今もファンによるイベントが開かれる「私たちが提供したいのはクルマではない、自転車のように日常的に使える道具だ」。1957年に、フィアットが、ヌオーバ・チンクエチェント(新しい500)と名付けたスモールカーを発表するにあたって、同社の首脳が開発陣に指示したときの言葉だ。40代以上のイタリア人で、このクルマを体験しなかった人はほぼ皆無ともいわれる国民車だ。
ヌオーバ・チンクエチェント(以下オリジナル500)は、軽自動車より短い2970mmの全長しかない車体に、479ccの2気筒エンジンをリアに搭載し、ギアボックスと差動装置からなる駆動系を近くに配することでスペース効率を追求した設計が特徴だ。おかげで後席も使えるようになり、大きな体格のイタリア人が4人も5人も乗る光景が、イタリア各地で見られたものだ。
デザイン・アイコン(歴史に残るデザイン)として今も世界中で評価されているが、開閉式のゴムのルーフはそもそも室内の騒音を逃がすためだったりと、ある種の制約が、逆に機能性と簡潔さを生み出したのは、設計者の努力のたまものだ。もうひとつ、このクルマの功績は、ワゴンや高級な仕様、さらにはラリーやレース車両など、さまざまな派生車種を誕生させたところにある。
たとえばレースでは、オーストリア出身のエンジニア、カルロ・アバルトが、オリジナル500をベースに、エンジンやサスペンションをチューニングしたアバルト595といったモデルを作り、それがおおいにウケた。かつアバルトは美的センスにも優れていたため、ルーフにレースを連想させる赤と白の市松模様を描くなど、気分が明るくなるクルマを手がけた。このクルマも、オリジナル500の完成度の高さのある種の証明であり、オリジナル500が歴史に残るアイコンとなるのに、ひと役買っている。
今乗ると、コンパクトさを追求したせいでサスペンションのストロークが足りず乗り心地がよくないし、エンジンは非力だし、そもそも窮屈だし、思い入れがないと日常使いは難しいだろう。同時に、フィアットは90年代に、特別な下取りキャンペーンを展開して、このクルマを回収し、すべてスクラップにしてしまった。よって、残念なことに、オリジナル500とはほとんど博物館の中であえるだけのクルマになってしまった。
オリジナル500が持っていた魅力を、現代の水準にひきあげて作られたクルマがある。それがフィアット500の現行モデルだ。全長3545mmしかないボディーのスタイリングはオリジナル500の特徴を現代的に解釈したもの。丸い2つのヘッドランプが目立つ、いってみれば“ブスかわいい”フロントマスクや、おにぎりのような丸さを感じさせるリアビューの印象には共通したものがある。
特に注目すべきモデルは、875ccの2気筒エンジンを搭載した「Twin Air」。経済効率に優れたエンジンだが、一方で意外なほどよく走る。今の自動車界の「ダウンサイジング」傾向にのっとったもので、日常的にクルマに乗る人にはいいだろう。
もう1台は「アバルト595」というスポーティー・モデルだ。さらに、フィアットの社名をあえて付けておらず「トリブート フェラーリ」や「エディツィオーネ マセラティ」など、フィアットのグループ企業の名を冠した595もあるほどで、加速、ハンドリング、操縦性など、あらゆる点でドライバーを楽しませてくれるモデルだ。感心するのは、速く、意外なほど乗り心地がよく、かつフツウに走っているには路面からの騒音がていねいに遮断されているので、やはり意外なほど静かなこと。
本国では500Lという、かつてはジェルディネッタとよばれたモデルを彷彿させるステーションワゴンも登場している。エクステリア、インテリアともにカラフルな仕様や、ソフトトップを備えた仕様や、かつてのような企画力を楽しませてくれるのも、500の血統なのだろう。

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。
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