カクテルの味が変わる? バーに新風吹かせた自動車業界発のシェーカー

  • 2018年3月19日

「BIRDY.」が展開するプロダクト。左から、ブレンディングタンブラー、カクテルシェーカー、デキャンタ(撮影=小島マサヒロ)

 愛知県豊田市の自動車部品メーカーが製造する、一風変わったカクテルシェーカーがある。カクテルツールやテーブルウェアを手掛けるブランド「BIRDY.」の一品だ。2013年に発売され、バーテンダーの評価が口コミで広がった。

 自動車部品メーカーが、なぜカクテルツールを手掛けることになったのか。その裏側には、異業種から製造業に入ってきた一人の仕掛け人がいた。彼に会いに、愛知県の横山興業を訪ねた。

クリエーター生活から一転、自動車部品工場の社員へ

 社員数約200人、タイにも自動車部品工場を展開する横山興業。取材前は、職人の手仕事でシェーカーづくりに取り組む小さな町工場をイメージしていたが、規模が違った。総面積12,713㎡の敷地に4棟の建屋があり、いくつものラインがフル稼働している。人の姿をまばらに感じるのは、多くの工程が機械で自動化されているからだ。

 金属裁断の轟音(ごうおん)にも負けない通る声で工場の説明をしてくれたのが、横山興業商品企画部部長の横山哲也さん(36歳)。同社代表、横山栄介さんの弟であり、「BIRDY.」の仕掛け人でもある。

 彼はもともと異業種の人間だった。早稲田大学在学中に映像制作に興味を持って、卒業後はテレビやウェブの制作会社へ。家業は兄に任せ、自身はクリエーターの道を歩んでいたが、一転して横山興業に入社した。きっかけは、2010年末に持ち上がった横山興業のタイ進出。会社としての初の海外進出を受け、家業への合流を決断した。

 「それまでのキャリアを失うことへの葛藤はありましたが、海外で働くのも面白いかなと思い、Uターンを決意しました」

「BIRDY.」の仕掛け人、横山興業商品企画部部長の横山哲也さん(撮影=小島マサヒロ)

 2011年。自動車部品製造の勉強をしながら、タイと日本を行ったり来たりする生活が始まった。

 タイでは、従業員に生産管理の理論を教えていた。その中で、横山さんにひとつの思いが生まれる。「日本のものづくりの技術の高さは、モノを作る場がたくさんあって、初めて生まれたものである」ということだ。

 「“日本人は繊細でものづくりに秀でたDNAがある”みたいなことが言われますが、ただ日本人だからすごいわけではありません。プレスや溶接の技術はもちろん難しいけれど、タイ人も教えればできるようになる。タイの若者は夢があって吸収しようとする意欲が強いので、しっかり教育すれば5年も経たないうちに日本国内と同等の製品を作れるようになるのではと感じました」

 振り返って、国内ではプレス加工の仕事はすでにコモディティー化(高度な価値を誇った技術、製品などが一般化し、市場価値が下落すること)し、劇的に変化する自動車業界の未来を見据えると、自社のビジネスがこのままの形で続くとも思えなかった。

 既存の事業は続けつつも、付加価値の高い自社技術なり自社ブランドなりで勝負することを本気で考えないと、自分が定年を迎える30年後に会社が生き残っているかどうかわからない。その危機感が、BIRDY.へとつながる新規事業立ち上げのきっかけになった。

金属を磨き上げることで、なにを生み出せるか

 他社にはまねできない自社技術はないか。その「棚卸し(=分析)」の過程で、横山さんが着目したのは、金属プレスに使う「金型」を手作業で磨く技術だった。

 金属には表面に百分の1ミクロンから数十ミクロン(1ミクロンは0.001mm)単位の凹凸があり、数百回、数千回とプレスするうちに金型が摩擦熱を持ってしまい、加工の能力が落ちる。

 その熱を減らすため、横山興業ではときにはダイヤモンドの粉を使って金型を磨く。美しく仕上げるためではなく、言わば『金属の摩擦を減らすための研磨技術』だ。

プレス機につけられた金型の内部。金属板を中央に設置し、上下運動を繰り返すことで指定の形に成形する(撮影=小島マサヒロ)

金属プレス金型のメンテナンス。研磨の多くは手作業で行われる(撮影=小島マサヒロ)

 この技術をまったく別のジャンルに生かせないだろうか? さまざまな可能性を模索する中で、器の材質や形によって酒の味が変わることを思い出した。無類の酒好きだからこそ浮かんだアイデアだ。

 内側を磨いた金属製のタンブラーを作って、日本酒と水割りを飲み比べた。味の変化が際立ったのは水割り。“混ぜる”という行為が味の変化を大きくしたのだ。もっとエネルギーが加わるものなら、違いが大きく出るかもしれない。バーでそんな話をしていたところ、たまたまカクテルシェーカーが目についた。

 シェーカーの中では、金属とカクテル材料の衝突・摩擦が繰り返される。これなら摩擦によるストレスを低減させる自社の研磨技術が生かせる余地があるかもしれない。そう直感した。

「BIRDY.」の形状面の特徴を説明する横山さん(撮影=小島マサヒロ)

 プロダクトの大まかな方向性を決め、横山さんは有名なバーテンダーがいる店に飛び込んで話すようになった。「実はシェーカーを開発しているんです。こういう理論に基づいて……」。まだモノができていないにもかかわらず、その道のプロに対して持論を語った。

 「バーに来た客が、いきなり液体と金属の摩擦について語り始めるんです。変なヤツだと思われたでしょうね(笑)。でも、『なにがしたいんだ?』という冷めた反応も多かったなかで、何人かのバーテンダーは『面白いね』と賛同してくれました。話を聞くと、カクテルシェーカーの形ってもう30年以上も変わっていないし、国内に専門メーカーがあるわけでもない。一時は多くのメーカーが作っていたようですが、市場としては一周回ってブルー・オーシャン(競争のない未開拓市場)化していました」

余分をそぎ、水準よりひとつ上を目指す

 こうして、2013年11月に横山興業の自社ブランド「BIRDY.」のカクテルシェーカーが誕生した。

 「BIRDY.」というブランド名は、ものづくりにおけるブランドのポリシーを表している。ゴルフ用語で、パーは水準、バーディーは水準よりひとつよいものだ。それも、打数が少ない方が勝つゴルフと同じく、余分を減らすことをよしとする、という姿勢が含まれている。

 ラグビーボール形を攪拌(かくはん)の理想形と考え、ベースにしつつ、これまでのカクテルシェーカーのイメージを損なわない、機能と様式を兼ね備えたデザインだ。内面には0.1ミクロン単位で、丸みのある凹凸を残してある。

 この研磨は、すべて手作業。研磨の様子を見学させてもらったが、やすりの種類を変えながら削りを重ね、少しずつ表面を滑らかにしていく。実に根気の要る作業で、一人の職人が1時間あたり1個程度しか磨けないという。

カクテルシェーカーのふたの部分を磨く作業。特殊な研磨用ブラシを数種類使用し、0.1ミクロン単位の凹凸を残す(撮影=小島マサヒロ)

仕上がり具合を目で確認していく(撮影=小島マサヒロ)

一般的なシェーカー(左)には、真ん中のパーツに角(かど)がついているが、「BIRDY.」(右)は液体の混ざりやすさを考慮し、角のないラグビーボール形を独自設計(提供:横山興業)

味は違うのか? 「BIRDY.」と他社シェーカーのカクテルを飲み比べた

 ただ、それだけ手の込んだ磨きを加えたところで、得られるのは何ミクロンかの違いである。その違いは、本当にカクテルの味に表れるのだろうか。

 後日、東京・渋谷にある「Bar 石の華」を訪れた。この店は、横山さんがカクテルシェーカーを開発していたときに飛び込んだうちの一軒だ。

 「『BIRDY.』の違いがわかるカクテル」を注文し、マスターの石垣 忍さんが選んだのが、グリーンペパーミントとカカオのリキュールに生クリームを加えたショートカクテル「グラスホッパー」。クリーム系のカクテルは、とくに円滑にシェークしないと、口当たりに雑味が出やすいそうだ。

胸の高さでなめらかにシェークするバーテンダー石垣忍さん(撮影=野呂美帆)

 石垣さんのシェーカーを振る動作には、無駄がない。以前はシェーカーを上下に振り分ける二段振りを使っていたが、手首を痛めて振り方を見直し、現在の一段振りに至ったのだという。身体の動きをすべてシェーカーに伝えるような振り方だ。

 「バーテンダーが目指すのは、一定の規則正しい動きでスムーズに液体を混ぜること。そのときに、シェーカーの角の切り出しや凹凸は邪魔なんです。それがずっと嫌で、自分でシェーカーを作ろうとしていたときに横山さんと会ったんですよね」

 二人は非常に近い哲学を持っていた。すなわち、カクテルシェーカーの余分をそぎ、機能を追求すること。

 「たとえば、シェークするときの摩擦や衝撃が大きくなると、液体に混ざる細かなアイスフレークが増えます。すると、時間が経つにつれて氷が溶け、カクテルの味が変わってしまう。それに、液体にストレスがかかりすぎて、口の中でささくれ立つように感じるんです。もちろん、そうならないように、我々は氷の形やシェークの加減を調整します。それが、バーテンダーの腕。こうあってほしいという理想があって、そこに身体と、道具をきちっと同期させていく。理想を形にするには、技術と道具、どちらも大事です」

「BIRDY.」のカクテルシェーカーを使って注いだグラスホッパー(撮影=野呂美帆)

 BIRDY.と、オーソドックスな3ピースシェーカーで作ったグラスホッパーを飲み比べてみた。レシピと振り方はまったく同じ。だが、注意深く味わうと、味にははっきりとした違いがあった。

 BIRDY.の方が、口当たりは滑らかでクリーミー。味がひとつにまとまっている感じがする。もうひとつのシェーカーで作った方は、より透き通っていてクリアな印象だ。

 もっとも、これは筆者がシェーカーの違いを聞いたうえで、飲み比べたから気づけたこと。ただ客として飲んでいたら、細やかな味の違いには気づかず、ただおいしいと言っていた気がする。BIRDY.や石垣さんが追求しているのは、それほどデリケートな味の領域なのだ。

 横山さんはこれを、「解像度を高めないとわからない価値」と表現する。そして、わずかなディテールの違いを捉え、そこに価値を見いだす感覚は、一つの物事に真摯(しんし)に向き合い、何度も触れることで研ぎ澄まされていくもの。簡単に身につくものではないという。

 「BIRDY.は幸い、微細な違いを大事にするプロのバーテンダーから評価していただけましたが、うちのように1時間磨き続けて価値を高めていくような手のかかったものづくりは、世の中からどんどんなくなってしまうのではないかと危惧しています。例えば、10万円のジャケットに袖を通しても、人によってはファストファッションと変わらないと感じるかもしれない。両者の違いを理解するには、物事のわずかな差異に注意を向け、良質なモノに繰り返し触れるしかない。当然、その経験を積むための投資も必要になります。最初はよくわからなくてもいい。使い始めて数年経って、はじめて良さがわかるようになるかもしれないのですから」

 なぜ1時間もかけてシェーカーを磨くのか。その問いに対する横山さんの言葉には、ものづくりに対する彼の思いが込められているようだった。

 「本物は、それくらいかかります」

(文・ライター 宇野浩志)

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【取材協力】

BIRDY.
BAR 石の華

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