「奇跡の一本松」を万年筆に 陸前高田市とモンブランの思い

  • 2015年3月11日

11日に発売される「マイスターシュテュック 奇跡の一本松」

  • 11日に発売される「マイスターシュテュック 奇跡の一本松」

  • 2月末には発表イベントが行われ、フィギュアスケーターの安藤美姫さんも出席

  • 来日したモンブランインターナショナルのジェローム・ランベールCEO

  • 戸羽太市長とモンブランジャパンのマキシム・アラールCEOが、寄付に関する署名に調印

  • 復元された一本松を見学するモンブランの関係者

  • 一本松の枝部分は保存が難しいためにレプリカが使用されている。

 「3・11」の津波に耐え残った岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」。その枝を使った万年筆が、東日本大震災から4年となる11日に発売される。製作したのは、世界的な筆記具ブランドのモンブラン。一本松を保存整備する際に使用されなかった枝が、ドイツで万年筆に生まれ変わった理由とは――。

<特集ページ>【筆記具の頂】持つべきは、最高品質を追求し続ける逸品

 震災1年目から、同市とモンブランの間には縁があった。2011年9月にモンブランは限定ボールペンを発売し、売り上げ全額の4810万円をNGOのプロジェクトに寄付。被災して親を亡くした子どものために、心のケアを行う施設が東北各地に建設され、その一つは陸前高田にも昨年6月に完成している。

 それではなぜ、一本松から万年筆なのだろうか。きっかけは、一本松が枯死してしまったことによって、2012年9月に始まった市の復元プロジェクト。戸羽太市長が経緯を語る。

 「枝部分は人工物に付け替えることになり、残った枝の使い道を探していました。貴重なので、むやみには使えない。作るのであれば、世界にアピールできる何かということで、ダメ元でモンブランにお願いしたのです。本当に万年筆ができるのか、当時は想像もつきませんでした」

 依頼した市と同じく、引き受けたモンブランにとっても、大きなチャレンジだった。過去にも木を素材にして万年筆にトライしたことはあるが、それは堅い材木を使用した場合。マツで、しかも海水の塩分を含んでいる。未知の領域だった。

 無謀とも思える挑戦を成功させたのが、ドイツ・ハンブルクの熟練した職人たち。独自の技術とノウハウを注ぎ込み、諦めずに試行錯誤を繰り返した。彼らのクラフツマンシップが実を結び、ようやく特別な113本が完成した。

 万年筆は一本一本で木目が異なり、被災した当時の様子が刻みこまれている。モンブランで広報を担当する久井信吾さんは「万年筆はずっと手元にあって、東北のことを考え、次の世代へ受け継ぐことができる道具です。また、書いた手紙や書類が、メッセージを伝えられる可能性も持っています」と、一本松の記憶を万年筆に込めた意義を説明する。

 同市には、シリアルナンバー1番の一本が寄贈された。戸羽市長は、構想中の記念館での“目玉”の一つとして公開することを望んでいる。

 「4年が経ち、震災の“風化”が進んでいますが、市内の仮設住宅には今も4千人以上の方が住んでいます。この万年筆が、風化を遅らせて、東日本大震災を思い出してもらう機会になれば」

 ニュースは海外に向けても発信された。戸羽市長は「これまでに世界中の方々からも多くの支援をいただき、被災地を代表して感謝の気持ちも伝えたい」と話している。

 「マイスターシュテュック 奇跡の一本松」は、1本48万1千円(税抜き)で、113点分の小売価格の20%にあたる額を復興支援などのために寄付する。「それなりの価格はしますが、話題になったということもあり、発売前から予約が殺到しています」と、久井さん。

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