私の一枚

カヌー嫌いだった僕が「激流」好きに 羽根田卓也さん

  • 2016年12月26日

1996年の羽根田三兄弟。左から卓也(9歳)さん、三男和隆さん、長男翔太朗さん

写真:リオ五輪の男子カナディアンシングル カヌースラロームでアジア史上初の銅メダルに輝いた羽根田卓也さん リオ五輪の男子カナディアンシングル カヌースラロームでアジア史上初の銅メダルに輝いた羽根田卓也さん

写真:2013年の日本選手権に出場した時の羽根田さん 2013年の日本選手権に出場した時の羽根田さん

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 今回のリオ五輪で、カヌー競技日本人初のメダルがとれました。9歳の時からカヌーを始め約20年、メダル獲得がわかった瞬間、涙がとまらなかったです。でも実は、僕は子どもの頃、カヌーが嫌いでやめたかったんですよ。

 この写真はちょうどカヌーを始めた9歳の頃です。左が僕、中央が弟、右が兄。兄は三つ上だったことと、背伸びをしたがる性格だったので(笑)、僕は一つ下の弟とつるむことが多かったです。この弟がなかなか生意気なやつで、よく兄とケンカをしては、僕が間に入る。そんな兄弟でした。

 うちは父がカヌー選手だったこともあり、いわゆるスポーツ一家。僕はカヌーを始める前は、弟と体操教室に通っていました。でも9歳で体操をやめてすでに始めていた兄と一緒にカヌーを始めることになったんです。土日を含む週4日、川で練習だったので友達と遊べなかったこと。そして激流で溺れた時にパニックになったのがトラウマになり、子供心にカヌーが嫌いで。でもライオンの子育てじゃないですが、父は僕がいくら怖がっても、激流にカヌーごと投げ込んでいました。「やめる」と言う勇気もなく、カヌーを一生懸命やっていた兄はやる気のない僕に「もっとまじめにやれ」と思っていたようで、当時は兄が少し怖かったです。

 そんな弱虫だった僕の転機となったのが、中学生の時の富山県井田川での体験です。この川は日本有数の激流で、カヌーの日本選手権なども行われる場所。ここで溺れた時の恐怖は味わったことのないもので、もう絶対やめようと決意しました。でも、そんな僕に兄は「ビビッてんじゃねぇ!」とげきを飛ばし、父と共に何度も僕を激流に挑戦させたんです。その荒療治が功を奏し、ついに中2の時にこの川で恐怖を克服できた。すると激流自体が面白くなり、みるみるカヌーが大好きになっていきました。

 中学3年で日本一になり国際的な選手に触れたことで、世界一を目標に定め、カヌーが盛んな高校に進学。高3の時、ジュニアプレ世界選手権で予選1位になったものの、決勝でミスがでて6位。この結果は日本初の快挙だったものの僕は悔しくて……。日本には僕のやっているカヌースラロームという競技の練習コースさえない。練習環境を求め、強豪国スロバキアに18歳で単身渡りました。日本人が珍しがられる土地で一から言葉も覚え、金銭的にも厳しい思いをしつつひたすら練習して約10年。メダル取得には格別の思いがあります。自分では絶対に世界で戦績を残すと考えていましたが、年を重ねるごとに不安があったので、心の底から安堵(あんど)しました。

 兄も弟もすごく喜んでくれています。子供の頃、弟と一緒に体操をしたことで体幹が鍛えられたことが僕の強みになりましたし、真面目な兄が一緒だったからカヌーをやめなかったのかもしれず、兄弟がいてくれて本当によかった。今回日本でカヌーに注目していただいたこの機会を逃さず、現在は競技振興活動をしています。2月にはまたスロバキアに戻り、メダルをとったことは一度忘れ、今まで以上に練習し、さらに強くなりたいですね。

    ◇

はねだ・たくや 1987年愛知県生まれ。ミキハウス所属のアスリート。杜若高校を卒業後、カヌー修行のためスロバキアに渡る。コメニウス大学大学院修士課程修了。カナディアン男子カヌースラロームの競技で、日本チャンピオンとして、世界で戦績を切り開いてきたパイオニア。北京五輪14位・ロンドン五輪7位入賞という結果を経て、リオデジャネイロ五輪ではアジア初のカヌー競技での銅メダル獲得。

◆2017年4月9日に、羽根田卓也選手も参加する日本選手権(平成29年度日本カヌースラローム選手権大会 第40回NHK杯全日本カヌースラローム競技大会)が富山県の井田川にて行われる。現在12連覇中の羽根田さんの活躍に注目。

「この大会に向け、2月にはオーストラリアで合宿をする予定です。挑戦者の気持ちで、連覇に向けてがんばります。カヌースラロームはスピードの中でゲートをくぐり抜けるなど技術を競う、スリルにあふれた見どころのある競技です。僕が子供の頃、恐怖を克服した川で行われますので、ぜひ見に来てください!」

(聞き手:田中亜紀子)

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