時計のセカイ

ハジメ・アサオカ 孤高の独立時計師

  • 文 広田雅将
  • 2015年6月11日

TSUNAMI
時計業界にインパクトを残すという意味で名付けられた、直径15mmという巨大な心臓を載せた手巻き時計。ケースの最終仕上げや、文字盤や針の製造まで、すべて彼の手によるものだ。筆者の知る限り、ここまですべてを一人でやる独立時計師は、世界に数人もないだろう。手巻き。SSケース×クロコダイルトラップ(直径37mm)。3気圧防水。250万円(税別)
(問)http://www.hajimedesign.com

写真:<strong>TSUNAMI Piece Unique</strong><br>こちらは文字盤違い。無垢(むく)の洋銀を削り出し、そこにコールドエナメルという手法で黒色をのせている。もちろんすべて浅岡氏の手作業によるものだ。なおこのモデルは時計見本市「バーゼルワールド」に出店された非売品。しかし浅岡氏は文字盤のカスタマイズにも応じてくれる。参考商品 TSUNAMI Piece Unique
こちらは文字盤違い。無垢(むく)の洋銀を削り出し、そこにコールドエナメルという手法で黒色をのせている。もちろんすべて浅岡氏の手作業によるものだ。なおこのモデルは時計見本市「バーゼルワールド」に出店された非売品。しかし浅岡氏は文字盤のカスタマイズにも応じてくれる。参考商品

写真:<strong>TSUNAMIのムーブメント</strong><br>上に見えるのが、直径15mmのテンプ。この大きな心臓部が、時計に安定性をもたらすカギだ。空いたスペースを埋めるように部品を置くのが「アサオカ流」。仕上げの美しさに加えて、無駄のない設計も彼の時計の見どころだ。なおこれらすべての写真は、浅岡氏の撮影によるものだ TSUNAMIのムーブメント
上に見えるのが、直径15mmのテンプ。この大きな心臓部が、時計に安定性をもたらすカギだ。空いたスペースを埋めるように部品を置くのが「アサオカ流」。仕上げの美しさに加えて、無駄のない設計も彼の時計の見どころだ。なおこれらすべての写真は、浅岡氏の撮影によるものだ

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 独立時計師という人たちがいるのをご存じだろうか。メーカーに属さず、一人、または数人で時計を作る人たちのことだ。ヨーロッパにはかなりの数がいて、AHCI(独立時計師協会)という団体も存在するが、日本にはいないとみなされてきた。しかし最近、2人の独立時計師が、この団体に加盟した。菊野昌宏氏と、浅岡肇氏だ。どこにもない独創的な時計作りをおこなう2人の日本人時計師。今回は、時計師としての教育を受けていないのに時計師になった、浅岡氏を取り上げることにしたい。

 浅岡氏と出会ったのは、数年前のことだ。トゥールビヨンを作るのだといってウェブ上に写真を上げていた。トゥールビヨンを作れる人は、日本にもいなくはない。しかし彼の時計は、そのまま売れるだけの完成度を備えていたのである。しかも彼の経歴を調べて驚いた。東京芸術大学卒業、しかも現役のデザイナーなのである。時計とは、専門教育を受けた時計師が作るもの、という認識はすっかり覆されてしまった。

 ただ話を聞いて、彼が完成度の高いトゥールビヨンを作っているのも納得した。とにかく浅岡氏は凝り性なのだ。時計を作ろうと思った彼は、まず3年を費やして、微細加工の勉強を始めたという。時計製作とは、微細加工を征服することと言う彼は、その過程で、工作機械を自製してしまったのである。

 加えて彼は、モノづくりのプロセスも一から見直した。今の時計は、値段を問わず、生産性を考えた部品を使っている。対して浅岡氏は、時計全体の完成度を高めるために、穴の開け方やドリルの進む方向も自分の好みに変えて、部品を作っている。そんな彼が、他社から部品を買うはずもない。彼は自分の時計に使うほとんどの部品を、デザイン事務所兼工房で製作している。「やりたいことをやるには、すべて自分でやれる独立時計師になるほかなかった」とは彼の弁だ。

 現在、彼が自分の名前で発表した時計は四つある。そのうち三つは複雑なトゥールビヨン、ひとつはシンプルな時計だ。いずれも魅力的だが、個人的にまず推すのが、トゥールビヨンでない「TSUNAMI」である。そもそものアイデアは、大きな懐中時計用のムーブメントを腕時計に乗せたらどうなるか、だった。しかしポケットウォッチの機械は、腕時計には大きすぎる。そこで浅岡氏は、ゼンマイだけを懐中時計用のムーブメントから転用して、一から設計をやり直した。もちろん使う部品のほとんどは、彼の自製によるものだ。

 浅岡氏が狙ったのは、心臓部を大きくすること、そして機械に無駄なスペースを作らないこと。設計としては当たり前だが、できているムーブメントは決して多くない。浅岡氏は、心臓部にあたるテンプを、ムーブメントの上に「逃がす」ことで、ムーブメントを小さくしたのである。異形な設計だが、完全に理にはかなっている。時計師出身でない、浅岡氏ならではの発想といえるかもしれない。

 しかもこの時計、大胆な設計にもかかわらず、時計としてまったく破綻(はたん)していない。ケースは薄くて腕なじみは良好だし、文字盤や針の出来も、一流メーカーのそれに肩を並べる。もちろんこれらも、浅岡氏が制作、あるいは最終的に手を加えたものだ。お値段は250万円。ただの手巻きとしてはかなり高価だが、事実上ひとりで部品製造から調整までやっているのだから、むしろ破格だろう。

 もっとも、問題はある。あなたがどんなに大金持ちでも、どんなに権力を持っていても、彼に納期をせかすことだけは不可能だ。それさえ納得できれば、彼の時計には、手にするだけの価値がある。

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PROFILE

広田雅将(ひろた・まさゆき)

時計ジャーナリスト。1974年大阪府生まれ。サラリーマンなどを経て現職。現・時計専門誌クロノス日本版(www.webchronos)主筆。国内外の時計賞で審査員を務める。趣味は旅行、温泉、食べること、時計。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)がある

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