戦前の日本人町は、今の上海下町に埋もれるように残っていた。旅のフォトからディープな旅をどうぞ。
上海──。太平洋戦争前には10万人を超える日本人が暮らしていた。アジアのなかでは最大規模の日本人町である。エリアは上海にあった共同租界のなか。いまの虹口(ホンコウ)区である。
当時の上海には、さまざまな日本人が暮らしていた。上海という街に、仕事を求めて渡った庶民も多かったが、日本軍や政府の関係者、報道機関、スパイ、そして裏の世界で暗躍する日本人もいた。ざまざまな画策が上海の日本人町のなかで繰り広げられていった。
1回目は上海の日本人町に暮らした一般人、2回目はスパイやアヘンに関わった日本人の跡を歩いてみる。
猛暑の上海。昔の資料を手にしながらの街歩きがはじまった。
動画はかつての日本人町にある東横浜路(ドンヘンピンルー)、金子光晴をはじめ、多くの日本人が暮らした余慶坊(ユィチンファン)のいまを味わってください。昔もいまも、きっと変わらぬ下町風情?
上海の日本人町の旅を写真に沿ってクリックを。

1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「『格安エアライン』で個人旅行が変わる!」(講談社+α新書)、「鈍行列車のアジア旅」(双葉文庫)、「『生き場』を探す日本人」(平凡社)、「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ」(新潮社)、「週末アジアでちょっと幸せ」(朝日文庫)、「『生きづらい日本人』を捨てる」(光文社)、「週末バンコクでちょっと脱力」(朝日新聞出版)、「不思議列車がアジアを走る」(双葉文庫)など。

1975年、徳島県徳島市生まれ。フォトグラファー。大学休学中の1997年に渡中。 1999年までの北京滞在中、通信社にて報道写真に携わる。帰国後、会社員を経て 2004年よりフリー。旅写真を中心に雑誌、書籍等で活動中。「Hiroshi NAKATA website(http://nakata-photo.jp/)」

「どらく」で連載していた「クリックディープ旅 アジアの不思議列車編」をもとにした本が出版されました。
「不思議列車がアジアを走る」(双葉文庫) 見覚えある日本の中古車両が走るジャカルタ、真冬のシルクロード南疆鉄道、窓ガラスがないミャンマーの木造列車――。不思議列車にとまどい揺られる、アジア鉄道旅。動画はクリックディープ旅のサイトでご覧いただけます。
「週末バンコクでちょっと脱力」(朝日新聞出版) 金曜日の仕事を終えたら、最終便でバンコクへ。南下する飛行機のなかで、せわしない日常を、やり残してきた仕事のノルマをすべて捨てる。心も体も癒されるディープな週末旅を紹介しています。
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