知的欲求を満たすデートにつかいたい……居酒屋以上バー未満の「酒肆一村(門前仲町)」

  • 笹山美波
  • 2018年3月12日

  

 カフェや居酒屋で、ふと目にとまる、ひとり本を読んでいる人。あの人はどんな本を読んでいるんだろうか……。なぜその本を選んだのだろうか……。

 本とお酒を愛する編集者で鰻オタクの笹山美波さんは、本の中の物語が現実世界とつながるような、そんなお店に連れていってくれます。

  

 作家の村上龍があるインタビューで、「美味しいものを食べるって、単に栄養をとるだけじゃなくて、幸福な時間を共有するってこと」だと言っていた。

 確かに、単に美味しいご飯を食べるだけでも十分満たされるけれど、誰かと一緒に食事をするなら会話や雰囲気も楽しい方がいい。もっといえば、私は知的欲求が強いタイプの人間なので、珍しい食材だとか、意外な素材の組み合わせだとか、新しい知を見つけながら料理を食べたり飲んだりできればより嬉しい。そんな喜びを誰かと一緒に共有しながら過ごせたら、本当に幸福だと思う。

 同じ村上龍の短編小説集『料理小説集』に好きな話がある。この本では食と人間関係をテーマにした、世界各地の料理を楽しむ物語がいくつも掲載されている。私が気に入っているのは、バルセロナで初めて知り合った男女がデートをするエピソードだ。

 

物語の上ではうまくいっても、現実ではそうもいかないのがクサイ台詞と男女の関係

 映画関係の仕事をする主人公の「俺」は、出張先のバルセロナで、その地を初めて一人で旅する20代後半の日本人女性に「写真を撮って」と街で声をかけられる。それをきっかけに、婚約相手に違和感を感じているという彼女の人生相談にのったり、「ほぼ完璧なガウディ」の話を彼女からしてもらううちに意気投合。せっかくだから一緒に夕食をと、主人公お気に入りのレストランへと移動する。

 そこで主人公は魚介のフィデウア(パスタのパエリア)を注文し、彼女に食べさせる。「海を食べているみたいーー」。たぶんフィデウア自体を初めて食べるせいもあるが、料理に大変手がかけられていることもあって、彼女は一口食べただけですごく感動する。その様子を見つめる主人公はまんざらでもなさそうで、そうやって徐々に発展していく2人の関係が微笑ましくうらやましい。

 思い返せば私も、『料理小説集』に登場する彼らと同じようなデートを年上の幼馴染と定期的にやっていた。初めて訪れるお店や街で、人生相談やいろんな物事の話をしながら、それまで知らなかった料理を食べ、知的好奇心を満たすような時間を過ごした。

 例えば、進学の相談をするために、そのころ流行り始めたスターバックスで、色鮮やかなピンク色のアイスティーをおごってもらった。就職活動で悩んだ時は、神楽坂のおしゃれな居酒屋へ飲みに連れていってもらい、生まれて初めて谷中生姜を食べた。彼にならって味噌をつけ、恐る恐るそのままかじると、ピリッとした辛味と鼻から抜ける爽やかさが気持ちよく、以来、私の好物になった。

 その後、はしごしたバーも私にとっては初めての経験だった。緊張していると、彼はこなれた調子で「何を頼むか迷ったら、ジントニックにするといいよ。バーテンダーの腕が分かると言われるカクテルで、こなれて見える」とコソッと言って、ジントニックを2杯頼んでくれた。ジントニックは美味しかったし、大人の振る舞いに少しドキッとしたけれど、幼馴染の台詞がちょっと胡散臭く感じて、申し訳ないことに笑ってしまい、雰囲気をぶち壊してしまった。

 一方で、小説の中の2人は2軒目のお店でシャンパンをたくさん飲んでいい雰囲気になる。そして主人公は「セックスっていうのはあのパスタを食べる時より快感が大きいよ」と女性を誘う(!)。口説かれた女性は顔を赤らめつつも、まんざらでもなさそうにする。フィクションの世界では、どんなにクサイ台詞を吐いても男女関係がうまく進んでしまうのがずるい。

 

エスプリの利いた、「酒肆一村」は、年上の先輩を誘いたくなるバーのような居酒屋

 それにしても、これまで幼馴染をはじめ先輩方に私はお店も物事もいろいろと教わってばかりだった。私は今年で30歳になる。もう立派な大人の女性なのだから、受け身だけでいてはいけない。私も「俺」のようにお気に入りのレストランへ誰かを連れていき、好きな料理を紹介して、一緒に楽しめれば理想的なのだが。

 悩んでいると、私が新卒の頃に住んでいた馴染みのある町、門前仲町に新しくできた居酒屋「酒肆一村(シュシイッソン)」が思い浮かんだ。酒肆一村は、最近流行りのレモンサワーが美味しいお店。とはいっても、ただのレモンサワーではない。ベースのお酒にジンを使用しており、定番の味のほか、甘、塩、辛、苦と5種類の味を用意している。ほかのお酒の種類も豊富なうえ、定番とひねりのバランスが絶妙なおつまみを多数取り揃えている。こんな感じで、話したくなる小ネタが満載なのも嬉しい。先輩もここなら喜んで来てくれそうだ。

 実際に案内する前に、この記事内でシミュレーションしてみたい。お店には看板がなくひっそりと営業しているので、駅で待ち合わせてエスコートしよう。駅から2、3分歩いて、「ここがお店?」と疑ってしまうような普通のビルの階段を上ったら、重厚な木の扉が現れる。まるで隠れ家だ。扉を開ければ、大きな木のカウンターの向こうに蝶ネクタイのマスターの大野さんが迎えてくれる。「居酒屋以上バー未満のお店を目指して作ったんだって」――つかみはバッチリだろう。

お店には看板がなく、どこにも店名が書かれていないので、ビルの2階の明かりと木の扉を目印に

店内はカウンターバーのようだが、和食器が並んでいたり、ガスの音が聞こえたりして小料理屋の雰囲気もある

 豊富なメニューも「酒肆一村」の特徴の一つだ。料理だけで50種類近くあり、ドリンクにいたっては正直数え切れないほど。例えばレモンサワーは5種類あるが、はっさくや甘夏など別の柑橘類を使ったサワーも用意している。全国各地や世界のいろいろな「島」の焼酎・ラム・ウイスキーなど、各種こだわりのお酒のほか、メニューには詳しく載っていない「純米酒」まで多数ある。

 様々なメニューがあり迷ってしまうが、1杯目に飲むなら、すずのグラスに入った「ノンアイスハイボール」がおすすめだ。氷なしで提供されるので薄まらず味わいがはっきりとしており、オーセンティックなバーで提供される「ウイスキー・ソーダ」のような気品も感じられる。シンプルだけどこだわりの詰まったこのハイボールは、一番舌の感覚が研ぎ澄まされている、食事の最初にぜひ飲んでほしい。

季節を感じるお通しは2品提供される。写真は柚子胡椒をちょっとだけ利かせた「ホタテとスナップえんどうの酢味噌和え」と、大ぶりなのが嬉しい「わかさぎの天ぷら」

 次に頼むならレモンサワー。5種類もあるので、「この味は何で作られているでしょう?」とクイズを出したり、「どの料理に合うかな?」と一緒に悩むのも良さそう。全て試してみてほしいところだが、あえて二つ選ぶとすれば「塩味」と「辛味」。「塩味」は酒粕を使っており、ふくよかな塩気と旨味のバランスが心地よく、「白エビ桜葉〆」などあっさりした料理を引き立たせる。「辛味」は液体タイプの柚子胡椒「ゆずすこ」が隠し味。スパイシーな後味が印象的なので、味がしっかりしている「自家製肉シウマイ」などの料理と合わせたい。

桜餅に使う桜葉でしめた白エビは、さわやかな香り。シウマイはホタテや背脂が入っていて食べ応えがある

  

 私のお気に入りのお酒は、ちょっとオヤジ臭いけれど「焼酎だし割」。「日本酒と出汁の香りが合っているだし割を見つけられなかった」というマスターは、芋焼酎を出汁で割る。驚きの組み合わせだが、意外にも相性バッチリで、しかもすごく効くのだ。これを一人でちびちびやるのがたまらないのだが、その姿を誰かに見られたらと想像すると少し恥ずかしい。

 

何を頼むか、悩んで食べて驚いて――。「酒肆一村」はワクワクが止まらない

 おつまみも何を頼むか悩むところだが、前菜三種盛りをチョイスすれば、少しずつ好きな料理を3品食べられる。私が前回選んだのは「ちぢみほうれん草煮びたし」「和風ローストビーフ」「りんごと安納芋の白和え」の組み合わせ。煮浸しは、甘くて濃い青菜の味と出汁のまとまりが絶妙だ。旬の味が嬉しい。ローストビーフはなんと分厚い角切り(!)。「切り方ひとつで印象が全然変わる」とマスター。ひとくちかじるととても柔らかくジューシーで、「今まで食べていた薄切りのローストビーフはなんだったのだろう?」と愕然とするほど。「りんごと安納芋の白和え」は豆腐ではなくチーズで和えられているので、スイーツのように楽しめて、いい箸休めになる。

  

 締めには絶対に「玉子サンド」を注文したい。たまごフィリングと一緒に、ウスターソースでサッと和えたキャベツの千切りが挟まれているのが、酒肆一村の玉子サンドの特徴だ。フィリングだけや、たまご焼きを挟んだものはよくあるが、このタイプはほとんど見かけない。口いっぱいに頬張ると、サクサクに焼き上げた食パン、まったりとしていて滑らかなたまご、シャキシャキのキャベツが三位一体となって、大きな幸福が訪れる。ボリュームがあるので、複数人でシェアするのにぴったりだ。

  

 ウスターソースは東村山市のソースメーカー「ポールスタア」から取り寄せている無添加なのもので、辛味がやさしい。「洋食屋をやろうと思っていた時に、いろんなウスターソースを食べ比べて見つけた」そうだ。

 

食事で「幸福な時間を共有する」のは、相手を大事に思ってこそできること

 いろいろシミュレーションしてはみたが、いつも一人で頼むお決まりのメニューを注文するのはやめて、一緒に行く相手と悩みながら頼んだ方が良さそうだ。なぜなら、お酒や合わせる料理を相談して決め、何か飲むたび食べるたび、互いの目を見て意外な食材や調理法に驚くことができたら、きっとすごく楽しそうだから。

 それに、そうやって他人と一緒にいるからこそ、偶然テーブルに並べられた料理は尊い。孤独な世界では見つけられない、温かく特別なものだ。もしかすると、ただ相手と一緒に過ごす時間を大事に思うことこそが、村上龍の言う「幸福な時間を共有すること」なのかもしれない。

 こうして考えてみると、小説みたいな「知的欲求を満たすデートがしたい」という私の憧れは、押し付けがましく、独りよがりだったことに気がついた。もう30歳になるのに、心は幼いままだ。「酒肆一村」のような素敵なお店で、『料理小説集』の主人公のように誰かをもてなすにはまだ早い。まずは未熟な内面を成長させよう。

    ◇

酒肆 一村
東京都江東区深川2丁目1−2
18:00〜25:00日曜定休

筆者プロフィール

笹山美波

笹山美波

「東京右半分」に生まれ育つ。編集記者を経て、外資マーケティングサービスのWebプロデューサー、マーケター。ライター。鰻オタク。東京と食に関連する歴史/文化/文学/お店を調べるのがライフワーク。
・ブログ
http://minamii.hatenablog.com/
・Twitter
https://twitter.com/mimi373mimi

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