカテゴリーに出走できる「240RS」も限定発売された。

82年に追加設定されたFJ20E型エンジン搭載のハードトップ「RS」(写真=日産自動車)

 当初は米国的な前席重視のパーソナルクーペとして登場した初代ガゼール。4年間というモデルライフのうちに(シルビアとともに)モータースポーツのほうへ大きくかじが切られたのが興味ぶかい。

ハードトップRSのダッシュボード(写真=日産自動車)

 アメリカン(アメ車)からWRCへ。ガゼールってどんなクルマと言われて、こういうふうにしか表現できないことが、まさにこのクルマなのだ。まわりくどい表現だけれど。

 クルマとしては数奇な運命だが、70年代から80年代の日本車のありかたを、ある点で象徴している。それがまた初代ガゼールの印象を強くしている。

ハードトップRSのインテリア(写真=日産自動車)

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PROFILE

小川フミオ(おがわ・ふみお)

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クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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