「デジタルではなくアナログ」、“幸運の名刺”つくる活版印刷屋にはフランスからオーダーも

  • 2018年3月8日

  

 銀座といえば、とりわけ流行の最先端や、情報の発信基地というイメージを持つ方も多いだろう。大通りには高級ブランドが煌(きら)びやかに路面店を構え、大手商業施設もあり、週末になると多くの買い物客でにぎわう。

 そんな銀座の繁華街から少し離れた路地に、100年以上変わらぬ姿勢で商売を営む店がある。『中村活字』だ。創業して108年の活版印刷店。どうやら、ここで名刺を作ると商売繁盛、仕事が増えるらしい。そんな噂を聞き、中村活字の5代目、中村明久さん(69歳)に会いに行ってきた。

外観は普通だが、一歩店内に入ると創業当初の名残が見受けられる

 デジタル世代にはまったくなじみのない、「活字」という言葉。活字とは、鉛合金で作られた字型のこと。それを文章に沿って一文字ずつ入れ物にはめ込み、インクを乗せ、圧力をかけて印刷する手法を「活版印刷」と呼ぶ。

 活版印刷は、1450年代にドイツ出身の金属加工師、ヨハネス・グーテンベルクによって発明された。一枚の板に彫る木版印刷と違い、何度も繰り返し使えるためヨーロッパで瞬く間に普及。日本においても、戦前は新聞も活版印刷だったという。

 いまや名刺は、ビジネスマンにとって「第二の顔」と言えるぐらい大切なもの。しかし昔は、印刷屋さんが企業に営業するときにつけるサービス品だった。そう。名刺はお金を払って作る代物ではなかったのだ。

これが活字そのもの。漢字、ひらがな、カタカナ、数字、ローマ字など、大小さまざまなサイズがある

 世の中の印刷物が猛スピードでデジタル化されるなか、中村活字には人足が絶えない。創業100周年を祝って作られた寄せ書きノートには、「中村さんに出会って人生が変わりました」「ここで名刺を作ると縁が繋がっていくと聞いたけど、本当でした」「ここはパワースポットのような場所」「命宿る名刺です」などなど、愛あるメッセージが溢れている。

 「手元の印刷物がどこで作られたかなんて、普通はわからないでしょ。だけどね、とあるお客さんがこう言ってたの。『名刺交換するとき、中村活字さんのは必ずわかる』って。それってすごいことだと思わない?」

ショップカードには丸印で『T』。活字を意味するタイポグラフィーと、創業者である曽祖父・中村貞次郎氏の頭文字を取って作られたそう

 「ある時からブログっていうのができて、みんなそこに書き込むようになったでしょう? それがインターネットに残るから、その辺りからお客さんが増えたの。あとはね、これは本当に不思議なんだけど、寄せ書きに書いてくれてるこの方ね、もううちで何回も発注してくれてるフォトグラファーなんだけど、たまたまこの人に名刺をもらった人がうちに来てるわけ。たまたまよ? 本当に不思議なんだけど、そうやって繋がっていくんだよね」

 これまでは企業の名刺を請け負うことがほとんどだったが、個人(いわゆるフリーランス)のお客さんが増え、中村活字の評判は口コミでどんどん広まっていった。なかでも編集者や作家、フォトグラファーやスタイリストなどのクリエーター業が多く、リピーターも増えているという。

一文字ずつ活字を拾って、版を組んでいく。昔は新聞や書籍も活版印刷。気の遠くなる作業だ

 「うちで名刺を作ってから『仕事がうまくいった』とか、『評判がいい』って話を聞くとね、本当に嬉しくなるよ。お客さんからのそういうエピソードがうちには多いの」と、中村さんはしあわせそうに笑う。

 こういった口コミに加え、ホームページを立ち上げたことで全国からも注文が入るようになり、「まさか現代で活版印刷が注目されるとは思っていなかった」と中村さんは言う。去年はテレビやラジオ、雑誌など、毎月のように取材を受けたといい、それがきっかけでフランスからもオーダーが入ったというから、驚いてしまう。

びっしりと活字が収納されている、活字ダンス。倒れてしまうと、もとに戻すのは大変な作業。「地震があるたびに、活版屋さんはなくなった」という

 しかし、5代目になるまでの道のりは、決してたやすいものではなかった。「小さい頃は、活版はもうダメだろうと思っていたよ。ウン十年と印刷業界の流れを見ていたからね」

 それでも中村さんは、代々受け継いできた屋号を絶やすまいと、長い間じっと耐えてきたという。

 「ある時、若い子たちがアナログを見直しはじめたわけ。15年くらい前かな。それにね、うちのお客さんだったある女性が、刷り上がった名刺を見て、『カワイイ』って言ったの。それに俺はすごくビックリしたわけ。これってカワイイの? って(笑)」

 急速に世の中のデジタル化が進んでいく半面、アナログを見直す動きが出てきたことを、中村さんは感じていたという。

字と字の間隔も手作業でセット。中村さんいわく「活版は余白の美」とのこと

一枚一枚ハンコを押すようにていねいに印刷されていく。今は電動だが、昔は手でレバーを引いて機械を動かしたそう

 かつては単なるサービス品だった名刺も、いまや人と人を繋ぐ、大切なツール。きもちのいい手触り、刷りたてのインクの香り。値は張っても、『活版印刷で名刺を作りたい』という人は絶えないどころか、ますます増えているという。この取材中も、電話や来店でのリピート注文があり、中村活字への絶大なる信頼をひしひしと感じた。それに寄せ書きノートを見ても、じつに多くの人が中村活字を敬愛しているのが伝わってくる。

 「活版の印刷物に出合ったことのない若い人にも、活版印刷のぬくもりに触れてほしい」

 いいものは広く伝播(でんぱ)する。インターネット社会の現代なら、それはなおさらだろう。中村さんの想いは人を介し、次の世代へと受け継がれていく。そんなことを確信した。

「ガハハハハッ」と大きな笑顔がすてきな中村さん

株式会社 中村活字
東京都中央区銀座2丁目13番地7号
電話03-3541-6563
http://www.nakamura-katsuji.com

(文 山畑理絵、写真 茂田羽生)

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