私の一枚

つかこうへいさんと過ごした宝物のような日々で教えられたこと 酒井敏也さん

  • 2016年10月24日

紀伊國屋ホールで上演された「蒲田行進曲」の1シーン。左から酒井敏也さん、石丸謙二郎さん、萩原流行さん、平田満さん、長谷川康夫さん=斉藤一男撮影

写真:つかこうへい劇団から飛び立ち、さまざまな舞台に立ってきた役者・酒井敏也さん つかこうへい劇団から飛び立ち、さまざまな舞台に立ってきた役者・酒井敏也さん

写真:1月5日から紀伊國屋ホールで開演するエン*ゲキ#02「スター☆ピープルズ!!」 1月5日から紀伊國屋ホールで開演するエン*ゲキ#02「スター☆ピープルズ!!」

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 これは1982年、「蒲田行進曲」の舞台の写真です。つかこうへいさんの舞台に憧れ、チャンスをつかんで上京。つかさんの運転手をしながら、憧れの先輩たちと共演していた、夢のような時期です。

 僕は岐阜県の製陶業を営む家に生まれ、跡を継ぐつもりで製陶を学ぶ高校に通っていました。すると2年生の時に家業の廃業が決まり、目標を失ってしまった。そのまま高校時代を過ごし、就職はなんとなく自動車会社に行くことに。ですが卒業前に、所属していた演劇部の舞台の喝采と達成感が妙に胸に迫る体験をしました。その余韻が残る中、テレビでつかさんの「戦争で死ねなかったお父さんのために」を見て、衝撃を受けたんです。当時はビデオなどなく、再放送の音声をカセットテープに録音して繰り返し聞き、主役の風間杜夫さんのまねをしていたほどでした。

 その時役者になりたいという気持ちが芽生えたのですが、どうしたらなれるのかわからず、そのまま就職。でも1年ほど経ち、やはり「何かを探したい」という思いが募り、つかさんの「熱海殺人事件」を観に上京しました。それから何度か東京に通ううちに「どうしてもつかさんの劇団に入りたい」と決意し、劇団事務所に電話したんです。すると「そのうちオーディションがあるのでその時に」と言われ、日程もまだ何も決まっていないのに、僕はすぐ会社に辞表を出してしまいました。

 それが12月。1月いっぱい働いて退職し、2月からはバイトしながらただただオーディションを待ちました。告知は「ぴあ」の欄外に載る可能性がありましたが、僕の町の本屋には「ぴあ」が売ってなくて、定期購読を申し込み、毎回届くたびにページの欄外の文字を細かく追ったものです。

 小さな町なので役者になると言って会社を辞めたことは知れ渡り、あっちこっちで「このたわけ!」と言われたり、僕がなかなか東京にいかないので「一体いつ行くんだ」と友人たちから何度も聞かれたりしてね。

 7月。ようやくつかさんの新作「蒲田行進曲」のオーディションが発表になり、書類とセリフを読んだカセットテープを審査に送りました。数日後つかさんの事務所から「電話をかけるように」という手紙が届いた時は慌てましたね。緊張しながら「もしもし」と言ったら、事務所の方はそれだけでつかさんに回してくれて合格が告げられました。僕よりも、そのやりとりを聞いた母と姉が喜んだことで、とても心配をかけていたことに気づきました、そして後に、僕の声が事務所中で評価されていたと聞いたんです。

 もともと自動車会社にいたことから、入団後はつかさんの運転手に抜擢(ばってき)され、3年間運転手をしていました。その間のつかさんは新作の芝居を書くほかに、直木賞の受賞もあり、本当に多忙で。後半は僕も眠る暇がなかったけど、憧れていたつかさんと、寝る時間以外常に一緒だったという、今考えると本当に宝物のような日々でしたね。つかさんにはいろいろなことを教えていただき、特に芝居では「酒井は声を張るな」と自然な演技を求められ、「今の自分と生きる哲学を見せろ」と言ってくれました。当時の僕には理解できないことや、周囲に評価されないことも多かったですが、「酒井は時間が解決してくれる」と言ってくださいました。それは年を重ねるにつれ、いい仕事に恵まれ、個性を評価していただけていることで、本当にその通りだったと実感しています。

    ◇

さかい・としや 俳優。1959年岐阜県生まれ。岐阜県立多治見工業高校卒業。つかこうへい劇団に入団し、「蒲田行進曲」「寝取られ宗介」など、つかこうへいの秘蔵っ子として、さまざまな作品に出演。その後多くのドラマ、映画、舞台で活動を続けている。バラエティーでもその個性を存分に披露している。

◆酒井さんが出演する舞台、エン*ゲキ#02「スター☆ピープルズ!!」が2017年1月5日から11日まで紀伊國屋ホールで上演される。ドラマや舞台で役者としても活動する若手演出家の池田純矢が作・演出を手がけるエン*ゲキシリーズ第2弾は、ハイテンションコメディー。重大な危機に直面しているとある惑星は、約100億光年離れている太陽系「地球」に危機を乗り切るための希望を見出し、7人の男たちを地球に送り込むことに。彼らにはそれぞれ<特殊能力>が備わっているが、どれも役に立たないものばかり。未知なる旅に出発した彼らを待ち受ける運命とは。出演:鈴木勝吾、透水さらさ、赤澤燈、井澤勇貴、吉田仁美、オラキオ、池田純矢、酒井敏也

 「台本を読んだ時からとてもおもしろそうだと思いましたね。若手の役者が多いので、きっとセリフのテンポが速いのかな?と思いつつ、僕は冒頭からすごくゆっくりやってみようかな、などといろいろたくらんでいるんです(笑)。最近、僕がナレーションを務める番組で、かなりゆっくり話してみたら、好評でしかも僕自身とても新鮮だったんですよ。だから今回もちょっとそういうことも挑戦してみたいですね。ただ演出家の池田君が、僕に何を求めて抜擢してくれたかにもよりますけど。この舞台の上演はお正月明け。似たようなテレビ番組が続く時期なので、ぜひこの新鮮な物語を味わってください。

(聞き手:田中亜紀子)

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