沖縄建築パラダイス

小さな“奇跡”が描いた希望の壁画「コザ十字路絵巻」

  • 文 馬渕和香
  • 2015年2月13日
かつてのにぎわいがまるで嘘(うそ)のような商店街。その街を愛する人たちの思いに小さな“奇跡”が味方して、長さ約170メートルの壮大な壁画が生まれた

写真:壁画づくりを企画とデザインの両面で牽引(けんいん)したアーティストの林さんは、10年前に銀天街に移り住んだ。「コザ(沖縄市の通称)の人たちと出会って、その人柄や街の歴史の物話にグイグイ引き込まれたんです」 壁画づくりを企画とデザインの両面で牽引(けんいん)したアーティストの林さんは、10年前に銀天街に移り住んだ。「コザ(沖縄市の通称)の人たちと出会って、その人柄や街の歴史の物話にグイグイ引き込まれたんです」

写真:せともの店、美容室、鮮魚店など10軒の持ち主が壁を提供した。協力願いにまわった市商工振興課の山田さんは「全員の同意が得られないと壁画がつながらなくなる。不安でしたが『格好良くしてね』などとあたたかい言葉をかけていただいた。感謝しています」と話す せともの店、美容室、鮮魚店など10軒の持ち主が壁を提供した。協力願いにまわった市商工振興課の山田さんは「全員の同意が得られないと壁画がつながらなくなる。不安でしたが『格好良くしてね』などとあたたかい言葉をかけていただいた。感謝しています」と話す

写真:コザ十字路の一帯はもともと田んぼだった。そこに米軍が戦後、近隣のグスク(城)の石垣を崩して埋めたといわれている。「絵巻」には、地域がたどった歴史のさまざまな場面が、ゆかりのある人物とともに描かれている コザ十字路の一帯はもともと田んぼだった。そこに米軍が戦後、近隣のグスク(城)の石垣を崩して埋めたといわれている。「絵巻」には、地域がたどった歴史のさまざまな場面が、ゆかりのある人物とともに描かれている

写真:描かれているのは歴史上の人物だけではない。総菜店の城間さんもモデルになった。「すごいのができた。商店街のみんなが元気だった時分にできていたらな、って少し残念。でも、ま、自分はまだまだやる気十分だけどね」 描かれているのは歴史上の人物だけではない。総菜店の城間さんもモデルになった。「すごいのができた。商店街のみんなが元気だった時分にできていたらな、って少し残念。でも、ま、自分はまだまだやる気十分だけどね」

写真:子どものころ、銀天街でよく遊んだという池原英高さんによれば、買い物客は「昔を100としたら今は10もいない」。しかし最近、若者が集まるスポットが少しずつ増え始めている。壁画の完成を祝う屋台パーティーも、若者からお年寄りまで大勢の人でにぎわった 子どものころ、銀天街でよく遊んだという池原英高さんによれば、買い物客は「昔を100としたら今は10もいない」。しかし最近、若者が集まるスポットが少しずつ増え始めている。壁画の完成を祝う屋台パーティーも、若者からお年寄りまで大勢の人でにぎわった

写真:壁画制作に参加したサイン沖縄の大城剣太郎さんによれば、壁画の塗料は10年ほどはもつという。色鮮やかな「絵巻」が薄れ始める頃、銀天街はどんな街になっているだろう(写真 馬渕和香) 壁画制作に参加したサイン沖縄の大城剣太郎さんによれば、壁画の塗料は10年ほどはもつという。色鮮やかな「絵巻」が薄れ始める頃、銀天街はどんな街になっているだろう(写真 馬渕和香)

 「ある意味、ちょっと奇跡っぽいところもあるのかなと」

 かつては足の踏み場もないほど栄えていた商店街。いまは見る影もなくさびれてしまったその街に新たな災難がふりかかった。まさに弱り目にたたり目の事態。しかしそこから、世にも楽しい170メートルの壁画が生まれた。

 「地域の思いと、どうにかしたい、という行政の思いが、本当にタイミングよくマッチして、マイナスをたぶんプラスに変えたのではないかと思います」と、壁画づくりを行政サイドから支援した沖縄市商工振興課の兼城賢信さんは話す。

 むかし沖縄で十字路といえばそこを指したという逸話をもつ「コザ十字路」。「銀天街商店街」はその十字路にある。今では火が消えたように寂しい街も、かつては沖縄各地から集まる買い物客でにぎわっていた。約30年前から総菜店を営む城間幸隆さんは回想する。

 「ご覧の通り今はこういう状態だけど、昔はすごかったよ。正月やお盆の時は人がいっぱいで歩けない状態」

 しかし時代が変わり、スーパーやショッピングセンターが増えるにつれ、道にあふれていた客は幻のように消えていった。

 シャッターが次々と閉まり、衰退していく街に数年前、さらに追い打ちをかける出来事が起きた。街の“顔”である通り沿いの建物が、道路拡幅のために取り壊され“二列目”の建物がむき出しになったのだ。

 「恥ずかしくて、看板を5万円で作ってくっつけました」と、むき出しになった一軒の普久原(ふくはら)徳子さんは言う。

 通りに“背中”を向けた建物が200メートル近くも並び、景観は台なしになった。そうでなくても弱っているところへさらなる痛手。だが、そこから兼城さんの言う「奇跡っぽい」展開が始まった。

失われた景観を取り戻すため、地域と行政がタッグを組んだ。話し合いを重ね、むき出しになった10軒の建物に壁画を描くことを決めた。

 「どうせ整備するなら、街づくりに役立つものをと考えたんです」と市商工振興課の山田義樹さんは話す。

 建物の所有者12人も、壁を無償で提供した。すべての壁を合わせると全長約170メートル。そこに「コザ十字路絵巻」と題した地域の歴史絵巻を描くことにした。壁画のスケールと図案の細かさは、東京からプロジェクトに参加した壁画制作歴20年の神谷節さんも驚かせた。

 「こんなに細かい絵で、しかも持ち主が違う壁に1550平米って、多分前例がないと思うんです」

街の衰退を憂(うれ)えていた地域の人々。手を差し伸べる方法を模索していた行政担当者。街のために一肌脱ごうと考えた建物の所有者たち。どの人のどの思いが欠けても実現しなかった壁画は、街の景観にふたたび灯をともした。壁画づくりを中心となって進めたアーティストの林僚児さんは、さらに街のいのちまで、壁画が再燃させてくれることを願う。

 「壁画を見て街に感心をもって『ここの街、面白そう』って入って来てくれることを期待したいです」

 壁画が人を呼び、人が人を呼び、それが新たな血液となって街に流れ出す。小さな“奇跡”が描いた170メートルの希望の絵巻は、そんな楽しい未来まで夢見させてくれる。

銀天街商店街 沖縄県沖縄市照屋1丁目

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PROFILE

馬渕和香(まぶち・わか)

元共同通信英文記者。翻訳家。初めて訪れた沖縄島のヒトとマチに恋をして1999年に移住。以来15年間、素朴で飾り気はないものの沖縄のエッセンスがギュッと詰まった小さな宝石のような築半世紀のカーラヤー(瓦家)に暮らす。建築に興味を持つようになったのは、雑誌で見たファンズワース邸に感動したのがきっかけ。好きな建築家はジェフリー・バワ、そして沖縄の素敵な風景を作り上げてきた無数の名もなきアマチュア建築家たち。

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