沖縄建築パラダイス

ミステリアスに波打つ石垣「グスク」

  • 文 馬渕和香
  • 2014年11月21日
北は奄美大島から南は波照間島まで、かつての琉球王国の島々に広く分布するグスク。建造物としての美しさもさることながら、残された謎がロマンを掻き立てる

写真:「もゝまかり、つみ、あけて(百曲がりに積み上げて)」と古謡にうたわれた今帰仁グスク。地元で採れる約2億年前の石灰岩で築かれている。非常に硬く、当時の技術では加工できなかったため、割った石をそのまま積み上げる「野面(のづら)積み」で築かれた 「もゝまかり、つみ、あけて(百曲がりに積み上げて)」と古謡にうたわれた今帰仁グスク。地元で採れる約2億年前の石灰岩で築かれている。非常に硬く、当時の技術では加工できなかったため、割った石をそのまま積み上げる「野面(のづら)積み」で築かれた

写真:一時期は中国と独自に交易を行っていた今帰仁グスク。その歴史を証明するように、出土品は中国の陶磁器などが大半を占める。1416年、のちに琉球王国を成立させた尚巴志(しょうはし)の軍勢によって滅ぼされた 一時期は中国と独自に交易を行っていた今帰仁グスク。その歴史を証明するように、出土品は中国の陶磁器などが大半を占める。1416年、のちに琉球王国を成立させた尚巴志(しょうはし)の軍勢によって滅ぼされた

写真:地形に寄り添い、周囲の自然と一体になった今帰仁グスク。歴史の表舞台に登場した首里城、今帰仁グスクなど代表的な五つのグスクは2000年に世界遺産に登録された(写真は今帰仁村歴史文化センター提供) 地形に寄り添い、周囲の自然と一体になった今帰仁グスク。歴史の表舞台に登場した首里城、今帰仁グスクなど代表的な五つのグスクは2000年に世界遺産に登録された(写真は今帰仁村歴史文化センター提供)

写真:西島さんが「世界で一番目か二番目に素晴らしい建築」とたたえる座喜味(ざきみ)グスク(座喜味城跡)。築城家としても名高い武将の護佐丸(ごさまる)が15世紀に築いた。沖縄最古といわれるアーチ門はモダンな佇(たたず)まいだ 西島さんが「世界で一番目か二番目に素晴らしい建築」とたたえる座喜味(ざきみ)グスク(座喜味城跡)。築城家としても名高い武将の護佐丸(ごさまる)が15世紀に築いた。沖縄最古といわれるアーチ門はモダンな佇(たたず)まいだ

写真:西島さんが「沖縄への片思い」を込めた沖縄市の「くすぬち平和文化館」。米軍基地内の土地を祖父母から受け継いだ眞榮城(まえしろ)玄徳さんが「軍用地料を自分のためでなく皆のために使いたい」と西島さんに設計を依頼した。絵本の店、日本初の紙芝居劇場、平和資料室からなる 西島さんが「沖縄への片思い」を込めた沖縄市の「くすぬち平和文化館」。米軍基地内の土地を祖父母から受け継いだ眞榮城(まえしろ)玄徳さんが「軍用地料を自分のためでなく皆のために使いたい」と西島さんに設計を依頼した。絵本の店、日本初の紙芝居劇場、平和資料室からなる

写真:那覇市の沖縄県立博物館・美術館にもグスクのモチーフが使われている。設計したのは東京の石本建築事務所の能勢修治さん。「カーブする石の重なり具合がグスクの中でもひときわ美しい」座喜味グスクからヒントを得た。21世紀の感性が生んだ21世紀のグスクだ(写真 馬渕和香) 那覇市の沖縄県立博物館・美術館にもグスクのモチーフが使われている。設計したのは東京の石本建築事務所の能勢修治さん。「カーブする石の重なり具合がグスクの中でもひときわ美しい」座喜味グスクからヒントを得た。21世紀の感性が生んだ21世紀のグスクだ(写真 馬渕和香)

 「人間がつくったものでありながら、人間がつくったようでないんです」

東京の建築家、西島正樹さんは、今から27年前、初めて訪れた沖縄で「グスク」に心を奪われた。起伏する大地に、うねうねと波打つ中世の石垣。天衣無縫で、しかも飛び切り美しいグスクという名の石造物は、なるほど西島さんが言う通り、人間がつくったというよりも自然がこしらえた、と言った方がしっくりくる。

 「海の波の動きを思わせる、なめらかな曲線の石積み。そこに強い日差しが陰をつくって。中に入ると、包まれる感じがしました」

 グスクは、漢字では「城」と書く。文字からは軍事的な城が連想されるが、そう単純なものではないらしい。

 「グスクはこうだ、と一言で言うのは難しいんです」。そう語るのは、13世紀頃に築かれた今帰仁(なきじん)グスク(今帰仁城跡)の歴史に詳しい今帰仁村歴史文化センターの仲原弘哲館長だ。

 「沖縄のグスクはよじ登ろうと思ったらいつでもよじ登れます。防御的な施設も中にはあると思いますが、むしろ象徴的な、威厳を保つための場所だったのではないでしょうか」

 沖縄本島を中心に、奄美群島から八重山諸島にかけて、約300カ所に点在するとされるグスク。その性格をめぐっては、城塞(じょうさい)とする説、聖域説、豪族の居城説、さらには仲原さんが主張するような、時代とともに変遷したとする説などさまざまな意見が展開されてきた。

 「沖縄の人々は、集団をつくると祭祀(さいし)空間の御嶽(ウタキ)をつくり、その周りや麓(ふもと)に集落を形成してきました。今帰仁グスクの山は、もともと御嶽でした。そこに他の地域から来た豪族が石囲いを築いた。それがグスクだと思います。面白いことに、その後も集落の人々は、グスク内の拝所で祭祀を行い続けました」

 12世紀前後に各地で誕生し始めたグスクは、次第に有力なグスクのもとに集約され、最終的に「三山(さんざん)」と呼ばれる三つの小国家にまとまっていった。今帰仁グスクは、その一つである「北山(ほくざん)」の中心地だった。

 グスクとは何か、という問いと並んで、グスクの石垣がなぜ曲線状に積まれたのかも、明確な答えがまだ見つかっていない。しかし、確たる説がないということは、想像の翼を羽ばたかせる余地があるということでもある。

 「高台に、ゆるやかなカーブでつくるのがグスクの石積みの特徴です。沖縄の文化はテーゲー(ほどほど)文化などとも言われるように“ゆるやかさ”がある。それが石積みにも表れている。グスクの形は沖縄の根っこにある独自性から生まれたものでしょう」

 仲原さんの言葉に呼応するように、グスクに心酔し、グスクをモチーフにした建築を沖縄につくった西島さんは言う。

 「沖縄のグスクは、どこか人を受け入れるつくり方をしています」

 確かに曲線は、優しさや温かさを感じさせる形だ。沖縄の精神の根っこには曲線があるのだろうか。だからグスクは曲線を描いているのか。大地に寄り添うようにやわらかに、そしてミステリアスに波打つ石垣は、そんな想像の旅への入り口でもある。

今帰仁グスク(今帰仁城跡) 沖縄県国頭郡今帰仁村今泊5101 電話:0980-56-4400

座喜味グスク(座喜味城跡) 沖縄県中頭郡読谷村座喜味708 電話:098-958-3141(2015年1月29日まで夜間のライトアップを行っている)

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PROFILE

馬渕和香(まぶち・わか)

元共同通信英文記者。翻訳家。初めて訪れた沖縄島のヒトとマチに恋をして1999年に移住。以来15年間、素朴で飾り気はないものの沖縄のエッセンスがギュッと詰まった小さな宝石のような築半世紀のカーラヤー(瓦家)に暮らす。建築に興味を持つようになったのは、雑誌で見たファンズワース邸に感動したのがきっかけ。好きな建築家はジェフリー・バワ、そして沖縄の素敵な風景を作り上げてきた無数の名もなきアマチュア建築家たち。


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