ローカルヒーロー「いしいしんじ編」:文章を書き、町に溶け込んでいった作家

  • 文・ミネシンゴ
  • 2018年4月10日

  

 東京に住まい、東京で働くということ。いま、自分の暮らし方を考えて、朝晩ずっと東京に身を置くことに違和感を覚える人も少なくありません。美容師から会社員を経て、自身が編集する美容文藝誌「髪とアタシ」をはじめとした、カルチャー誌の編集者として生きるミネシンゴさんもそのうちのひとり。東京を拠点に仕事をしながらも、8年間住んでいた逗子から三浦へ移り住んだミネシンゴさんが、新しく出会う人や街の景色は、これからの暮らし方をそっと教えてくれます。

    ◇

 三崎に引っ越してから4カ月が経った。ゆっくりお風呂につかりながら、この4カ月のあいだに三崎で出会った人たちの顔を思い浮かべてみる。

 引っ越し作業をしていた日にあいさつに来てくれた近所のおばちゃん、飲み屋で隣り合わせになって乾杯した漁師さん、雨の中「本と屯」に来てくれた三崎に引っ越し希望の女性。

 誰かに紹介されて会った人もいれば、偶発的に知り合った人もたくさんいる。知らない土地に引っ越してきて、一緒に時を過ごすにつれて、知らなかった人と「知り合い」になる。顔見知りが増えていく。あらためて、出会った人たちの顔を思い浮かべると、とても不思議な気持ちになる。

 三崎に来なければ、この人生の中で会って話をすることもなかった人たち。人との出会いの不思議さ。そんなこと、今に始まったことではないことはわかっているけれど、深い息をついて、まぶたの内側に出てくるあの人の顔をじーっと見ると、なんだかうれしくなる。目を閉じて出てくる人の顔は、いつも笑っていて、怒った顔で出てくる人はめったにいない。笑顔で記憶されているって、なんかいい。

  

 三崎に引っ越して、商店街の中で暮らしていて思うのは、ご近所さんや飲み仲間とは違う「家族感」を感じること。ちょっと年上の男性だったらお兄ちゃん、みたいな。人と人との距離がとても近い感じ。それは、心地よい上下関係や、親子関係のよう。どこかに居場所を持つということは、その町の「ひとつの点」になることで、その点が隣とつながったり、点自体が大きくなったり小さくなったりして隣の点と混じり合う。人と出会い、コミュニケーションが増えることで点は動き、活発になる。

  

 いしいしんじ、という作家が10年以上前、三崎に住んでいた。第3話で紹介した「B&B ichi」はもともと、いしいさんの家だ。三崎に引っ越して間もなく、ある人がいしいさんとつなげてくれて、杯を交わす機会があった。

  

  

 ichiで待ち合わせて軽く一杯飲み、そのあとは「牡丹」という中華料理屋に流れ込んだ。三崎には、日の出区、入船区、仲崎区、花暮区、西海上区、宮城区、西浜区、城ケ島区と、小さい町の中に区がある。「本と屯」がある場所は花暮区に属していて、いしいさんが「祭りのとき神輿(みこし)担ぐなら頭に挨拶いかないとな」と気を利かせてくれて牡丹に伺ったわけだ。店に入るやいなや、豪快に酒を飲んでいた牡丹の店主や魚屋「まるいち」の人たちが「いしいさああああん!!!」と寄ってきた。くわえタバコに焼酎ロック、ハチマキ巻いて満面の笑み。どこか潮の匂いがして、男というか、漢(おとこ)! いしいさんと久しぶりの再会に、みなテンションがうなぎ登りになって、酒がすすむ、すすむ。

  

 あのとき話した内容は、正直あまり覚えていない。でもとにかくよく笑い、馬鹿騒ぎをして酒をガブガブと飲んでいたことだけは覚えている。あとは、魚と話せる、という人がいたことぐらい。彼は本当に魚に詳しく、魚の鳴きマネもできる。金目鯛だったらこう、カワハギだったらこう、とか。あと「うまい魚は海の中でもうまいもんを食っている」と言っていたっけ。

 この日は花暮の頭にもあいさつできて、引っ越して間もないときにこの場に来られたことが、よかった。知らなかった人と出会い、こうやって点が動き、少しずつ大きくなっていくんだと実感した。それにしても、魚と話せるって、すごいなあ。

  

 三崎を離れて何年も経っているいしいさんだが、「母港は三崎」と心に刻んでいる。大阪生まれ、京都在住でも、いしいさんを三崎のローカルヒーローだと強く思えたのは、いしいさんの残した言葉たちが三崎に今でも根付いているからだ。

 三崎から生まれた小説をはじめ、数々の作品がこの土地で書かれ、実際にいる人や店もよく登場する。魚屋「まるいち」にいたっては、いしいさんの表札が今でも掛かっている。町を歩き、よく酒を飲み、笑い、書く。町づくりに直接的に関わっていなくても、町にできること、残せることはあって、そのひとつに文章を書くことがある。

 数年前に「いしいしんじ祭り」というのが三崎で開催されたそうだ。商店街のあちこちでパフォーマンスをしたり、音楽ライブがあったりと、ひとりの人間でも波を起こすことはできる。遠い場所に住んでいても、思い入れのある町に戻ってきては思い出がよみがえり、関係性が保たれているのは、ローカルヒーローならではだと思う。

  

 消滅可能性都市と言われている三浦市。三崎のこの下町にいたってはシャッターが閉まったままの店も少なくない。それでも悲壮感なんてみじんも感じさせず、逆に陽気で、気が抜けていて、田舎でもない。土日にもなれば観光客だってわんさか来るし、夕方になれば子供たちの声が聞こえる。「この町が好きだ」。そう心から言えるのは、やっぱり町は「人」でできていて、その町の人のことが好きだからだ。

  

筆者プロフィール

ミネシンゴ

ミネシンゴ

夫婦出版社アタシ社代表 編集者
1984年生まれ、神奈川県出身。
美容師、美容雑誌編集者、リクルートにて美容事業の企画営業を経験後、独立。
「美容文藝誌 髪とアタシ」、渋谷発のメンズヘアカルチャーマガジン「S.B.Y」編集長。
渋谷のラジオ「渋谷の美容師」MC。web、紙メディアの編集をはじめ、ローカルメディアの制作、イベント企画など幅広く活動中。
8年住んだ逗子から、三浦半島最南端の三崎に引っ越しました。
アタシ社の蔵書室「本と屯」を三崎の商店街で12月にオープンさせた。
・Twitter
https://twitter.com/mineshingo
・アタシ社
http://www.atashisya.com/

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