ノジュール

<第40回>徳川家康のふるさと、岡崎歴史めぐり

  • 文 田村知子(『ノジュール』編集長)
  • 2016年9月30日

徳川家康が生まれた岡崎城。昭和34(1959)年に復興された天守が立つ

写真:関ヶ原の戦いを可動式ジオラマで再現(三河武士のやかた家康館) 関ヶ原の戦いを可動式ジオラマで再現(三河武士のやかた家康館)

写真:大樹寺の位牌堂に安置された徳川家康坐像 大樹寺の位牌堂に安置された徳川家康坐像

写真:明治期の味噌(みそ)蔵を利用して味噌づくり工程を紹介する、八丁味噌の郷 明治期の味噌(みそ)蔵を利用して味噌づくり工程を紹介する、八丁味噌の郷

写真:定期購読誌『ノジュール』10月号は発売中。写真は岡崎城(写真 宮地 工) 定期購読誌『ノジュール』10月号は発売中。写真は岡崎城(写真 宮地 工)

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 城めぐりや街道歩き、坂本龍馬や新撰組など人物ゆかりの地巡礼……、数年前には「歴女」ブームもあったように、歴史をテーマにした旅は幅広い人気があります。そして、わかりやすい解説や案内があると、今まで通り過ぎていたような場所にも興味がわいてきます。

 今回は、戦国時代を制し天下泰平の世を築いた徳川家康のふるさと・岡崎を、戦国史研究の第一人者で来年の大河ドラマ『おんな城主 直虎』の時代考証も手がける、小和田哲男先生にご案内いただきました。

 まずは、家康が生まれた時に浸(つ)かったという「産湯の井戸」が残る岡崎城へ。家康誕生時の松平家は、東の今川氏、西の織田氏という強敵に挟まれドン底の状態にあり、織田家、今川家と度重なる人質時代を送った家康苦難の始まりの地です。当時の岡崎城は土づくりの規模の小さい城だったといいますが、現在の天守は、江戸期復興天守を備え、内部は岡崎を紹介する歴史資料館になっています。

 二の丸跡に立つ「三河武士のやかた家康館」では、三河の風土や歴史、家康の生涯のほか、家康を支えた「徳川四天王」をはじめ徳川家臣団の紹介もあります。この四天王の一人、井伊直政こそが来年の大河ドラマの主役・女城主の井伊直虎が育てた人物。ドラマには三河の武将たちが多く登場するということで、ここでじっくり学んでおけば、より物語を楽しめそうです。

 岡崎城から西へ八丁(約870m)ほど行くと、岡崎名産の八丁味噌(みそ)を製造する老舗「カクキュー」が営む「八丁味噌の郷」があります。このあたりでは家康の時代から、豆味噌がつくられていたそうで「戦国のスタミナ食」であったと小和田さんは言います。「合戦の際に武将たちは、芋づるに味噌をまぶして乾燥したものを携えていました。味噌はたんぱく質やビタミンも豊富なので、徳川軍団の力の源になったはずです」とのこと。家康が天下をとったのは59歳の時。平均寿命が50歳くらいの時代に74歳で没するまで、江戸時代の盤石な基礎づくりをしたことを考えれば、この豆味噌が家康の健康に一役買っていたとも考えられます。

 このほか、家康の運命を変えたともいえる「厭離穢土 欣求浄土(おんりえど ごんぐじょうど)」(「この戦国のけがれた世の中をなくして平和の世を求めなさい」の意)の言葉を説いた登誉上人の大樹寺(松平家の菩提寺)や、家康を悩ませた三河一向一揆の拠点となった勝鬘寺(しょうまんじ)など、岡崎には家康ゆかりのエピソードが眠るスポットがたくさんあります。

 『ノジュール』10月号の第一特集は「歴史の旅」。源平の戦いや維新の舞台となった下関、織田信長が築いた幻の城・安土城、「忠臣蔵」の討ち入りから引きあげルートを歩く、など歴史の地をその道に詳しい案内人の解説でめぐります。ほか、写真家が教える紅葉スポットやドライブコース、今年のうちに始めることで御利益が数倍になるといわれる四国巡礼「逆打ち」遍路など、旅情報が満載です。

■ノジュール:鉱物学の専門用語で硬くて丸い石球(団塊)のこと。球の中心にアンモナイトや三葉虫の化石などの“宝物”が入っていることがある。

 

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PROFILE

田村知子(たむら・ともこ)

1995年JTB出版事業局(現・JTBパブリッシング)入社。旅行ガイドブック『るるぶ』の編集ほか、旅行情報サイト「るるぶ.com」などデジタル媒体の企画制作・統括を担当。『るるぶ編集長』を経て、2015年から定期購読専門誌『ノジュール』編集長。

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