川村二郎「大人の男の作法」

<第4回>「こだわり」に御用心

  • 文 川村二郎
  • 2013年2月20日

写真:    

 「美の定点観測者」と筆者が勝手に名付けた文筆家、白洲正子さんは桜が大好きだった。「いちばんお好きなのは、どこの桜ですか?」と聞くと、「そおね、御殿場の富士桜が、いちばんだわね」と言われた。

 正子さんの実家の樺山伯爵家は、富士山の裾野の御殿場に別荘があった。この別荘には、亡き昭和天皇が皇太子時代に、富士登山のためにお泊まりになった。正子さんが、後に秩父宮妃となる学友とよく遊んだのもここ。思い出の詰まった御殿場の桜がいちばん好きという答えに、納得した。

 白洲さんと桜問答をしたのは20年以上前のことだが、今のテレビのアナウンサーやキャスターなら、

「白洲さんのこだわりの桜を教えてください」

と聞くことだろう。

こだわりの桜は? と聞かれた白洲さんがどういう顔をするか。

たぶん、

「こだわりの桜って、あんた、どおいう意味なの? あたしの、何が知りたいの」

 そう言って、ギロリと、目の奥底を覗き込むような目をすることだろう。

 「こだわり」という言葉、以前は良い意味に使わなかった。日本人がそれぞれに誇りを持っていた時代は、誇りを傷つけられない限り、大抵のことはどうでもよかった。それで「席順なんかにこだわるなよ」と、否定的に使われていた。

 最近の日本人が誇りを忘れた結果、「こだわり」の連発、氾濫が起こっているとしたら、由々しいことである。

 「精神の貴族」と言われる人がいる。言い訳をしない人、「武士は食わねど高楊子」と痩せ我慢の出来る人をこう呼ぶ。簡単に言えば、誇り高い人のことである。白洲正子さんはその一人だった。

 そういう大人の前では、「こだわり」は軽々に使わないことだ。

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PROFILE

川村二郎(かわむら・じろう)

ヘビ年のサソリ座。司馬遼太郎さんに「ヤクザ的」と言われた元『週刊朝日』編集長。東京で生まれ伊豆・下田に疎開し湘南・鵠沼で育った71歳。朝日新聞編集委員時代はサッカーの神様ペレの足を触ったり、日本で最初に『軍艦マーチ』を流したパチンコ屋の話などを書いた、丸谷才一さんの文章の直弟子。著書に『炎の作文塾』(朝日新聞社)、『学はあってもバカはバカ』(かまくら春秋社)、『いまなぜ白洲正子なのか』(東京書籍)、『孤高 国語学者大野晋の生涯』(東京書籍)などがある。エッセイスト、日本医師会広報委員会委員、NPO法人 日本語検定委員会審議委員。

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