十手十色

造船技術の粋を尽くした木製自転車をつくる 佐野末四郎

  • 文 加藤千絵 写真・小林浩志
  • 2016年8月16日

世界各地の博物館に飾られるほど美しい自転車を生み出す佐野さんの手は、あくまで武骨だ

写真:ブレーキや変速機などの部品以外はすべて木でできたマホガニーバイク。ほとんどが中空になっていて、重さは7キロ台と驚くほど軽い。レース仕様で、木の柔軟性をスピードにつなげている ブレーキや変速機などの部品以外はすべて木でできたマホガニーバイク。ほとんどが中空になっていて、重さは7キロ台と驚くほど軽い。レース仕様で、木の柔軟性をスピードにつなげている

写真:手だけでなく足の関節の軟骨もすり減って、183センチあった身長が180センチに縮んだ。今年で58歳だが、80歳以上の関節だと医者に言われている 手だけでなく足の関節の軟骨もすり減って、183センチあった身長が180センチに縮んだ。今年で58歳だが、80歳以上の関節だと医者に言われている

写真:妻の嫁入り道具も結婚指輪も、すべて佐野さんが作った。「今考えると、よく付いてきてくれたと思う。あいつの協力がないとここまで来られなかったね」 妻の嫁入り道具も結婚指輪も、すべて佐野さんが作った。「今考えると、よく付いてきてくれたと思う。あいつの協力がないとここまで来られなかったね」

写真:船も自転車も、設計から制作、最終的な試乗までを一人でこなす。「能率は悪いが、設計のいい点も欠点も確実に分かる」と佐野さん 船も自転車も、設計から制作、最終的な試乗までを一人でこなす。「能率は悪いが、設計のいい点も欠点も確実に分かる」と佐野さん

写真:自転車を作り始めた頃、スピーカーにも着手した。音楽好きは小学生の頃から。学校から帰って家業を手伝った後、深夜1時までラジオで音楽を聴きながらノートを整理する日課を6年間続けた 自転車を作り始めた頃、スピーカーにも着手した。音楽好きは小学生の頃から。学校から帰って家業を手伝った後、深夜1時までラジオで音楽を聴きながらノートを整理する日課を6年間続けた

写真:仕事場には、ドイツのボートショーで展示したマホガニー製のランチボートが飾られている。物理の力学を基本とする船は「数学のかたまり」だという 仕事場には、ドイツのボートショーで展示したマホガニー製のランチボートが飾られている。物理の力学を基本とする船は「数学のかたまり」だという

[PR]

 自分の手を武骨だと言って、佐野末四郎さんがほほ笑む。太くてゴツい関節は軟骨がすり減って、使うほどに痛む。小さくてまるい爪はノミで切り、ヤスリでじゃりじゃり削ったものだ。しかしその手が生み出すものは、繊細にほかならない。高級木材のマホガニーを1ミリ以下の薄さに削り出し、特殊な接着剤で何層にも張り合わせ、それを削ったり曲げたりして自転車を作る。木の特性を知りつくし、自在に操る技術は、すべて船で培ったものだ。

 江戸時代から200年以上続く造船所の生まれ。小学生の頃から家業を手伝ううちに、自然と技術を身につけた。14歳で小型のヨットをつくり、18歳には独力で外洋ヨットを完成。「世界一の船大工」を目指す佐野さんの航海は順風満帆かにみえた。しかし時代の荒波が、運命を狂わせる。

裸一貫、必死に生きる日々

 34歳の時、バブル崩壊が直撃した家を追われるように出た。裸一貫も同然の身に降りかかったのは、暮らしをつなぐのに精いっぱいの日々。日雇いの仕事やテレビの美術制作会社でのアルバイトをし、さらに木製の家具を作っては自ら売り歩いた。「必死で生きて何年たったか覚えてない」頃、知人の誘いで参加したボートの見本市でようやく小型のヨットが売れる。生活が少しずつ、少しずつ上向きかけた時、今度はリーマン・ショックが襲いかかった。

 せっかく注文を受けていた船はすべてキャンセル。材料を抱えて途方に暮れた時、佐野さんが思い付いたのが、自転車だった。発想のきっかけは、ヨーロッパでの体験だ。かつてドイツ・デュッセルドルフで世界最大のボートの見本市にマホガニー製のランチボートを出品した時、その重量の軽さと性能にヨーロッパ中が目を見張った。ところが日本では「まるで家具みたいな船ですね」と見た目を褒めるだけで、誰もその技術を話題にしない。「ヨットや船の文化がない日本で、自分が持っている技術がどれほどのものか知ってもらい、驚かせるためには変わったことをしなきゃいけない」。それが、造船技術の粋を凝縮した自転車を作ることだった。

マホガニーバイクで起死回生

 いわば船の〝小道具〟として誕生した「マホガニーバイク」だったが、予想外に評判となり、今や佐野さんの生活の糧となっている。とはいえ、このおそろしく手間のかかる自転車を作れるのは3カ月に1台だけ。200万円という価格も、最高の材料を使っているため儲(もう)けはほとんどないという。でも、職人にとって一番のぜいたくとは何か? という問いに佐野さんは「自分の思った通りの仕事をすること」と答える。「やなヤツの仕事なんかしねぇで、お前の仕事なんかするかと断って好きな仕事をしていれば、それがどれほど幸せなことか」

 つい先日も、マホガニーバイクを2000万円で譲ってほしい、という人が現れた。その代わり6年先という予約は待てない、個人で所有しているものを今すぐにほしい、と。「とっとと帰れって言ったんですよ。なんでもお金で買えるなんてとんでもない。妻に話したら、なぜ売らないの! ってすっごい怒られたけどね」。武骨な生き方かもしれない。でも、大切なのは心意気。「だから一生貧乏してんのさ」

    ◇

さの・すえしろう 1958年、東京都江東区にあった造船所に生まれる。オランダでの修業を含めて木造艇の技術を磨き、1995年に独立して現在の「SANOMAGIC」を設立。2008年からは船に加えて「マホガニーバイク」の制作を始め、その技術力が国内外から注目されている。毎週土曜の午後は、工房の見学が可能。詳細はホームページ(http://sanomagic.world.coocan.jp/)で。

PROFILE

加藤千絵(かとう・ちえ)

ライター。東京外国語大学スペイン語学科卒業。約9年間、朝日新聞の夕刊や別刷りに執筆し、2012年以降は&Mの「ブラボー★NIPPON」をはじめウェブや雑誌、書籍などで活動する。週末はもっぱらサッカー観戦。趣味の俳句は今年で句歴10年を迎える(が上達にはほど遠く)。岐阜県出身。

小林浩志(こばやし・ひろし)

写真家。株式会社新建築社で編集部、写真部を経て独立。建築写真、デザイン、出版を主とした株式会社スパイラル(http://photo-spiral.co.jp/)を設立。以降、黒川紀章をはじめ、日本を代表する建築家の作品写真や書籍のデザイン、編集など精力的に活動している。

&Mの最新情報をチェック


&Mの最新情報をチェック

Shopping