私の一枚

彼女のピアノを聴いて、言うことを聞く子だと思う? 山中千尋さん

  • 2016年6月20日

ボストンで約4年間住んでいたアパートのバルコニーで。この部屋は15階で、向かいの教会の時計に夕日がさすのをただ見つめているのが好きだったそう

写真:活動15周年を迎える、ジャズピアニストの山中千尋さん 活動15周年を迎える、ジャズピアニストの山中千尋さん

写真:7月13日にリリースされる山中さんのニューアルバム「ギルティ・プレジャー」。
DVD付きの初回限定版(写真)は3780円、通常盤は同3024円(いずれも税込)
7月13日にリリースされる山中さんのニューアルバム「ギルティ・プレジャー」。 DVD付きの初回限定版(写真)は3780円、通常盤は同3024円(いずれも税込)

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 これは、バークリー音楽大学時代に住んでいたボストンのアパートのベランダで、荷造りをすませ明日引き払う、というタイミングで撮影した写真です。4年間住んだ部屋に別れを告げ、より音楽シーンが充実しているニューヨークに出て、いろんなミュージシャンと出会ってセッションをしたい。そんな「これから始まるんだ」という期待を胸に抱いていました。

 入学当初はピアノがない部屋に住んでいました。でも、バークリーでは常に学生3千人がピアノ練習室を奪い合う状況。とろい私はいつも部屋が取れなくて。あまりにも練習ができず、祖父に泣きついてピアノを買ってもらい、ピアノ演奏可のこのアパートの部屋を友人とシェアすることにしたのです。

バークリーでの4年間はとても有意義でしたが、大手を振って「楽しかった」とは言えないほど厳しかったです。とにかく忙しかったので、学校で友人と行き交っても、無駄な雑談を避けるためにあいさつすらしないのが普通。当時は女性の学生が少なく、日本人の私はさらに少数派。学内のビッグバンドも女は私だけだったので、ドラムの女性が入って来たときはとてもうれしかったです。

 ジャズが大好きだったものの、本格的に学ぶのはバークリーが初めて。アドリブのやり方もわかりませんでした。ただ、入学のときに弾いたクラシック曲が評価され、優秀な生徒が多いクラスに入ってしまい、何が何だかわからずついていくのに必死でした。しかも世界各国から学びに来た学生はみんな自己アピールが強く、演奏の機会があると我先に手を挙げる人ばかり。私にはそれができませんでしたが、必要最低限の主張しかしないのが逆に目立ったのか、授業のゲストで有名な演奏家の方が来ると伴奏に選ばれたり、とても貴重な経験をたくさんさせていただきました。上手な人と一緒に演奏することは何よりの上達の早道のですね。ほかにもジャズのバンドやアンサンブルに多く参加し、授業がある日でも一日に本番が3~4回、夜中のクラブでの演奏まで続くなど、実践の機会がとにかく多かったです。

 そんな風にジャズと格闘するなか、とても背中を押していただいた出来事がありました。あるジャズのコンペで優勝したとき、審査員の女性から「もっとこうしたらいい」とアドバイスを受けていると、やはり審査員でオスカー・ピーターソン・トリオのドラマーだったエド・シグペンが横から声をかけてきたんです。「この子のピアノを聴いて、あなたの言うことを聞くような子だと思う?」と。そして私に「君の音楽はとてもユニークだから、もっと自分の表現を突き詰めてみなさい」と言って下さった。これが私の音楽の方向性を定めるきっかけになりました。

 私は子供のころから、クラシックはもちろん、祖父母が好きだった尺八や都都逸などいろいろな音楽を聴いて育ちました。高校ではインドネシアの民族音楽ガムランを演奏するクラブに所属。今思うと、ガムランは楽譜なしで即興演奏するところなどが、ジャズと似ています。そんな風に親しんできたさまざまなルーツの音楽が自分の中で息づき、気付かぬうちにジャズの演奏に生きているのかもしれませんね。

 ニューヨークに移ると、さらに多彩で刺激的な音楽体験が待っていました。そして、最初のアルバムをリリースし、プロの道を歩み始めることになります。この写真はその直前。未知の世界に出ていく前の静かなひとときですね。

やまなか・ちひろ ジャズピアニスト。これまでリリースしたアルバムは、国内のあらゆるJAZZチャートで1位を獲得。米メジャー・レーベルのデッカ・レコードなどからもアルバムを発表。ニューヨークを拠点に、カーネギーホール、ケネディーセンター、リンカーンセンターへの出演をはじめ、世界の舞台で精力的に演奏活動を続ける。昨年、バークリー音楽大学の助教(Assistant Professor)に就任。

◆山中さんのCDデビュー15周年を記念したニューアルバム「ギルティ・プレジャー」が7月13日にユニバーサルミュージックから発売される。今回はオリジナル曲が中心で、彼女のピアノは色とりどりの万華鏡のようなきらめきを放つ。独自の世界観をさらに深く、自由に解き放った、躍動感あふれる1枚。自身のレギュラー・トリオによるニューヨーク録音。初回限定版の特典DVDには、CD未収録曲を含む、レコーディングスタジオでの演奏シーンを収録している。

「これまでは聴いて下さる方たちが何を聴きたいのかを常に一番に考えて作品を作ってきました。でも今回は、自分が好きで弾きたい曲を、子供のときのように自由に演奏してみました。お菓子ばかり詰め込んだお弁当みたいな、やましいけれどわくわくする感じ。五線紙を飛び出し、本当の意味で自由な音、持ち前のパッションを込めて大切に演奏しています。ぜひ今までと違う、私の内側の世界を聴いてください」

(聞き手:田中亜紀子)

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